第18話

小助の葛藤


俺とりんは、あの日旅立つ時に、

それぞれにお館様から持たされた

6つの鈴に付けられた六文銭。

三途の河の渡し賃。

りんには、もともと持っていた紅の

組み紐は色もくすみボロボロだったからか

お館様は何故か俺まで、同色の

紅の組み紐をくれたのだった。

腰紐の飾りや、髪を結う時に使える

柔らかい組み紐だ、

顔は似ていないのだから、兄妹設定である

俺たちに共通する物を持っているほうが

いいだろう、という事らしい。

りんは喜んでいたから良いとしよう。

俺にはこの色が何故だか怖く見えた。

…しっとり濡れた血の色だったからか?

俺と六郎兄さんの身元の事はお館様には

バレバレだと思った。これは冥土の土産か?

りんと共に死ねって事かな?

俺たちがもう、あの村に戻る事はないな

と思いながら村を出る時俺は、少し

長めに頭を下げた。

これからは俺たちで生きていく、

そして俺が守ってやらないとな。

そう思っているけど、だんだん可愛くなるし

生意気だし、他の客やら護衛に

愛想振りまくし。

あの日最初に見つけたのは俺だ。

小さい頃からべったりで、川遊びや

水遊びも…一緒に寝るのでさえ

未だに……。

俺、男としてみられてないのか?

おかげで俺は、過保護で心配症の

兄さん扱いだし、やってれねー!!


それにしても、あのクソ坊主?!

姫様は嫁ぐとしても、まだ嫁ぎ先も

決まってない者達までなんていう

勉強教えてんだよ!!

男の持ちモノ?!

そんなのアレしかないだろうが!

閨(ねや)教育って言わなかったのか?


"ちがうの。姫様じゃなく嫁いだ女性の

事みたいなの?先生いわく

殿方のモノをいれたら、

末永く仲良くなれるらしいの?

"おりんならわかると思ったんだけど……。"

ねぇ殿方の持ち物で、何を入れるのかしら?

って姫様に聞かれたんだけど、

私も一晩考えたけどわからないの?」

「……。」

一晩中、男の持ちモノ考えたのか?

その男とは、誰のこと思い浮かべたんだよ!!


"「ねぇ、小助兄さん、何か知ってるの?」"

"「……しっ、知らねーっ。」"

"「ううっ、その顔ウソね?なんで

教えてくれないの?」"

"「…おまえが、誰かを好きになり、

好きな相手とする時、わかる事だ。」"


りんにそう言って立ち去った小助は

なぜか、壁を拳で殴りつけたのだった。


くそっ、なんでそんな授業受けたんだよ!!

壁に殴りつけた拳からは血が出ていた。

クソっ痛いじゃないかよ!!

他になんて答えればいいんだよ。

俺はあいつの事……。

くそっ、くそっ!!

妹?!妹なんかじゃない。

身分も…何もかも……。

妹だなんて……いまさら…。

あいつは…たぶん…俺とはちがう。

あいつは必要だが……。

やっぱり俺は要らない…。


村に来るまでは、誰かといつも比較され

まとわりつく様な視線と、

罵詈雑言(ばりぞうごん)

泣きわめく音、身体中に痛みが走り

気を失ったと思ったら、また空が

明るくなっていた毎日。

ずっと夜が続けばいいと思っていたのに。


      **


その日懐かしい、そして苦くてしょっぱい夢をみた。

「おまえが、俺の……。小さいな。」

「……。」

「大丈夫か?ほれ、これ食うか?」

「……。」

出された握り飯は、ちょっとイビツな形だった。

「毒なんか入ってねえ。炊き立ての

飯に塩を入れて、握っただけだ。あと

ほれ、水もあるぞ。」

恐る恐る受け取った時、俺のお腹がなった。

グゥ~、ググゥ~。

奪い取るように食べた握り飯は

衝撃的な味だった。

「……うっ!!!」

ジャリ。

塩辛いってもんじゃない!!

なんだこりゃあ?!

