第27話
「それよりずいぶん話してくれるようになったのね。以前とはずいぶん変わったわ、あなたは」
微笑んで話題をかえたラスティア孃に、リュシオンは戸惑いながらも従った。
泣き出しそうな彼女の瞳に気づいて。
「前はそんなに無口だったかな?」
「ええ。とても。1日中話してくれない日の方が多かったわ。声を聞いただけで驚いてしまうくらい」
そんなに無口だっただろうかと首を捻りつつ、リュシオンが薄く笑った。
「リオンクールにいた頃は、言葉が出ない感じがあったから」
「言葉が出ない?」
「どういうふうに話せばいいんだとか、どこでどう答えるべきだとか。そういう会話の取っ掛かりみたいなものが掴めなくて。
どんな言葉だと自分の言葉なのか、それもわからなかったんだ。それで自然に話さなくなっていた」
すこし気が楽になったように明るい笑みをみせる。
それが何故か悲しくて「今は?」と訊ねていた。
しばらく逢わないあいだに大きく変わった少年に。
「たぶん神帝のおかげなんだろうな。あいつと話しているあいだに自然に話せるようになったんだ。本人に言ったら絶対に面食らって信じないだろうが」
とても神帝の話題を出しているようにはみえない、砕けた態度でそう言ってクスクスと笑う。
リオンクールにいた頃は一度もみせたことのない笑顔だった。
「あなたのそんな笑顔初めてみるわ……」
「そうかな?」
神帝をごく親しい友人のように言い明るく笑う。
その姿にラスティア孃はショックを受けた。
自分にはできなかったことを神帝は10日ほどで成し遂げたのだ。
笑えなかった彼を笑わせて、話さなかったのに自然な態度で話せるように。
胸が痛かった。
別人のように変わってしまった少年を前にして。
ふたりが向かい合って立ち会話している場面に、書類を抱えたアリステアが通りかかった。
ディアスに命じられた調査が、そろそろ完了するので、秘書官も多忙さに拍車がかかっている。
侍医とも連絡を取り合ったりして、かなり忙しいのだが、変わった色彩の少年の姿にふと立ち止まった。
目を惹くものがリュシオンにはあるのだ。
姿を変えていようと。
(黒い髪? 褐色の肌?)
あんな色彩の少年が王宮にいただろうか?
かなり珍しい組み合わせだ。
しかしどこかで聞いたことがあるような。
(お相手は公爵家の令嬢!? まさか……)
気づいた瞬間アリステアは青ざめて強ばった顔で一目散に駆け寄っていた。
実に珍しい秘書官の狼狽ぶりに、周囲の者が驚いたように視線を向ける。
「あ……あら?」
きょとんとあがった声に、リュシオンも彼女の視線を追う。
必死の形相で駆けてくる青年を見つけ、ふしぎそうに小首を傾げた。
「どうしてここにいらっしゃるのですか、あなたはっ!!」
「だれだ? すまないが心当たりがないんだ。人違いじゃ」
「ありませんっ」
本当にきれいさっぱり忘れている、この人はっ!!
これが秘書官に向かって言う科白だろうかっ!! ああ。情けないっ!!
「聖宮から出る許可を陛下に頂いたんですかっ!?」
ディアスの名前が出て、リュシオンがひきつった顔になる。
今頃になって彼の関係者だと気づいて。
「あ……あいつの」
「秘書官ですっ!!」
出会い頭から怒鳴り詰めである。
元気だなあと眺めるリュシオンに、どこか覇気がないことに気づいて、アリステアはすこし声を落とした。
「ライアン殿はお散歩の許可を出されていないはずです。どうして王宮にいらっしゃるのですか」
「歩いていたら、こっちに出てきただけなんだ」
肩透かしもいいところの返答に、アリステアは開いた口が塞がらなかった。
どうしてリュシオンから、こんな珍妙な返答を聞かなくてはいけないのか?
自分で納得できない。
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