第8話


お城と道場から無事戻ったりんと小助。

お茶屋で日の出から日の入りまで

毎日、いつもどおり働く事になった。

「おかみさーん。お店の前の掃除

終わったよー!!」

「はいよ。ありがとね。」

「おかみさん、薪割り終わりました。

ちょっと裏で、稽古してきていいですか?」

「はいよ。ちゃんとお水飲んでから

しなさいね。暑くなってきたからね。」

おかみさんとの会話、いつものやりとり。

あれから週に一度は、お供を伴った姫様は

このお茶屋に足を通わせたのだった。

いつもはやんちゃで元気な姫様は、

今日は、どことなく様子がおかしく

姫様の表情も優れなかったのだ。


「姫様、どこか具合が悪いのですか?」     

「おりん、実はな……。」

話を渋ると思ったが、思いのほか

すぐに話してくれた姫様だった。

店の奥に座った姫様と横並びに座り

うつむきながら話す姫様と

たすき掛けをしたまま、姫様の顔を

のぞき込むように話を聞く、りん。

りんにしては珍しく、姫様用の

(毒見用も含んでいるのでこんもり盛ってある)

お団子に手をつけず、話を聞いていた。

姫様によると、初潮(月のもの・生理)が

5日前に来たらしく、身体のあちこちや

お腹と腰が痛い事、あと生理が出る場所

あそこがむず痒く、気持ち悪いとぼやいていた。


「姫様、おめでとうございます。」

頭を下げながらお祝いを口にしたが

姫様は少し口調を荒げてしまった。

「おりんまで、同じ事言うんじゃな!!」

りんは姫様がなぜ声を荒げたか

わからなかった。首を傾げたまま

「私は……。姫様?初潮を迎えたなら

お城でも祝辞や赤飯など炊いて

お祝いするんでしょうか?」

今にも泣き出しそうな顔の姫様。

「……赤飯どころか、祝いの品やら

……嫁ぎ先が…決まりそうなんじゃ。

…大人になってしまったからな。」

「……!!」

姫様と逢えなくなるの?

どこへ嫁いでいくの?

親しく大好きな姫様、そう思っていた

姫様がどこか遠くに行ってしまう……。

急に胸が苦しくなったりん。

「嫁いでしまったら、ここへも

来れなくなってしまう。……息抜きの

散歩すらできないどころか、花嫁修行と

称して、勉強の毎日になりそうじゃ。」

暗い表情を浮かべながら姫様は

ゆっくり話してくれた。

姫様の嫁ぎ先の義理のお父上が、

どうやらこの婚儀には乗り気でないらしい。

姫様の言葉一つ一つに反応し、りんは

怒ったり、姫様を気遣ったりしていた。

姫様の婚儀の手続きは、早急に進んでいた。

姫様を一旦、違う国の(一番の権力を

持った国)の養女にしてから、嫁ぎ先

候補先の家に確実に嫁がせようと

手続きをしているのだと打ち明けられた。

「なんだかかなり、めんどくさそうな

手続きなんですね?…ですけど姫様?

私には理解に苦しみそうな、こんなにも

複雑な事情…私なんかに話してしまって

本当にいいんですか?姫様?」

「おりんが、いいんじゃ……。おりんは

妾(わらわ)の…たった一人の……。

妾の大切な友であり、大切なんじゃ。」

「私も姫様が大好きです。そして

私も姫様が大切です。まだまだ

わからない事だらけですが、姫様の

お辛い気持ち、打ち明けて下さり

ありがとうございます。」

抱きついてきた姫様の背中をりんは

姫様が泣き止むまで、優しく撫でていた。


     ***


この時、小助は元服を控えた15歳、

りんと姫様は14歳となっているが、

小助とりんは、共にまだ11歳だった。

りんの初潮は、つい先日済んだばかりで

貧血からか軽いめまいを起こし

倒れかけたのだった。

おかみさんに祝われ、赤飯や甘いお団子を

いつもより多く食べたのだった。

りんの心の中での初潮は、身体的には

キツいが、美味しいモノがたくさん

食べられる日となったのだ。


話は戻り明日、姫様が養女先となるお城に

向かうらしく、りんにそばにいて欲しいと

言われた。

この時、まだりんはこの状況が

どういう事なのかわかっていなかった。

小助もおかみさんも、真剣な顔をし

"行きなさい"と背中を押してくれたのだった。

城に行くだけなのに、なぜ??

こんなにも大げさなのか、と思っていたりん。

りんも大好きな姫様が心配だからと言って

再びぎゅーっと姫様を抱きしめたのだった。

状況がわからないまま、りんは小助と

再びお城にその日のうちに行く事となったのだ。


「もぉ~なんでまた、小助兄さんが

付いてくるのよ。」

「妹思いの良い兄貴だからな。あと

姫様も了承してくれたんだからな。バカりん。」

りんのおでこを指先で軽くついて

話す小助にりんは、ほほをふくらませた。

「私は、姫様が不安だから姫様の

支えになる為、あと姫様に頼りにされたのよ。」

"良いでしょう"ふふふ~ん、といったかんじで

ドヤ顔をするりん。

「はぁー。りんがかなりバカだから

不安で不安で。バカな妹が本当に

姫様の支えになるのか心配で心配で。

挙げ句の果てに姫様に頼りにされたと

勘違いしたあまり、張り切りすぎて、

無駄にからまわりしそうなバカりんが

かなり心配で不安だ。だから、ついて行く。

わかったか?バカ妹よ。」

「……ははは。やはりお主らは

おもしろい兄妹だな。」

「姫様!私はマジメが取り柄で

おもしろくないですよ?!」

「姫様、俺自身もおもしろみのない者

ですよ。俺…私は、妹がバカだから

ポカしないか心配で、心配なだけで……。」

「ハイハイ。……あい、わかった。

2人ともすまないなあ。助かる。」

そう言う姫様は、笑いをこらえてるからか

肩が小刻みにゆれ、口元を押さえていた。

「……。」


「……姫様、大丈夫かな?」

ぽそっとつぶやいたりんの言葉は

風にさらわれ消えていった。

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