まるで握り飯にびっしり塩が

まぶされているようだった。

「うまいか?」

久しぶりに与えられた食べ物に、

頷く事も首を振る事も出来ず、竹筒の

水を飲み干したのだった。

新手の毒なのか?

口の中がまだイガイガするし

やたらと喉が渇く。

いくつかある、イビツナ形の握り飯を

一口食べた男は、

「うーむ、ちょっとしょっぱいかな?」

ちょっとどころじゃないって

ツッコミたかったけど、目の前の男は

誰かもわからないし、弱った自分を

今なら簡単に殺せる相手だと思ったから

俺は恐怖を感じていたかも知れない。

「次はコレかな?」

どこからか取り出したお椀とおはし。

緑色の粉末と先程の塩辛い握り飯、

そして竹筒の水を入れ、かき混ぜた物を

俺に差し出したのだ。

受け取らない俺をみて、ため息を

着いたあと、そのお椀を何口か食べた男は

「ちょい味気ないが、食べれん事はないぞ。」

恐る恐る受け取り食べた物は、

程よい塩辛さで美味しかった。

後で聞くと、緑色の粉末はお茶を粉に

したもので、水でもすぐに溶けるように

お茶漬けにしただけだそうだ。


いつのまにかちょくちょく遊びにきていた

男は俺より5歳年上の6番目の兄上。

異母兄弟、母の身分からその兄は3番目、

俺は4番目だと知った。

4は死に番と言って、忌み嫌われる数字だ。

気が触れていた母という生き物は、

父の命で息絶えたそうだ。

妻が何人もいるから、一人くらい

殺しても良かったのか?

俺は男だから、見逃されたのか?

女なら…どうなるんだ?

生まれた順番、俺にはどうする事も出来ない。


そして、俺は六郎と名乗る兄と

「おもしろい人物が作った村があるんだが

探しに行こう!!」と言われ

俺が寝ている間に、おんぶされ

連れ出されていた。

その時、卑屈になっていた俺にたくさんの

言葉を俺にくれたのも六郎兄さんだった。

「長男、次男に産まれたら大変だったぜ?」

「なんで?跡継ぎだから皆、喜ぶんじゃないの?」

「バカ。そりゃあ表向き喜ぶだろうな。

直系だとか正室ならな。だが側室なら

正室様とやらに怯えながら母親も子も

大変だ。直系は特に大変らしいぞ。

毎日、武芸やらなんやらの勉強漬け。

毎日誰かと比べられ少しでも

ミスすれば…あっ、そっか、おまえも

小さいのにかなり比べられてたんだな?

ははは、えらいなぁ。頑張ったんだな。」

「……。」

泣かないと決めたのに、なぜか

涙が止まらなかった。

「俺が言いたいのは、3男以後は自由なんだぜ。」

「……自由?」

「そう。自分でなりたいものになれる。

商人、何かの職人とか、ちょっと頑張れば

お坊さんや歌舞伎にもなれるかもな。

色んな役柄になれるんだ。とにかく

なりたい何かに何でも選べる自由の身だ。

素晴らしいだろ。」

「自由……?」

六郎兄さんが言うには、長男は親の期待を

一身に受けがんじがらめ、次男は

長男に万が一の事があった時のスペア、

または、影武者がわり。

なりたいモノになれる。

自分は、ナニになりたいんだろうか?


あの家を出て、いくつかの山を越え

たどり着いた場所。

お館様と呼ばれた人物。

わりと?いや、かなり変わり者?

無条件で俺たちを優しく受け入れてくれた

ちょっとお人好しな人物だった。


     ***


話は戻り、村から出たばかりの頃は、

ちょっとした事でも俺を頼りにして

可愛かったのに……。

自分の腕をさすりながら、俺から

離れた場所にいた。

「うぅぅぅ寒い……。」

急な雨に降られ、山の大きな木の下に移動した。

「りんは、はじめての野宿だな?」

張り付いた着物が、気持ち悪かった。

「うーむ、たぶん?でも薄暗い山の中を

怖い何かから、逃げてた気がする。」

目を閉じながら話すりん。

昔の事を、思い出したのか?

