第38話


スタスタスタスタスタスタ。

ピタッ。

「……。」

「……?」

「先生!い、いえ、おりんさん、す、

す…好きです。一緒になって下さい。

あと、これ…よ、読んでください…。」

「……えっ?」

それは突然だった。

昨日、庭の片隅でコソコソ話していた

子どものうちの一人だった。

もうすぐ元服を迎える子らの一人。

いつもの様に、食事番に混じり

姫様たちのご飯を作るために

台所にきていた、りん。

そして、早足で歩いてきた子どもは

真剣な顔つきで、鼓草(つづみぐさ・

たんぽぽ)の花を添えた文を、りんに

差し出したのだった。

しかも、当初は"読んでください。"と

一言、言った後に立ち去るつもりだった

らしい男の子は、勢い余って、

りんに婚姻の申し込みを

してしまったのだった。

顔は熟れたトマトの様に赤かった。


「えっ、えっと…お気持ち……。」

「おい、お前。何勝手な事抜かしてるんだ?

俺の断りなく、りんに近づく事は

この俺が許さん。」

「ちっ、な、なんなんだよ。いつも

いつも。僕のおりんさんに、いつも

まとわりつく様に、い、いつも顔もたまに

ニヤけてるし、なんであんたが

否定するんだよ。」

「……。」

"いつも"って言葉が多いなぁと

周りの者は思った。


「あっ、あんたはおりんさんが

好きなのに告白出来ない弱虫なのか?」

「……!!」

小助は思わず目を見開いた。

「ず、図星か?うわぁ~図星かあ。

うわぁ~なんか、恥ずかしい。

いい年こいて好きな女に、こ、告白

出来ない可哀想な男、うわぁ~

ここにもいたんだな。おりんさんの事を

好きな人はたくさんいるけど、

僕みたいに、正々堂々と愛の告白

出来る男はなかなか居ないんだぜ。」

「……。」

今度は前半に"うわぁ~"が多いと思った

周りだった。


「そこの坊や。先ほどから口を

開きっぱなしね。」

りんはにっこり笑いかけた。

スパーン。

りんは大きな音を立てながら

力強く野菜を切り始めた。

「まだ、口を開きたいなら、

はいどうぞ。」

ぐぽっ。

「……うぐっ。」

周りのものは面白いモノを見る様な

目で、見ていた。

小助やその男の子本人はもちろん

台所の入り口で見守っていた

昨日の密談メンバーは驚いていた。

「ちゃんとよくよく噛んで

味わいなさいよ。そのお野菜、

馬や鹿も好きだそうよ。」

「……馬と鹿?つまり…バカ。」

小助はポツリと呟いた。

「……。」

プッふっ。

誰が先に笑ったかはわからないが

やがて、笑い声が広がって言った。

小助に噛み付いていた子どもは

大好きなりんに言われるがまま、

大嫌いなにんじんをぽりぽりと

涙目になりながら食べ切ったのだった。


「みんなの前で勇気ある告白ありがとう。

でもごめんね。年下には興味ないの。」

「……(ぐさっ)。」

さらに涙を流す元服前の男の子。

「あとね、私の大事な家族である

小助兄さんの悪口を言う人は

お断りだし、歳の差もありすぎるし、

あなたとは根本的な考えも

合わなさそうだから、本当に

ごめんなさいね。」

「こすけ?にいさん?」

男の子は首を傾げた。

「そう、私の大切な小助兄さんよ。

私の兄よ。」

「……う、うそだ。」

男の子はひざから崩れ落ち

さらに地面に両手を付けてしまった。

「告白、ありがとうね。でも

あまりにも歳の差があるのは

ちょっとね……。ごめんなさい。

あとこれ、文にした紙がもったいないから

お返しするわね。はい。」

「……(グサッグサッ)。」

文を受け取らない(あまりの落ち込みに

両手をついてる為、受け取れない)

男の子の手元に、文をそっと

地面に置いたのだった。

「……。」

先ほどまでフツフツと怒りをためていた小助。

りんの絶妙な言葉攻め?

相手に無意識にトドメを

刺しまくる言葉に、この男の子が

可愛そうだと思えなくもないと

思い始めてしまった。

多感な少年は、立ち上がる事が出来ず、

お友達が引きずるように

台所から立ち去ったのだった。


夕食時、侍女たちから今日の

出来事を知った姫様は、その場に

立ち会えなかった事に対し

かなり悔しがっていた。だが同時に

今日のやりとりの内容に、何かに

ツボってしまったらしく姫様の

笑いがなかなか治らなかったらしい。

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