第30話


鶯のこゑのひびきに散る花の

しづかに落つる春のゆふぐれ


鶯(おう・うぐいす)の鳴く声の

響きに散る花が、音もなく落ちる春の夕暮よ。


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姫様と姫様の夫婦仲はよく子宝も

さらに増え、家族が増えていった。

幸せで平々凡々な日々は長く続かなかった。

穏やかな日々に、暗雲が立ち込めたのは

あっという間で、姫様たちの婚姻で

お世話になったとある殿様の訃報(ふほう)が

舞い込んだのだった。

     **

小助は姫様の旦那様に呼ばれた。

長い奥まった場所、迷いそうな場所。

記憶をたどりにしばらく歩き続け

立ち止まった。

小助は部屋の前で静か座り声をかけた。

「小助です。お呼びとお聞きし、参上しました。」

「あぁ。待っていた。入ってくれ。」

静かに開けた障子から目に写ったのは

髪も乱れ着物まで着崩したお姿……。

そのお姿から逃げるように、無意識に

視線をそらしてしまった。

その視線の先は、これから

入ろうとした部屋だった。だが

入るのを躊躇(ためら)ってしまった。

積み上げられた木簡や巻物、書類。

書き損じたのか、丸められた紙屑。

手を付けられず放置された、

いつのかもわからない食べ物……。

あの手付かずの食事、りんが見ると

烈火のごとく怒るだろうなぁと

小助は、こっそりとため息をついた。

部屋はあまりの散らかりように、

足の踏み場はなかった。

部屋の前で立ちすくむ小助を見た

姫様の旦那様は微笑を浮かべた。

「ははは……。忙しくてな。

書きもんばかりで肩がこるわ。

少し外に出ようか……。」

「……はい。」

器用にも落ちている物をよけながら

ヒョイヒョイと部屋から出てきた

姫様の旦那様だった。

「……。」

軽業師(かるわざし)のようだ!と思った

小助に、ニッコリ笑いかけた姫様の旦那様。

「この辺りでいいかな?はあ~。部屋に

閉じこもってると考えまで、

凝り固まってしまう、はあ~……。

よっと、身体を動かさないとな。」

手を伸ばしたり、腰、背中、さらに

足までも奇妙な動きで運動?していた。


「……!!」

急な殺気に当てられた小助は、姫様の

旦那様から身体をずらし地面の土を

掴(つか)んだ。

「ま、待て……ぶっ。」

待てと言われたものの、素早い行動の

小助は姫様の旦那様に、ひと掴みの

地面の土を顔面に投げつけたのだった。

「ウァッ!ゲホ……ペッぺっ。痛てて、

えらい目にあった、口がジャリジャリ

、目が痛ッ……。」

「す、すみません、つい……。」

「いやいや、こちらも試しただけだが

予想以上だっ……ぺっぺっ。」

2人で井戸に行き、顔を洗い口を

ゆすがれた姫様の旦那様は静かに

語り出した。


「やはり、変なクセは……。私が小さき頃

父は数人の女性を娶(めと)り子を産ませた。

血筋を増やす為だからと、私も……。

言われるがまま娶った。婚姻を結んでから

夫婦の絆を深めるものだと…そう思っていた。」

「……。」

「父は本当に好きな女性とは、

結ばれなかったらしい。

その方に似たかやったような人に子を

産ませた父。そしてその中には、

妻にも出来ない身分もいたそうだ。

子をもうけたあと、その人に見向きも

しない父に、気を病んだ人がいたらしい。

そして、その人は我が子を痛め付け、

命が危なくなったとき間一髪だったらしいが

3番目の弟がとある子をつれて

行方知れずになった。」

「……。」

「"可愛い生意気な弟と旅に出て、

歌舞伎役者になる"って下手くそな字の

置き手紙があった。」


手ぬぐいで顔を拭(ぬぐ)うのは

姫様の旦那様なのか、小助なのかはわからない。

バレている?

それにしても、歌舞伎役者?

なれないだろう?人一倍稽古嫌いな

六郎兄さんが厳しそうな歌舞伎の稽古を

耐えれないだろう。

「……。」

「だんまりか?おりんの事は好きか?」

「!!!」

小助は姫様の旦那を睨(にら)みつけた。

「私は話し合いの為、一時期離れる。

忘れ形見のあのお方の……。小助

りんは…色々巻き込まれるかもしれない。

隠さなければならないが、あの感じだと

難しい。年嵩(としかさ)の者に見せるな。

りんを守ってやれ。そのついででいいから

我が妻の姫も守れ!」

「私の大切な(弟)小助は、私の命令が

なくとも動くだろうが、自由に

好きな者と一緒になってくれ。」

「……。」

「私が戻ってきたら…いや……。世の中が

動き出した。幸せになれ。」

数日後、姫様の旦那様は話し合いの為

精鋭揃いの重臣を連れ城を後にした。


戦乱の前の静けさだった。

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