山の中でうつ伏せで倒れていた

痩せ細った女の子。

明らかに、何者かに襲われて傷付いて

肩や腕、あと背中に刀傷が残っていた。

村の者は誰も何も言わないから、りんも

気にしている素振りはないし、

今では夜を怖がらないから、勝手に

大丈夫だと思っていた。

「…そっか。ここは大丈夫。守ってやる。」

そっと近づき、小さなりんの肩を抱いた。

雨は小ぶりになり、やがて雨は止んでしまった。


「そうそう、俺もいるからお前らは

おチビ同士寝といていいぞ。」

ちっ!くそっ!六郎兄さんがいた。

まさか、六郎兄さんもりんが、

かわいいと思ってついてきてるのか?

「だめよ。明日もいっぱい歩くんだから

六郎兄さんも寝なきゃ、代わりばんこで

火の番とケモノ対策ね。」

そう言いながら、虫除けとか

ケモノ避けの小さなタマを

火の中に放り込んだ、りん。

間違えて、煙玉を入れて大変だった。

まだそんな距離も空いてないからか

村からも不審な煙が上がるのが

見えたらしく、慌てて馬を走らせてきた

お館様たちに拳骨をくらったもんな。

煙玉を入れたのはりんなのに、りんは

軽くデコピンで、俺と六郎兄さんは

拳骨。なんだか、おかしくないか?


数日後にも夜に雨が降り、

薪がわりの木切れもあまり拾えなくて

燃やすものもあまりなかった……。

「寒いぃぃ……。」

「バカりん、こっちこいよ。」

そう言いながら一緒の布に包まり

りんを後ろから抱きしめた。

「りんは小さくてかわいいな。」

「チビじゃないわよ。なんで、私だけ

抱き枕なのよ。」

そう言ってくるって振り返ったりんと

俺は向かい合わせになり寝たのだが……。

「あったかい。ムニムニしてる。

触り心地いいねぇ……。」

「……んっッッ!!」

俺はあの時かなり我慢した。

あまり言葉を交わさなかったけど

時折目が合って微笑まれるし

りんの小さな手の中で、骨があるかのように

アソコの肉の一部が誇張(こちょう)した。

さらに触り続けるりんに、何も

言えなかった。

気持ちいいのに、なんとも言えない

ムズムズする感じ。

もうダメだ、なんか出そうになるって

思ったらりんから、規則正しい寝息が

聞こえてきた。


どうしようもないアソコと、

よくわからない気持ちで

虚しくなった。だけど早朝、

濡れた下ばきを取り替えた俺は

途中で見つけた川で洗濯したのだった。


お茶屋に到着するまで、俺は

六郎兄さんにニヤニヤした笑いを

向けられるのだった。

初めてだったけど、無意識に

あんなとこ触るのはヤバいどころか

反則だろう。


お茶屋さんでは毎日が充実していたし

あのモヤモヤした気持ちは……。

クソっ!!

りんは、なぜお客さんにあんな可愛い

笑顔振りまくんだよ。

あいつにとったらこの3年間で

俺はすっかり兄貴扱いだ。

設定だという事忘れてんじゃないか?

って思うくらい、自然になってる。

極め付けは、姫様の護衛から

「妹さんを嫁に下さい」って言われた事だ。

可愛いとか、料理上手とかりんを

褒められるのは嬉しい。

だが……。嫁なんかにやるもんか。

即お断りだ。

あいつの隣に他の男が並ぶだなんて

……最悪だ。

こんな気持ち悪い俺も、最悪だ。

明日は、どんな仮面被ればいいんだ?

そろそろ、我慢の限界……。

いや、まだ…我慢しなきゃ。

俺ならいける。

俺なら大丈夫。

俺は小助で、あいつの兄設定……。

俺はまだ兄として……。

まだ価値があるはずのモノだ。

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