第14話

 言うつもりのない、あるいは言ってはいけない真実だったのだろう。


 ディアスのバツの悪い顔が、それを教えていた。


「まあ今更、皇家の血筋が人間じゃないと聞いても、驚く奴は少ないだろうが」


「そういうものか?」


「神帝の代替わりは現在で7人目。リーン王国は創世記から実在する王国で歴史では互角だが、あちらは現在49人目。これだけの寿命の差があって、人間だって主張する方が無理があると思わないか?」


 呆れ返った顔で指摘され、ディアスは答えられずに黙秘した。


 元々、民の寿命も長命なのだ。


 20歳になったくらいから、成長が非常に緩やかなものになり、外見が異端的なものに変わる。


 成長の条件は多少異なるが、基本的には似た成長の仕方である。


 大人になるまでの成長は、それぞれの常識に合わせて順調で、大人に近づくほど成長が緩やかになるところは。


 ただその寿命が桁違いなのだ。


 特に皇家の血が一滴も加わらなかったリーン王国では、寿命の落差が激しい。


 これは向こうが鎖国を徹底したせいである。


 リーン国民は短命の種族と言われ、こちらの民たちの半分の寿命もない。


 時が流れるほど一般的に長寿化が進んだからだ。


 それは皇家の血がもたらした最大の幸運だったかもしれない。


 皇家の血が他家に混じり、その血がまた外の家に広がっていくことで、民にまで長寿化の恩恵がいったのだ。


 それはディアスにしても予想外の結果だったが。


 ディアスの血筋には、民の寿命にまで影響を与える因子がある。


 長寿化に伴って肉体が強化されるのも、皇家の血が与えた恩恵だ。


 こんな人間離れしたことが遺伝で可能な家系。


 それが皇家なのだ。


 人間だと言ったところで、いったいだれが信じるだろう?


 現実面で神が人間にその血を与えたと言って過言ではない。


 ディアスが与えた遺伝子は、それだけの変化を人間たちに与えたのだから。





 真っ暗な部屋に細い光が差し込んで、それはすぐに消えた。


 小さく扉の閉まる音が響き、人影が音もなく寝台に近づく。


 見下ろす瞳は闇の中でもはっきりわかる蒼。


 王宮で保護してから、すでに5日になる。


 だが、リュシオンの記憶は戻る気配がなかった。


 眠るリュシオンを見下ろして、ディアスはやるせないため息をもらす。


 癖で前髪を撫でてから、無言で部屋を後にした。


 ディアスの姿が扉の向こうに消えるのと、ほぼ同時にいきなりリュシオンが上半身を起こした。


 祖王が出て行った後の扉を闇を見通すその瞳で見つめ。


「本当に時々ディアスは理解に苦しむな。毎日、毎日人の寝顔をみにくるな。なにを考えてるんだ?」


 独り言のように愚痴った。


 ディアスの夜毎の来訪に気づいたのは、実は3日前のことである。


 それ以前にもあったのか、リュシオンは知らない。


 だが、この様子では出逢ってから毎夜、彼は寝顔をみにきていると確信していた。


 みにきたからといって、なにをするわけでもないのだ。


 寝顔を真上から眺めて、癖のようにため息をつき、前髪を撫でて出て行く。


 その繰り返しである。


 まるで儀式のように。


 何度かこの行動の意味を問おうとしたのだが、ためらわれてできずにいた。


 思えば訊ねることのできない自分も十分変だ。


 無意識らしい悲しげなため息。


 目を閉じていても感じる慈しみの眼差し。


 愛しげに髪を撫でる仕種。


 ディアスが無意識にみせる行動の意味を、リュシオンは知りたかった。


 とてもとても知りたかった。


 だが、訊ねるのが怖いような気もして決心がつかない。


 思えばディアスの態度は、はじめから馴れ馴れしかった。


 いや。


 馴れ馴れしいというよりも親しげだったのだ。


 馴れと親しみは違う。


 ディアスの態度は行き過ぎた馴れ合いではなく、愛情を込めた親しみだ。


 だから、時々お互いのあいだに横たわる沈黙も嫌味にならない。


 黙っていてもディアスが常にリュシオンを気遣ってくれるのがわかるから。


 記憶を思い出せずに苛立つときも、自然な態度で頭を抱いて、気をまぎらわせてくれる。


 その態度があまりに自然で、疑問を抱いたことはなかったが。


「そういえば」


 ぼんやり呟いてリュシオンは上半身を起こしたまま頬杖をついた。


「ディアスは俺をラスと呼んだことがなかったな。まるで呼びたくないと主張するように、出逢ってから一度も名を呼んでいない」


(どうしてだ? 俺の本名じゃないからか?)


「名前なんて俺自身も憶えていないのに、身元を知らないディアスが拘るだろうか?」


 身に覚えのない名前で呼ばれることに、抵抗がなかったと言えば嘘になる。


 本当は抵抗があったのだ。


 呼ばれても自分だと思えなくて、慣れるまでに時間がかかった。


 今も自分の名前だと思うと違和感がある。


 もっと馴染んだ名前があるはずなのだ。


 それがどんな響きの名前だったのか。


 それは思い出せないが。


「あいつのおかげで頭が冴えた。しかたない。散歩にでも出るか」


 寝台から飛び下りると、ナイトガウンを羽織って、リュシオンは寝室を後にした。


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