第39話


父と姫様が大殿に旦那様の父と弟の

命を助ける様に嘆願(たんがん)し

さらに旦那様まで、大殿に

"罪人の子なので切腹の命を下さい"

と言った内容の事を申し立てた為

旦那様の父と弟は死罪を免れた。

そして九度山へ送られた姫様の

義父と弟たちは生きる為の金策に

奔走しながら、恩赦が下るのを待ち続けた。


「そろそろ寒くなる頃ね。義父上様たちは

着の身着のままに九度山に、

行かれたのよね……。」

倹約家で非常に気配りの出来る姫様は

ポツリと呟き何かを考えていた。

時は過ぎ、姫様の旦那様は

はたびたび病気に悩まされていた。

とある大名の討伐の前にも、京都に

詰めていた旦那様は病気で城へと帰国している。

病名は定(さだ)かではないが"瘧"(おこり)

という悪寒や震えを発する病気に

悩まされていたという。

大殿が"大坂冬の陣"を発動した時も、

旦那様は病気で床に伏していた。


江戸幕府に忠孝を示さなければ

ならない時なのに、旦那様が出陣

できないのでは、我が家の名折れである。


姫様は一生懸命に根回しした結果、

旦那様への出陣要請に対しては、

「貴殿がご病気の場合は、息子に

人数を付けて早々に出府されよ」

と但し書きが添えられたため、

なんとか面目を保ったのだった。

こうして、嫡男と次男が大坂冬の陣に

出陣することになった。

姫様は旦那様の重臣のうちの一人に

「何事にも、くれぐれに気をつけるように。」

と申しつけ、嫡男と次男たちを

大坂冬の陣に送り出した。

また、姫様が根回ししていたので、

嫡男と次男たちは大坂冬の陣のとき、

姫様の弟の部隊に編入された。


大坂の陣に参加していた嫡男と次男たちが

無事に帰国すると、姫様は2人に向かって

「2人も居るのだから、どちらかが

討ち死にすれば、我が家も忠義を示せたのに。」

と言い放った。

子らは姫様の言葉に驚きながらも

戦いの場では場面ある毎に、姫様の

根回しのお陰で色々と助かった事が

多々あったので、何も言えなかった。

「……無事で何よりじゃ。」

子どもの顔をも見ずに顔を背け

泣き顔を見せないまま姫様は

部屋に戻ったのだった。

戦いの間、城内に設置した仏像に

無事を祈っていたのだった。


またある時、姫様の旦那様が

6万石の藩主であった時のこと。

その当時のお城は、北陸の大名が

江戸に向かうときに通る北国街道の

要所にあり、北陸の諸大名は

江戸に向かう時に、このお城を通行していた。

そこで、姫様は家臣に命じて、

諸大名が通行するのを邪魔した。

「わらわは、将軍家の養女である。

将軍家に送る物を義娘であるこの妾が

この地で頂戴しても差し支えあるまい。」

と言い放った。

諸大名から将軍家の献上品を没収した。

そして、姫様は

「義娘である小松が、将軍家への

献上品を頂いた。」

と書いた手形を諸大名に渡し、

将軍に届けさせた。

これに困ったのが、北国街道を

通行していた、とある藩主だった。

姫様は将軍家の養女なので、

成敗することも出来ず、仕方なく、

将軍家へ訴えた。

訴えを受けた将軍家は姫様を

咎(とが)めたのだが、

そのたびに姫様は言い返し抵抗した。

「親の物は子の物ぞ。」と答えた。

将軍家も困り果て、ついには、

姫様の旦那様に4万石を加増して、

北国街道から外れた10万石へと

転封する事になった。


姫様は46歳ごろから病気で

床(とこ)に伏すようになった。

りんは姫様に身体に良いとされる

食べ物を試行錯誤(しこうさくご)し

姫様が喜ぶ物を作っていった。

茶碗蒸し、すいとん、根菜類の佃煮

時にはわざと味付けを濃くし

水分を多くとるように工夫していた。

「姫様、旅の疲れが出たのでしょうか?

何かお召し上がりになりますか?」

「……おりんの料理なら何でもと

言いたいが、焦げすぎた料理以外なら

好きじゃった~はぁ。」

「姫様、りんはあまり焦がした事

ないですよ。それに(姫様…なぜ

言葉を過去形にするの?)まだまだ

食べていただきたい新作料理が

あるんですよ。」

「楽しみじゃ。」

ふぅ~とため息混じりに、目を閉じ

姫様は思案しながらゆっくり話し続けた。

「…おりん、私の長持ちの中に

黒い文箱に…赤い組み紐で、ふぅ~

…結んでる物を…持ってきてくれ。」

「はい。ちょっと待ってて下さいね。

すぐ、取ってきますね。」

バタバタバタバタバタバタ……。

「はぁ~おりんらしいのぉ……。小助、

そこにおるのか?…近こうよれ。」

「はい。ここにおります。」

「…小助、妾が死んだら自由に生きろ。

りんと婚姻でもして…幸せになれ。

文箱に、りんの母君らしき人物の

居場所が書いている。…路銀も

多少あるから。二人で訪ねるがよい。

あの方には…記憶はないそうじゃ。」

「……。」

「妾の桐の長持ちに…色々あるから

皆で分けてくれ…りん…遅いなぁ。

迷ってるのか?小助、りんを

導いてやれ…幸せにな。はぁ~

…しゃべりすぎた様じゃ…

妾は…眠くなったから先に寝るぞ。

あとは、頼む。」

「……。」

小助は両手を付き姫様に頭を下げた。

「おやすみなさいませ。」


冬空の澄み切った青空の日。

療養のために草津温泉へ向かう途中、

姫様は眠ったまま目を開ける事はなかった。

47歳だった。



姫様のそれぞれに宛てた文には、

その人の短所と長所などが書かれており

最後の文面に、幸あれと締めくくられていた。

姫様の旦那様への文には

妾が死んだ後は、あの方と一緒に

なって下さい。

生きてる間は、妾は嫉妬深く

一緒にはなれなかったでしょ。

すまなかった。お幸せに。

と言った内容だった。


「わが家の灯火(ともしび)が消えたり。」

と言って姫様の旦那様は人知れず涙した。

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