第17話
小助の独り言
あの子に出逢ったのは、俺が物心ついた頃
だったかな?
あの日、久々に村に戻ってきた
お館様たちと俺のような
幼い子どもを連れて山の中での
訓練をしていた日だった。
この村は、野武士くずれや妾の子
腹違いの兄弟姉妹、そして捨て子……。
跡継ぎになれない子ども、
いわゆるいらない子……。
"役立たず。おまえに食わす価値もない。"
(なんのために子を作ったんだろうか?)
"なんで、あんたなんか生まれてきたのよ。"
(そんな事しらねぇよ。)
"あんたがあの人に似てないから…私は…。 "
(誰に似るかなんて、そんなの俺の
せいじゃない。そんなのしるかっ。)
(いらないなら初めから、子どもなんか
作らなければいいのに……。)
(跡継ぎの為?好きでもなんでもない
女たちに子どもを産ませる男も男だ。)
記憶に残る俺に言われた言葉は、
誰から言われたものだったかは早々に
忘れることにしたはずが、なぜ?
今思い出したんだろうか?
呪いのようにこびりついていた言葉を。
この村は子どもと年寄りが多い村。
色々な訳ありの子と訳ありの大人の集団の村。
皆で協力しあい、細々と食い繋いでいる。
剣術はもちろん、棒術、ヤリ、身の回りの
道具や、落ちている棒切れなどをも
武器にし"忍"(シノビ)と呼ばれる者に
近い存在の村。
仮面をつけたお館様と呼ばれている男性、
ちょくちょく村の外での仕事を
しながら、珍しい食べ物やさまざまな
生活必需品などをもたらしてくれていた。
その昔、お館様は幾人もの人間に
裏切られ、騙され、一部の家臣とともに
着のみ気ままにこの村を作ったらしい。
あまり村にはいないが、行き場のない
俺たちのような者の為にこの山に
村を作り、山に口減らしのため
捨てられた者を救いながら細々と畑を
作り、捨てられた者からたくさんの
知識を得たそうだ。
「捨て置くには惜しい人物ばかり
山に捨てていく馬鹿者ばかり。
駄作どころか、山も世も皆……。
……ぐちゃぐちゃだな。」
歌?を作ろうとしたのかな?
お館様の言葉があの頃の俺には、
まだ幼すぎて意味はわからなかったが
今ならなんとなくだが、わかった気がした。
俺はウロ覚えだがやっと話せる程度の
年齢の頃に六郎と名乗る異母兄弟?
兄上と一緒にこの地に来たらしい。
何もわかないうちから、自然と
心身ともに鍛えていた。
何事も食べ物の蓄えがあれば
なんとかなるってお館様はおっしゃられ
まき拾いはもちろん、木の実を集めたり、
食べれる野草、毒草、キノコ類を
教わった。そして、幼いうちから
それらの調理の仕方をも一通り教え込まれた。
苦手な事と言えば……。
生きるためには仕方がないのだが
…命をいただく事。植物、川の魚、
山にいるケモノの狩り方、捌き方……。
ここまではまだ、いい。
次の訓練?はいつになっても慣れない。
行き倒れた人を使い、人を刺したり
切ったりする感触……この訓練はニガテだ。
死んだ者とはいえ、何度やっても
慣れる事はなかった。
泣きながら刺した感触は、死んでいる
人だとしても、やはり慣れなかった。
同じ人だからか?
