第23話
リュシオンがアリステアを可愛がっていた気持ちが、なんとなぁく理解できるな。
まるで仔犬になつかれてるみたいだ。
可愛いぞ、こいつ。
「ジェノールに比べてアリステアは可愛いな。ずっとそのまま素直でいろよ?」
いきなり頭など撫でられて、アリステアが硬直して、ディアスを凝視した。
「あのぅ」
「ああ。悪い。素直じゃない前秘書官を思い出して感慨に浸ってた」
ものすごい言い方であるが、問題の前秘書官とは、アリステアの父親である。
言い返す言葉も見つからなくて、アリステアはものすごく複雑な顔で黙秘した。
「ところで秘書官」
急に役職で呼ばれ、アリステアが「はい?」と声を返した。
「内密に話がある。これは俺とリュースと後は侍医しか知らない話だ」
感情が消えた顔を向ける秘書官に、ディアスは言を継ぐまでに一呼吸あけた。
まっすぐに眼を見つめ返して。
「リュシオンが見つかった」
「……本当ですか?」
確認の意味はディアスにはすぐに伝わった。
ディアスが内密の話だと言ったからだ。
それも侍医が絡んでいると。
可哀想なくらい一瞬でアリステアの顔から血の気が引いていた。
「あいつは今頃いつも通り侍医の診察を受けてるよ」
「どういうことでしょうか。いつも通り……とは」
詰め寄ってくる秘書官をかわして、ディアスは机に移動する。
そのまま椅子に腰掛けた。
机越しに身を乗り出してくるアリステアに、すこしだけ気まずい顔を向ける。
「リュシオンが聖宮に戻ってきて、そろそろ1週間くらいになるかな? ああ。明日で1週間だ」
「……それはいったいどういう意味なのでしょうか」
急に低くなったアリステアの声に気づき、ディアスは一瞬で開き直ることに決めた。
「なんだよ? 説明しないとわからないのか? 1週間前から戻ってるって言ってるんだよ、俺は」
「ディアス陛下っ!!」
「怒鳴る前に俺の説明を聞けっ!!」
怒鳴ったら情け容赦なく怒鳴り返されて、秘書官がその場で棒立ちになった。
ディアスの一喝はリュシオンと互角の恐ろしさだと脳裏を掠める。
「たしかに俺は故意にあいつが戻ってることを隠してたけどさ。言えなかったんだよ、アリステア」
「言えなかったと申されますと?」
「リュシオンが普通の状態じゃないから、帰還を公にできなかった。そう言ってるんだよ、俺は」
この科白を聞いたとき、先ほどの科白が脳裏によみがえった。
いつも通り侍医の診察を受けている?
(これはいったい……)
「あいつの身柄は戻ってきたその日から侍医に一任してる」
「いったい陛下はどう……」
それ以上とても声にならなかった。
だれもが恐れた展開なのかもしれない。
そう思うと問えなくて。
「憶えてるか?」
「は?」
「リオンクール公に俺が注意したことを」
公爵にディアスが注意したこと?
必要なことは何日前の出来事でも忘れない秘書官は、すぐになんのことなのかを思い出した。
公爵の令息が記憶喪失の少年を伴ってきた事件だ。
「ディアス陛下が保護なさった記憶を喪失された方の件ですね」
「何日前のことか憶えてるか?」
「6日前のこと……で……」
答えかけてそのまま声が途切れた。
愕然と見開かれる瞳に、ディアスはやりきれない笑みを投げる。
「わかったらしいな。そうだよ。あれは名前こそ出さなかったけど、リュシオンのことなんだよ」
「待ってください。陛下が記憶を?」
泣き出しそうな声だった。
リュシオンを慕っていた子供の頃に戻ったみたいな。
傷ついて揺れる悲しいアリステアの瞳。
直視できずにディアスはあらぬ方を向いた。
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