第26話


「申し訳ございません。」

頭を地につけたまま半ば泣きながら

謝る侍女。

「そちは悪くない。悪いのはおりんをさらい

その上、そなたの気を失わせた悪人どもじゃ。」

姫様は手に持った一振りの扇子を

ギリギリっと握りしめていた。

りんのそばにいた侍女は幸いな事に

気を失わされただけで、乱暴な事は

されておらず、川辺に倒れていたのだ。

あまりにも遅いので、他の者が

見に行くと倒れた侍女とりんの

洗い終えた洗濯物だけが残されていた。

姫様と姫様の旦那様は取り乱した小助を

落ち着かせ、今にも飛び出していきそうな

小助をなんとか説得し続けていた。

姫様の旦那様は護衛に命じた。

数人の捜索隊と、領地に早馬を出し

領地の者にりんの捜索に加わるよう

要請を出したのだった。

「領地の手前で騒ぎをおこすバカどもが、

私の妻を奪いにきたのか?それとも…別なのか?」


一方のりんの行方は……。


      ***


やや扁平な菱形を四つ配置している

大きな一つの菱形としたもので"割菱"

と呼ばれる紋を隠し持つ集団。

世の中の動きを知るためあちこちに

"草"と呼ばれる忍びを配していた。


"実力の差は努力の差"

"実績の差は責任感の差"

"人格の差は苦労の差"

"判断力の差は情報の差"

"真剣だと知恵が出る"

"中途半端だと愚痴が出る"

"いい加減だと言い訳ばかり"

"本気ですると大抵のことはできる"

"本気でするから何でも面白い"

"本気でしているから誰かが助けてくれる"

自分たちの大切な殿の教えを守り

努力を怠らなかった。


二葉葵の変形紋。"丸に三つ葵"

上賀茂神社の神紋であった葵を

正式な家紋とした大殿の養女となった

姫様の動きをも静かに見守っていた。

大殿の婚姻のうちの一つに、

"洲浜紋"(すはまもん)と

結び雁金紋(むすびかりがねもん)を

着物に付けた集団の中に、幼きまり姫の

面影がある姫を見つけたとの報告が入った。

現地に赴き(おもむき)様子を伺った。

川べりで侍女が気絶させられた。

そして、まり姫に似た少女も気絶させられ

大きなズダ袋に入れられた。

相手は4人、忍び一人で片付ける事も

出来るが、忍びの存在がバレては

いけないので犯人を泳がす事にした。

逃げる犯人を付かず離れずで

見守る忍び。山の中で、もう1人の忍びと

合流し応援を呼んだのだった。

やがて、滝の後ろ側にある洞窟に

入り込んでいった。

来る時に、地面に印や木の枝を折り

仲間にだけわかる暗号を置いていた。

仲間が集まり次第、救助する予定だった。


「……んんっ。(痛っ。)」

袋から出されたりんは、後ろ手に

手を結ばれ口には猿ぐつわをつけられていた。

「おや?起きたか姫さんよ!」

「……んっ?」

「状況がわかってないようだな。まあ、

いいか。あんたに嫁がれたら困るお人が

いるんでな、悪く思わないでくれ。」

覆面をした男たちに囲まれている、りん。

「明日の朝にはまた移動するからよ、

大人しくしときな。それにしても

じゃじゃ馬と聞いていたが、そこそこ

上物だな。白い足もいい肌触りだ。」

いつのまにか太もも辺りまで

着物の裾がはだけていた。

遠慮なしに撫で付けてくる手。

猿ぐつわから漏れる声を聞いた

男たちはさらに興奮しているようだった。


水浴びをする為に、りんは薄手の着物を

一枚しか着ていなかったのだ。

「おい、お前らは手を出すなよ。

商品に傷が付いたら高く売れないからな。

顔と足いいなぁ。他のとこはどうだろうな?」

「……ッ。」

ガタガタ震えるりんに、さらに触れてきた。

足や、太ももを無遠慮に撫でる汗ばんだ手、

毛むくじゃらで太い指の男の顔は

にやけきっていた。

「確か売りもんの中に、赤い襦袢が

あっただろう。それを持って来い。

さあ、姫様は高価な売りもんだからな、

せめてものお情けを下さいな。」

ケラケラ笑う声。

「高貴な姫様が遊女の様な格好で、

俺たちを楽しませてくれや。

挿れはしねぇよ。それとも

欲しいのなら、味見させてやるぜ!!」

ははは!!