同じ生き物の動植物も殺してるのに
人は、死んでいると分かっても
無意識に謝りながら泣く俺。
そして言われた通り刺したり、斬っていた。
「小助は優しいからな。」
「一番大切な事を知っている、賢い子だ。」
「その感情を無くすなよ。」と
お館様やその場にいた大人たちに
言われたのだった。
""ちがう、俺は皆より弱虫なんだ。
だから、死んだ人ですら刺したり
斬ったりするのが…怖いんだ。""
その日の訓練が終わった夕暮れ、
あの子が傷だらけで血を流して
倒れていたんだ。
少し離れた場所には、とうに息絶えた
男性が転がっていた。
明日は、この男性と自分と同じ位の子どもを
しかも女の子を斬らなければ
ならないのかと、恐怖した。
「まて!よく見ろ!」
「まだ、息をしている。」
「うつ伏せ状態だが、背中部分か
わずかばかり動いている。ああいう時は……。」
「あっ!まて!!まだ、あぶない!」
俺は大人たちの静止の言葉を振り切り
幼なげな女の子のそばにかけよった。
「大丈夫か?」
「……。」
気を失っていたあどけない顔の女の子。
血の気を失っている青ざめた顔。
冷たい手足。
"生きてくれ!!"と強く願った。
「小助、人が倒れている時は一番
気をつけなければいけない時だ。」
「でも、ケガをして…。」
「小助、人の話を聞きなさい。
そして、皆にも言っておく。」
あの後、女の子をつれ一足お先に一部の
大人たちは村に戻った。
子どもの足に合わせながら、お館様と
戻りながらお説教されたのだった。
人がケガをして、わざと倒れている時も
あるので気をつけなければいけない事。
刺客かもしれないから。
性別、年齢などの関係はなく、
むしろ女子どもを使い、相手を仕留める
刺客も多いらしい事。
細身の男性が女性に化け、傷ついて
倒れてるフリもよくあるそうで、
声をかける時などは、いつでも
戦えるようにしなければならない事。
世の中は騙し合いが、当たり前に
なっている事。
人を疑う事を知れ……と言われた。
村に付いた時にはすでに手当てがすみ
着物も取り替えられていた。
生きている事にホッとしたんだ。
女の子は、夜になっても目を覚さなかった。
冷たかった手足は今では熱い。
刀傷があったらしく、薬草を塗り
サラシを巻いているが、熱が出てきたのだった。
村の人が、女の子のオデコと目にかかる位の
布を冷たい井戸水で濡らし、時折
その布を交換していた。
村の人と代わって貰い、俺は
その場から離れられなかった。
目を離すと、このままこの女の子が
死んでしまうかもって思ってしまったのだ。
途中、晩御飯に呼ばれたが不思議と
お腹は空かなかった。
いつもなら、料理当番でもないのに
ご飯を作る場所に早々と行く俺が、
ご飯を食べずに女の子をみている。
そんな俺をみて、村の人が俺のこと
なんて言ってたのかなんて
この俺にはわからなかった。
いつのまにか完全に日は落ちていたらしく
お館様みずからロウソクの灯りとともに
お椀に入った雑炊を持ってきてくれたのだった。
女の子はまだ目が覚めなかったので
俺はお館様に言われ、無理やり
押し込むように食べ始めた。
いつもなら味わいながら食べるのに、
それすら忘れて、雑炊をかきこんだのだった。
お館様は苦笑いを浮かべたらしいが
それに気づかない俺。
早々に食べ終わると、まだ熱い
女の子の手を握りながら
いつのまにか眠った俺。
気づいた時には俺の背中が温かかった。
そーっと振り返ると、そこには
お館様まで一緒のように眠っていたのだった。
いつも付けている仮面は、少し
ズレていて、そこから見えた顔には
ヤケドが見当たらない気がした。
お館様のお顔は、男の俺がみても
美男子に入る気がした。
寝息も落ち着いている気がしたので
それだけで安心した。
女の子の額の布を取り、ぬるくなっていた
井戸水に浸した。井戸水が冷たすぎると
せっかく落ち着いた寝息がまた、
荒々しくなりそうで怖かった。
朝までゆっくり寝てほしい。
そして、早く女の子の目を見たい。
早く元気な姿が見たい。
そう願いながら、女の子のおでこと
目の辺りまで濡れた布を置いただった。
一瞬呼吸の仕方が変わったが
「おやすみ。早く元気になってね。」
そう言いながら、キズが少ない
小さな手を握りまた寝たのだった。
幾日か経ち、女の子は俺の後を
ちょこちょこと遠慮がちに着いてくる
あいつが可愛かった。
まるで妹が出来たようで、嬉しかった。
この村で一番小さかった
訳でもないのに……。
なぜか、ひいき目で見ている事も
自分ではわかっていたはずだった。
しばらくして、元気になった女の子は
お館様に"みく"という名前をもらい
嬉しそうにしていた。
何かをすっぽり忘れているようだが
元気になって、少々おてんばだが
可愛くてしょうがなかった。
お茶屋の旦那が仕事で失敗した。
目をつけられたか心配だったらしいが
店をたたむほどではないらしい。
俺とみくは、兄妹設定でその店に
行く事となった。
"みく"と一緒。
こんなにも喜ばしい事が……。
お館様の人選に感謝しながら、
面白がりの六郎兄さんが気配を
あまり消さずに付いてきた。
お館様は心配性なのか?
