第16話
文字を覚えたいと言ったおりんに、
簡単な文字やイロハ歌を教えた姫様。
いろはにほへと ちるぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑいもせす
「漢字も使うとこう書くんだけど
この漢字は仏教のお経の中に使われていて
意味はあとで説明するわね。」
諸行無常 ・・「色は匂へど 散りぬるを」
是生滅法 ・・「我が世誰ぞ 常ならむ」
生滅滅已 ・・「有為の奥山 今日越えて」
寂滅為楽 ・・「浅き夢見じ 酔ひもせず」
姫様は自分の文机を出し荷物の中から
教本になるものを取り出した。
そして、おりんのため説明しながら
お手本を書いたのだった。
「色は匂へど 散りぬるを」
花は咲き誇っていても、やがて
必ず散ってしまうように
どんな幸せも色あせてしまう。
「我が世誰ぞ 常ならむ」
いったいこの世で永遠に生き続ける
ことができる人がいるのだろうか。
いや、必ず、すべてとわかれてひとり
で死んでいかねばならない。
「有為の奥山 今日越えて」
何のために生きるのか分からない
苦しみの人生を今日、越えて
「浅き夢見じ 酔ひもせず」
迷いの夢から覚めた悟りの世界にでました。
「なんだか、むなしい歌なのね。」
「……おりん。」
1日目のおりんのお勉強は、苦笑いを
浮かべた姫様のお顔と共に終わったのだった。
翌日から、姫様が書いて下さった
"おりん"という名前とイロハ歌を
書いた木の板を持ち歩き、
お料理や、ちょっとした合間に
地面に声を出しながら書いて
練習したのだった。
その姿を見た大殿の家臣たちから
大殿に伝わり、花嫁教育として
姫様はもちろん、なぜかおりんにも
"先生"を付けてくれる様になったのだった。
姫様の好意で、姫様とおりんを含めた
侍女5人と下働きの2人、総勢8名の
生徒が出来上がったのだった。
黒衣の宰相と呼ばれる二人の僧侶が
わざわざ姫様たちの為に、時間をさき
数日間、変わるがわる教えてくれる
事になったのだった。
数日間は、ひらがなで歌を作ったり
昔の歌を題材に意味を教えてくれたのだった。
「和歌の前では身分は問わない、
というこの姿勢はこの世の中では
特異なものです。姫様も侍女、下働き
関係なく学ぶ姿勢はご立派です。
姫様もご自身の臣下に学ばせるとは
ご立派ですぞ。」
「先生、お言葉ですがおりんを含んだ
こちらの皆は私の友であり知人、
そして大切な者じゃ。学びたいという
心に身分は関係ない。」
「それは結構結構。姫様は大切な事を
しっかり持っているお方じゃな。」
***
「この万葉集では五七五七七の短歌が
全体の9割を占め、この他に長唄や
旋頭歌なども一部収められ………。」
姫様やおりんは、淡々と話すもう1人の
僧侶、お経口調の話し方に眠気に襲われた。
「その中でもこれから婚姻に向けての
勉強だと大殿から聞きましたので
相聞(そうもん)親しい間柄に関して
詠んだもの、平たくいえば、恋愛の歌を
皆に伝授しようかと思うが、姫様?
どうじゃろか?」
「は、はい。お願いします。」
「ははは、姫様たちは、寝不足かな?」
「……。」
その後も淡々としたお経を読む
口調の勉強時間。
いくつかの恋の歌のお手本をもとに
文字の練習。
「"伊勢の海の磯もとどろに寄する浪
恐(かしこ)き人に恋ひ渡るかも"。」
「この歌の意味は、伊勢の海に
打ち寄せる怒涛(どとう)のように、
諦めようとしては、再び思いを
寄せ続けています。という意味で
恋心を波に例えておるんじゃ。
諦めきれない想いを見事に表現している
作品なんじゃ。」
「"うたたねに恋しき人をみてしより
夢てふものは頼みそめてき"。」
「こちらの歌は、姫様の様にうたた寝している
歌じゃが……。うたた寝で恋しい方の
夢を見てからというもの、夢を
当てにするようになりました
といった感じだが……。」
チラチラ視線を浴びていたが、
姫様のうたた寝は、続いた。
「なかなかお逢い出来ない人に、せめても
夢で逢えたらという気持ちを入れた歌じゃ。」
姫様は姿勢良く器用に寝ていた。
この恋の歌の授業は数日間続き
1日に一~二句ずつ意味を教えてもらいながら
わたしにはひらがな、姫様には
漢字を交えた歌の文字の練習をも
したのだった。
「"いとせめて恋しき時はむば玉の
夜の衣をかへしてぞきる"。
恋しくてたまらない時は、夜着を
裏返して寝ると夢で会えるという
おまじないをして、あなたの夢を
見ようとします。姫様、これ
このおまじないって、本当に
効くのかな?」
「なんじゃ?おりんには好きな人が
おるのか?これは小助が聞いたら
あやつ血相を変えそうじゃな。」
「な、なんで、小助兄さんが?
好きな人って言うか、前のとこで
お世話になった人が……。」
りんは単純にお館様が好きだから
お館様の夢が見たかっただけなのだが
お館様の事を姫様に言っていいのか
わからず、言葉を濁したのだった。
「ほぉ~そんなに気になる者が、
誰なんじゃ?もしかして、護衛の中の
誰かとかかぇ?」
「…い、いえ、ち、ちがいます。」
「おりんとワラワの仲だ、隠し事なしじゃ。
応援するぞ。その相手、教えてくれ。」
「ひ、姫様、ちがいます。あ、あの
以前お見かけした人で…名前も
な、何も知りません。」
「なんじゃ、そりゃ、お茶屋の客か
なんかかのぉ?旅の者だと、おりんの
恋心を奪った者は罪作りじゃなぁ。」
「……。」
翌日の授業では閨(ねや)事に関する事になった。
「まずは、お互いに身体を清め、
それぞれお心を鎮めます。夫となるモノに
素直になる事が大切じゃと言う考えも
あるが、一部のモノは女子(おなご)から
求められるモノが好きなお方もいる。
それを見極める必要はあるが、
女子は男のモノを入れるため
覚悟は必要じゃ。」
「「「「「「「「……。」」」」」」」」
「男のモノが多少の大きさ形にバラつきは
あるが、女子はそれを入れる準備をして
男に言葉をかけ、男もまた女子に
言葉をかけながら入れると、うまく
いくことが多いのじゃ。その後も
末長く上手くいくコツは、お互いに
思いやる事じゃ。言葉も必要じゃがな。」
「「「「「「「「??」」」」」」」」
その日の授業はわからない事だらけだった。
姫様もわからない様子だった。
「殿方のモノをいれたら、
末永く仲良くなれるらしいの?
おりんならわかると思ったんだけど……。
ねぇ殿方の持ち物で、何を入れるのかしら?」
りんは考えた。
殿方のモノ?持ち物?何を入れるのかしら?
だけど姫様同様わからなかったりんは、
1晩考えるのだった。
結局、答えは出ないまま翌日を迎えた
りんは、小助に聞くことになった……。
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