と洞窟に下びた笑いが響いていた。

「さあ、これに着替えようか。俺が

じっくりと着替えさしてやろう。」

「んんっ!!んっ~!!」

「一丁前に抵抗するのか?大人しくした方

痛みはないぜ。優しく着替えさせてやるよ。」

りんは水浴びの際、昔から持っていた

大切な(くすんだ色になった)紅色の組み紐を

腰帯に飾り紐の様に複雑な結び方を

していた。

お館様に頂いた小助とお揃いの組み紐は

頭に結んでいたのだった。

「なんだコリャ。複雑な結び方しやがって。

切ったほうが早いな。」

「んんっ!!」

りんは、猿ぐつわをされながらも

首を左右に振り、足をばたつかせ抵抗した。

「おい、小刀持ってこい。」

「へい。」

「くそっ。まっ、お楽しみは後で

とっとくとして、お前らこいつの手と

足抑えとけ。」

そう言った男と他の男たちは足元に1人

そして左右に1人ずつ、りんに

のしかかるようにりんの素肌を

弄(まさぐ)っていった。

閉じた瞳から涙が止まることなく

溢(あふ)れ…出つづける、りん。

先ほどの男はりんの着物の前を

呆気なく開いた。

「んんんっ!!!」

「おい、コラッ。これはなんだ?」

曇った声で泣き叫ぶりん。

「姫様にキズ?古い刀傷…まさか

お前は…かげむ…。」

影武者か?と言いたかったかもしれない。

ズサッ。

ザクッ。

パサッ。

りんの目の前は、薄暗い洞窟の中でも

目が慣れたのか、黒ずんだ赤い布が

りんにかぶせられた。

いや?被せらた時はまだ、赤い布は

乾ききっていたはずだった。

「ぎゃぁぁぁ。」

ブシャ。

「うぁぁぁ。」

ズシャ。

赤い布は、黒ずんだ何かを吸っていく。

「た、助けてぇ…!!」

ゴボッ、ズダっ。

どんどん重くなる赤い布。

あたりには何かを斬る音と、低い声で

助けを乞う声、叫び声が聞こえていた。

こんな時なのに、気絶はしないもんだと

りんは思っていた。

赤い色。紅色。怖い色。

濡れた赤い布は、黒く染まりさらに

重くなっていた。

呼吸が苦しい。

苦しいのに空気が吸えない。

いつのまにか自由になっていた両手と

口元にあった猿ぐつわもなく、

声を上げる事も出来ず、震えながら

自分自身を抱きしめていた。

この匂い。鉄サビの匂い。

生ぬるいモノが顔にかかった気がする。


「姫様、お名前はなんとおっしゃりますか?」

「……。」

「お助けするのがおくれまして、

申し訳ございません。」

「……。」

「まり姫様のお子でしょうか?」

「……?」

「疾(はや)きこと風の如(ごと)く、

徐(しず)かなること林の如く、

侵(おか)し掠(かす)めること火の如く、

動かざること山の如し

すなわち風林火山。」

「……?!」

男たちの言葉にりんは

なんとなく聞き覚えがあるような気がした。


風のように素早く動いたり、

林のように静かに構えたり、

火のような激しい勢いで侵略したり、

山のようにどっしりと構えて動かない。

転じて、物事の対処の仕方にもいう。

時機や情勢などに応じた動き方。

配下の忍びの者たちにも自分たちの

主となる殿の教えは浸透(しんとう)していた。

我が殿の娘、まり姫様に似た少女を

助けるタメ集まった忍び"草"の数

32名、対する盗賊15名(全滅)

りん以外にも捕らえられていた

5人の少女たちと檻に入れられた

細工師、衰弱した男1人。


「気づかれました。」

「姫様、我々は影ながらお守りします。」

「また、日のもとで姫様をお目に

出来ましたことを心より感謝します。

では、我々はこれにて……。」


    ***


六文銭。それは、死者が亡くなった後に

通るとされる六つの道(地獄、餓鬼、

畜生、阿修羅、人間、天上)

をそれぞれ通るのに必要なお金。

戦いの場で使われる紋。


洲浜紋。川の河口部にできた島状の洲。

いわゆる三角洲のことである。

飾りや調度品として使われる

州浜台の意味があり、平安時代から

慶賀の式などに使用された。

江戸時代には、婚礼の飾り物として

用いられた縁起の良い紋とされる。

それゆえに、姫様の旦那様の

婚姻のときに洲浜紋を多く用いられていた。

 

結び雁金紋(むすびかりがねもん)

に用いられている雁(がん)という鳥は、 

昔から"幸せを運ぶ鳥"として有名であった。

雁の両羽を円形にねじった紋を結び

雁金紋といって、雁紋の典型的な形である。


姫様の旦那様たちは替紋として使用し、

平時(生活用品など)にこの紋を用いていた。

この婚礼には大殿の紋も主張するかのように

印がついていた。


      ***


放心状態のりんは、新たな複数の

足音を聞いていた。

頭から赤い襦袢を被せられた

横たわる少女。

「りん!!!」

懐かしい声……。

バサッ。

いち早く駆け付けた若い男の声は

息をのんだ。

「……こ、こ…っ。」

どう見ても、乱暴された後の様に見えた。

はだけさせられた着物からは、

白い肌に成長途中のまろいふくらみ。

慎ましい2つの頂きが見えていた。

「りん!!」

りんの瞳から雫はこぼれていた。

小助は自分の着ていた着物を脱いで

りんに着付けた。

「組み……ひっ、ひっ。」

着付け終わったあと、やっと

声を出して泣いたりん。

「よく、頑張ったな。もう大丈夫だ。」

りんのくすんだ紅色の組み紐は

2つに切られほどけかけてしまっていた。

それを拾って手渡そうとしたが

泣き止まなかったので小助は自分の

手に巻きつけたのだった。

「りん、帰ろう。もう怖くないとこに

俺が連れて行ってやるよ。」

「……。」

「お姫様抱っこか、おんぶどちらがいい?

先着一名様限定だぜ!!」

「……小助。」

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