雨露をしのぐときは邪魔だったが
身体が大きい分、木の実や山菜とり
野営には大活躍していた。
六郎兄さんを褒めるみく、今では
"りん"だけど、六郎兄さんを
褒めているのを見るたび、なぜか
胸が苦しくなっていった。
お茶屋では色々あった。
姫様と仲良くなり、イノシシの件
偶然居合わせたのか?それとも
故意なのか?
お館様が多少は泥をつけていたが
ほぼ"素顔"で現れたのには驚いた。
おかみさんも知っていたっぽいな。
お館様の顔を……。
お城からお城、りんと一緒なのは
すごくうれしい。
能天気だが、人を傷つける事はない
明るいりん。
あの日旅立つ時に、それぞれに持たされた
6つの鈴と六文銭。
三途の河の渡し賃。
紅色のお揃いの組み紐。
俺たちの身元の事はお館様にはバレバレ
だと思った。これは冥土の土産か?
りんと共に死ねって事かな?
俺たちがもう、あの村に戻る事はないな
と思いながら村を出る時俺は、少し
長めに頭を下げた。
これからは俺たちで生きていく、
そして俺が守ってやらないとな。
***
「ねぇ~小助兄さん、昨日ね、姫様たちと
勉強したんだけど、姫様も私もわかんないの?」
「んっ?何がわからないんだ?」
「えーっと、初めは恋の歌の勉強から
したんだけど……。」
とりとめなく話すりん。
一生懸命、習った事を話しているが
何がわからないのかわからなかった。
「ねぇ~ちゃんと聞いてるの?私
困ってるの。姫様が嫁いだ時やその前に
しなければならないんらしいんだけど……。」
「うん?花嫁準備なら大殿や姫様の
お父上がするんじゃないのか?あとは、
花嫁衣装やら道具か?」
「ちがうの。姫様じゃなく嫁いだ女性の
事みたいなの?先生いわく
殿方のモノをいれたら、
末永く仲良くなれるらしいの?
"おりんならわかると思ったんだけど……。"
ねぇ殿方の持ち物で、何を入れるのかしら?
って姫様に聞かれたんだけど、わからないの。
一晩も考えたのに……。」
「……。」
バ、バカ……そ、それは、まさか?!
「ねぇ、小助兄さん、何か知ってるの?」
「……しっ、知らねーっ。」
「ううっ、その顔ウソね?なんで
教えてくれないの?」
「……。」
「殿方って事だから、小助兄さんも
持ってるの?草鞋(わらじ)とか足袋(たび)
とか、殿方の小物入れとかなの?
おまじない的な何かなのかな?
考えてもわからないから……。
やっぱり、見せにくい物なの?」
「バ、バカ……お、おまえが、
誰かを好きになって、お互いが……。
好きな相手とす、する時…わかる事だ。」
りんにそう言って立ち去った小助は
なぜか、壁を拳で殴りつけたのだった。
くそっ、なんでそんな授業受けたんだよ!!
俺の気も知らないで……クソっ。
傷だらけだったみく(りん)が、
どんどん可愛くなっちまうし
未だに水浴びを平気で俺の前でするし……。
胸も、わずかだが膨らんでるし…!!
身体も大人に……。
お茶屋に来る客まで、アイツに
言い寄ってくるし、どうすればいいんだ?!
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