第29話


りんは姫様に半ば強制的に料理を

作るように言われ、以前のように

侍女たちとともに、食事を作る事になったのだ。

姫様の旦那様が子どもの頃から食が細く

食べるかどうかわからない状態だったらしく

お城の食事番たちは、姫様の旦那様

(殿)に対して一通りのご飯、漬け物

具の少ない汁物といった、至(いた)って

シンプルな食事しか作らなくなっていたそうだ。

作った食事に手をつけない日もあり

ますます作る気が、失せていたらしい。

そこに、姫様自ら乱入してきたので

姫様の悪いウワサしか知らない料理番たちは

自分たちがクビにされると思って

しまったらしい。

顔も強ばり目立たないようと動き

その動き自体がぎこちなさを伴(とも)ない

必要最低しか話さなくなっていた。

姫様やりんたちとのやりとりも常に

顔つきが険しくなってしまったそうだった。


姫様たちが来るまでの姫様の旦那様の

食事と言えば……。

毒見を済ませた冷め切ったご飯に

同じく冷め切った汁をぶっかけて、

味わうことなく一気に済ませる。

約2分程度の食事時間。

漬物も薄い2切れのたくあんや

少量のぎざみ野菜の漬物だった。

そんな食事に、いつしか

慣れ切っていた姫様の旦那様。

食べ物はお腹がなるので、仕方なく

かき込むように食べる物と考えていた

姫様の旦那様。

1日に一度、多くても2度の食事。

食べるのも面倒な時には、水などで

お腹を膨らます日もあったそうだ。

倹約家の姫様も食べれるだけ幸せ

という感じで、同じ内容の食事を

取り入れていた。

だが、りんと出逢ってからは姫様は

一緒にお団子や食べ物を食べる幸せを

知ってしまった為に、毎日の

冷めてしまったご飯を、一人でか


りんの食事はというと……。

押し入れに入っていた火鉢を取り出し

準備された食事に、お城に生えていた

野草をこっそり入れたりしていたのだった。

旅の間、取りためたものなども使い

汁の具や、おかずを作っていたのだ。

いつのまにか、侍女たちも真似をし

野草をとったもので、りんの部屋の

火鉢で調理していた。

いつしか面白いウワサが流れた。

姫様の侍女たちの部屋周辺には

雑草などは生えておらず

きれいに何もなかったのだ。

食べ物になっているとは知らない

もともとの城の者たちからは

侍女なのに庭仕事まですると評判が

良く思われていた。


さば、アジなどの干物を見つけたりんは

それらを焼き、身をほぐした。

そこに軽く塩を加えた乾燥させていた

みじん切りの野菜を入れご飯に混ぜ入れ

おにぎりにしたのだった。

さまざまな野菜を煮込み具沢山の

お味噌汁(ほとんど味噌味の鍋)。

城の料理番が漬けていた漬け物と

刻み野菜の浅漬け。

きのこ類とクズ野菜を甘辛く

味付けした佃煮。

よもぎ入りのお団子。

作り終えた後、ひと通り味見としては

多少量が多めだったが、城の料理番にも

分け一緒に、軽く食べたのだった。

大鍋から中鍋に移し替え、おにぎりなども

数人分準備した。

姫様と一緒にぞろぞろと廊下を歩き

姫様の旦那様の部屋に持っていたのだった。

数分歩いた時だった。

「おお、皆の者どうしたんだ?」

「殿!!」

「んっ?」

「久しぶりにおりんらと、食事を作って

おりましたが、冷めないうちに食べて

貰おうと思いまして、コレらを

お持ちしました。」

「鍋ごとか?私はそんなに、大食いでは

ないのだがな……。」

「お一人で食べるには寂しいでしょうから

輿入れの時のように、皆で食べましょう。」

近くの空き部屋に入り、殿の後ろにいた

小助やその他の護衛たちにも

少しずつだったが食事をしたのだった。

姫様の旦那様は大絶賛してくれたのだった。

しかも、数日置きでいいから

りんに料理を作って欲しいと言われたのだった。


     ***


その夜、

「姫は私と祝言を挙げてから日が経っている。

それなりに長い付き合いだ。祝言……

つ、つまり我々はもう夫婦ということだ。

……そうだろ?」

「はい。」

「なのに、姫はずっと私の事を"殿"とか

"旦那様"と呼んでいる。」

「は、はい。そうでございます。」

「変わっていくべきもの、変わらぬ方が

いいもの……。世の中には、どちらも

存在するのだが……。」

「……はい…?」

「…姫、私は思うんだが…か、考える

までもなく、これはその…なんだ、

変わって然(しかる)べきものだと

思うんだが…姫はどう思うんだ?」

「えっ、え~と?」

かなり回りくどい言い方だった

旦那様の照れた様子やら、婚姻を

結んでからの付き合いから、姫様は

答えを導き出した。

「それはつまり、殿は別の名前で

呼んで欲しいということでしょうか?」

「……これは驚いた。我が愛妻は

賢き妻だな。当たりだ。さあ私の名を呼べ。」

「……。」

「さあ、早く!」

「……信…殿。」

フッと笑った姫様の旦那様。

「照れ屋な我が姫に、口付けをしないとな。

強要はするつもりはないが、我が姫が

ちゅ、躊躇(ちゅうちょ) するなら

や、やめてやる。どうだ! 」

「……お名前呼びは、まだ照れますが

あなた様にされて嫌なことなんて

何もございません。妾の身を

お好きになさって下さいませ。」

「……ぐはっ。く、口付けからだ、

よし異論はない。では…いくぞ。」

「はい、よろしくお願いします。」

「………。」

その日の夜、姫様と姫の旦那様は

空が明ける頃まで激しく絡みあったのだった。


      **

月の満ち欠けを繰り返し3つの

季節の変わり目を迎えた。

昨日まで薄い雲がかかっていたのに、

本日は雲が一つもない澄み切った

空気と青空の朝だった。

姫様は一つの子宝を産んだのだった。

「姫様、お疲れ様です。そして

おめでとうございます。」


りんはあれから毎日一回は、姫様と

姫様の旦那様に食事を作るようになり

城の片隅に、小さな畑まで作り

姫様の侍女たちと小助はもちろん

一部の護衛までもが、積極的に

畑作りを手伝ってくれたのだった。

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