第164話 デルパンド男爵と夏希達(1)

 デルパンド男爵が馬車から降りてきた。その姿は白髪頭の初老の男性で、太い眉毛とキツい目付きが印象的であった。その男爵はデップリとしたお腹を揺らしながら歩いてくる。

 そして召し使いの用意したテーブルの椅子に座りネネ達を値踏みするように睨むと再び話し始めた。


「それでゴランゾ、どういうことになっているのだ。そこの獣人の小娘は車輪の代金を金貨50枚だと法外な値段を言ってるようだが?」


 そのゴランゾはデルパンド男爵の側に寄り、少し困ったように話すのであった。


「いえ、その車輪は少し特別製のようでして、若干高くなっているようです。確かに一般の物と比べると高いですが、今のこの状況を考えると仕方の無い部分もあります。値段についてはもう少し話をして調整しますので、もうしばらくお待ちください」


 もちろんゴランゾもボッタクリ価格だと判っている。ただ、部下とのイザコザや男爵の悪い噂があるので仕方ないとも思っていた。


「まあよい。ゴランゾに任そう。ただそこの小娘に一言だけ言っておく。あまり強欲になるとその欲望に飲み込まれてしまうぞ」


 それを聞いたネネは噛み付くようにデルパンド男爵に言った。


「はぁ?散々悪さしているお前がそんなこと言うとはな。笑わせるな!」


 その言葉を聞いたデルパンド男爵は微動だにしない。肝は座っているようだ。

 召し使いが用意した紅茶をゆっくりと一口飲んでから、「ふっ」と口を歪めて笑っていた。


(おお、あの太い眉毛にキツい目付きでイビツに笑う姿。どこかのギャングのボスみたいな貫禄ある笑い方だな)


(あのジジイ、ネネをまったく怖れていない。なかなかやるではないか。これからどうなるか楽しみなのじゃ)


(あのおじいさん顔が怖いね。私のぶたさんパーカー被せたら可愛くなるかもね)


((ぶふぉー!))


 夏希とスズランはアンナの言葉でぶたさんパーカーを被っている男爵を想像し、勢いよく口に含んだビールを吹き出した。それも全てラグの顔面にだ。(汚ねーだろ!Byラグ)


「このワシが悪さしているだと?お前はその目でワシが悪さをしたところを見たのか?」


 デルパンド男爵はキツい目付きでネネを睨む。まるで駄目な娘を叱るように。


「街での噂を知らないのか?お前がやってる事は筒抜けだぞ。獣人を差別してるってな」


「お前は噂だけで人を判断するのだな。それがどれだけ愚かな事か判っているのか?」


(うん、なんかネネさんの旗色が悪い感じ。どうもあの男爵は噂と少し違うようだ)


 デルパンド男爵はネネを見て静かに語るように話し始めた。


「ワシにはたった1人の息子が居た。とても優しく周りの人からも好かれていた」


(あのボスギャング顔の息子だよな?)


「顔は妻に似てハンサムであった」


(それはとても幸運だったね)


「むむ、まぁ性格も良かったからモテていたのは親としても嬉しいものだ。そして街娘のアリアと恋仲になり幸せそうにしていた」


(あれ?跡継ぎだよね?普通は最寄りの貴族とか有力者との縁繋ぎに利用するんじゃないの?ああ、男爵の顔が怖すぎて皆敬遠したんだ)


「ワシは息子が幸せならばそれでいいのだ。もし息子が貴族でなく、その娘と何かの仕事をしたいと言ったら許すつもりであった。男爵はワシの代で終わっても構わなかった」


(おお!強面オヤジは実は子供思いの心優しいオヤジだったのね。なのに何故獣人を嫌って差別するんだ?お前は二重人格か?あん?)


