第20話

「あいつの身元は俺と侍医しか知らないからな。まだそこまで調べてないんだ。俺が深く立ち入ると、不審感を抱かれそうだったし」


「ふうん。俺は多少、不審がられても調べるべきだと思うよ」


「どうして?」


 端正なその顔にほんのすこしだけ浮かべる驚き。


 腕の中から見上げて、リュースは軽く肩を竦めた。


「親父殿はだれかを庇って事故に巻き込まれたらしいんだ。そのときに相手を庇って、かなりひどいケガを負ったらしいよ」


「ケガ?」


「うん。なんか1週間くらい意識がなかったんだって。相手を庇ったせいで、一方的に大ケガを負って、そのショックで記憶を失ったらしいって言ってた」


「らしい? あいつはそれも憶えてないのか?」


 難しい表情の問いにリュースが頷き、ディアスはそのまま黙りこんだ。


「力を封印していたせいでケガを負ったにしても、あの親父殿が1週間も意識不明になるなんて普通じゃないよ」


 事故にあった当時のリュシオンは記憶だって持っているし、そんな危険な目にあったら、精霊たちが騒いだはずだ。


 なによりも事故の瞬間にリュシオンを守護したはずである。


 そうリュースに指摘されて、ディアスも思わず同意してしまった。


「たしかに」


 厳しい表情でささやいて、ディアスは天井を振り仰ぎ、大きなため息をつく。


「もう一度詳しく検査をした方がいいよ、絶対」


「検査?」


「だって事故の状況によっては、みえないところに原因があるかもしれないだろ?」


「脳内出血とか?」


 ため息まじりに呟くディアスに、リュースは真面目な顔で頷いた。


「たぶんそれはないだろうけど」


「けど?」


「原因が本当に脳内にあるとしたら、出血なんてかわいいものじゃなくて、腫瘍になってるかもな」


「なんで……」


「俺があいつと再会したとき、リュシオンは様子が変だった」


 思い浮かべる再会のシーン。


 どこかぼんやりとしていて、感情の乏しかった頼りない姿。


 焦点の合わない瞳。


 もしあれがリュースが危惧した理由から起こっていたなら、脳内出血ではなく腫瘍の可能性が高い。


 そういえば原因不明の高熱が、不定期に続いていると報告を受けたばかりだ。


 まさか本当に?


「どう変だったんだ、ディアス?」


 強ばった声にふと我に返って、ディアスは近くの椅子に腰掛けた。


「おまえからみて、あいつはどうだった? 記憶以外に前と変わったところがあったか?」


「基本的にはなにも変わってないと思うけど。すぐに親父殿に似てるって気づいたし」


 問いかけの意味もわからずにそう言えば、ディアスは盛大なため息をついた。


 気になる反応にリュースの瞳が不安に翳る。


「俺と逢ったときはさ、まるで別人みたいだった」


「嘘だろ?」


「嘘なもんか。なんていうか感情に乏しくてさ、会話していてもどこかズレてるんだよ。目の焦点が合ってなくて、どことなくぼんやりしてるっていうか、変だってすぐに気づいたよ。尋常な様子じゃなかったんだ」


 昨夜逢ったときは記憶こそなかったが、いつもと変わらないリュシオンだった。


 優しくて、ちょっとだけ人が悪くて、からかうのが好きな。


 まさかそんな……。


「これは医師に診せた方がよさそうだって気づいて、強引に引きずって歩き出したんだけど、移動の途中でリュシオンがロケットを落としてさ」


「エディスの?」


「そ。それでリュシオンだってわかって、すごく驚いたよ。気配からなにから、すべて別人みたいだったんだ。この俺が目の前にしていて気づけないほど違ってた」


 皇家の始祖であり、最強の英雄王と言われているのがディアスである。


 その力も歴代最強で、気配を読む力にも長けている。


 そのディアスが気づけないというのは異常だった。


「記憶喪失って俺はよく知らないけど、すこし変じゃないか、それ?」


 考え込むときの癖は3人揃って同じ。


 頬杖をつくか、片腕を支えに顎に手を当て首を傾げるか。


 このときリュースは片腕を支えに顎に手を当てる方を選んだ。


 無意識に。


 小首を傾げる様子がリュシオンによく似ていて、ディアスの瞳に翳りが浮かぶ。


 だが、落ち込んだ感情を表に出すことはしなかった。


「まあ記憶喪失っていっても色々あるからさ。一時的に性格が変わってしまうこともあるらしいし、一概に変だとは言えないけど」


 ディアスの言い方が珍しく曖昧なのは、さすがの彼も記憶喪失について、詳しいことを知らないからだ。

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