「夏希、お前は頭の中で考えていると思ってるが、全部口に出して話してるぞ。それも全て男爵に丸聞こえだ。受け答えが繋がってるのを不思議に思わなかったのか?」


 ネネが呆れて夏希に話す。


「あれ?そうなの?あちゃー!僕って駄目な子なのね。許すと言って!」


「ふふ、お前は面白いな。ワシはそんな事では怒らんよ」


 ボスギャング顔の男爵は笑っているようだがその顔は凄まじく怖い。そしてその笑い顔の男爵は僅かな時間で終わり、そのあとは強面の寂しげな顔に変わり話の続きをする。


「ワシの大事な1人息子は20年前に旅の途中で殺された。獣人の盗賊集団にな」


 そう言った男爵は何かを思い出すように、少し遠い景色を眺めて始めた。


「あのジイさん話を途中ヤメして遠くを見ているけど突然ボケだのか?」


 そんなアホな事を言うのはスズランだ。夏希は軽く小突いて黙らせる。


「ワシはボケてはおらんぞ。ただ脳裏に息子の姿が浮かんで懐かしく思っていただけだ。本当に親思いのいい息子であった‥‥‥」


 そう言ったデルパンド男爵は人差し指と親指を目頭に当てて何かに耐えているようだ。


「夏希、あれが属に言う『鬼の目にも涙』と言うヤツじゃな。気色悪いな」


 スズランの容赦ない言葉に夏希は項垂れて、その間違いを訂正する。


「あのなぁ、それは無慈悲な人間が偶に慈悲を出して涙するって意味なんだ。あのじいさんは顔はすこぶる怖いけど無慈悲な性格じゃあ無いみたいだぞ。嘘みたいだけどな」


 デルパンド男爵を前にして言いたい放題のスズランと夏希。さっきまで不機嫌だったネネも呆れ顔で2人を見ていた。


「ふははは!本当にお前らはワシを前にして遠慮無しに話をするな。ワシはトバルの街では一番怖れられている存在なんだがな。

 それで話の続きだが、ワシは息子を殺した獣人を憎んでいる。それに尾ひれがついて色々な噂話が一人歩きしているようなのじゃ。だがワシは息子を殺した獣人を憎んでいるが、その他の獣人については何とも思っとらん」


 デルパンド男爵は真剣な顔でネネを見て、そのあとにスズランと夏希を見た。


「夏希、あのジジイ、夏希やワレを睨んだのじゃ。黒雷をブチかましても構わんじゃろ?」


「アホ!あれは息子さんを襲った獣人は憎んでるが、他の獣人は何とも思って無い事に嘘偽りは無いと目で訴えてるの」


「なんじゃ。あの顔でそんなことしても紛らわしいだけなのじゃ」


 スズランのボケッぷりは最高潮である。


「お前らと話していると話が進まんな。少しはワシの事を信じて話を聞いておれ」


 そのデルパンド男爵も少し気疲れしているようだ。太い眉毛が若干垂れ下がっている。


「ワシは確かにトバルの役所のトップだ。だが実務は他の国や街との外交だ。その為に常に街の外へと繰り出していた。街の事は他の人間が取り仕切っている。だからワシは街での出来事については最近まで気が付かなかった。

 まさかワシを使って変な噂をバラまき、獣人差別をしているとは思わなかった。誠に済まないことをした。申し訳ない」


 デルパンド男爵は夏希達に向かって深く頭を下げた。本来貴族と言うものは下位の者に対して間違っていても頭を下げることは無い。


「デルパンド男爵様、そこまでする必要はないかと‥‥‥‥」


 それを見たゴランゾが男爵に助言する。その顔はとても焦っていた。そしてネネはバツが悪そうに話し始めた。


「そのなんだ‥‥‥勘違いして済まなかった。そして息子さんの事だが申し訳ない。わが同族が酷いことをした」


「ふふ、お主は何も悪くないのだ。謝る必要など無い。そこの小さな人族の娘には色々言われたから謝ってもらいたいがな」


 そう言って強面のボスギャング男爵が冗談だとウインクする。


「ぶふっ!そのウインクは可愛くないのじゃ。見ろ、アンナが泣きそうなのじゃ」


 さっきからアンナは夏希の後ろに隠れている。幼女にはあの顔は放送禁止だったようだ。怯えたアンナの頭を撫でながら夏希がにこやかに皆に話す。


「なんか誤解が多い出会いだったな。こんな時は旨い酒を一緒に飲んで全て水に流すのがいいと俺は思うな。どうですか?デルパンド男爵。私達と酒を飲みかわしませんか?」


 その夏希の言葉に男爵もその護衛達も微笑みで答えるのであった。


「ジイさんの微笑みは30点なのじゃ」


「スズラン‥‥‥‥‥」


 その出会いは最悪な始まりだったが、終わりはいい出会いに変わっていた。そしてそれは夏希にとって後々頼もしい仲間となる出会いでもあった。

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