第163話 デルパンド男爵

 獣人村の野菜と小物類を売りにトバルの街に向かった夏希達。その進路に現れたのは故障した豪華な馬車と護衛達。御者のネネは「頑張れよー」と一声掛けて横を通り過ぎたがその護衛達が後を追い掛けてきた。


「ちょ、ちょっと待ってくれー」


 そう言って馬車に辿り着いたのは2人の身なりの良い護衛だ。10人の護衛は4人が身なりが良くお偉いさんの専属だと思われる。あとの6人はギルドで依頼を受けた冒険者だろう。


 馬車に辿り着いた2人を見てネネは「はぁ、仕方ねぇなあ」と呟きながらシルバーの手綱を引いて馬車を止めた。


「それで何の用なんだ?」


 素っ気ない言い方をするネネは不機嫌だ。


「お前!私達はデルパンド男爵様の護衛兵だ。あの馬車にはご本人が乗っていらっしゃる。その馬車が故障しているのだ。手を貸せ!」


 馬車に辿り着いた1人がネネの態度に不満なのか怒ったように話し掛けてくる。そしてそれはネネを更に不機嫌にさせるだけであった。


「はぁ?助けてもらいたいのにその態度などうなんだ?お前は貴族でもないただの私兵だろ?だったらちゃんと頭を下げて頼むのが常識だろ。親に教えてもらわなかったのか?」


(おおー、さずがネネさん。カッコいいね!)


(ぐふふ、これは面白くなりそうなのじゃ。夏希、ツマミとビールを追加じゃ!)


 その馬車の荷台で小声で話す夏希とスズラン。2人はネネと護衛の言い合いをツマミにプチ宴会を始めていた。


 そしてネネに反論された私兵が更にヒートアップして腰の剣に手を添える。


「なにっ!この私にそんな事を言ってタダで済むと思うのか?私はこれでもトバ‥‥」


「ああ、いやこれは済まなかった。コヤツはまだ新米で教育が出来ていないんだ。許してやってくれないか。私はこの護衛を指揮しているゴランゾと申す。それでだが、男爵様が乗る馬車の車輪が片方破損してな、予備の車輪を準備してなかったんだ。そちらに予備の車輪が無いだろうか?もしくは修理出来る人が居れば少し見てもらえないだろうか?」


 馬車に辿り着いたもう1人の男が文句を言っていた男の話を強引に遮り、頭を下げながらネネに話し掛けてきた。


(ちっ!なんで謝るのじゃ!そこは剣を抜いて「死ね!」とか言って斬り掛るところなのじゃ!もう一度やり直せ!リテイクなのじゃ!)


(仕方ない。ラグ、お前暴れてこい!)


(なんでそうなるんだ?それはそうと俺にもビールをもう一本くれよ)


(私もジュースが欲しいの!シュワシュワの)


 御者席と荷台の温度差は激しかった。


 そして温度の高い御者席のネネが目線でプチ宴会をしている夏希を呼び、近付いた夏希の耳元に小さな声で話し掛けてきた。


「おい、お前のネットスキルで馬車の車輪を購入する事が出来るか?」


 そう聞かれた夏希は素早くネットスキルを確認する。そしてクラシック馬車を販売する業者を見つけ、そこに保守部品がありその中に車輪がある事が判った。それも車軸の大きさに合わせて固定部分が調節出来るタイプであった。

 車輪1つの価格は天然ゴムが巻かれたタイプが6万円で、ゴムタイヤではなく木製のタイプが2万5千円だ。


「ネネさん、ありました。価格は車輪1つが金貨2枚と銀貨5枚です」


「よし判った。荒稼ぎするぞ」


 そう言って悪役のような笑みを見せるネネ。それを見た夏希は2人の護衛を哀れと思う。


「あいにく修理出来る者は居ない。だが喜べ、予備の車輪が1つだけある。それも特別製のヤツだ。男爵様の馬車に相応しいヤツがな」


 その言葉を聞いたゴランゾは喜んだ。


「おお、それは助かった。街まではまだ遠いから困っておったのだ。馬は二頭居るのだが、男爵様は馬車で戻ると言われてな‥‥」


 どうも男爵はワガママで状況把握の出来ない性格のようである。


「ふはは、アイツはそんなヤツだ。お前らもワガママな上司を持って大変だなぁ」


 その言葉に顔を真っ赤にしてネネに飛び掛かろうとする兵士とそれを抑えるゴランゾ。


(おいラグ、ネネさんは男爵の事を知ってるのか?それと何か嫌ってるみたいだけど?)


(ああ、男爵はトバルの役所のトップだ。そして獣人が差別されているのはアイツが獣人嫌いで周りの部下に指示しているからだ)


(そうか。チェンリ院長の孤児院が厳しい状況になっていたのはその男爵のせいなのか)


 夏希の心に黒い影がゆっくりと渦巻いていく。この間まではだいぶ消え掛っていた影が。


(夏希、お前の思うことは判る。だが心を闇に傾けるな。ワレでも抑えきれなくなる)


 夏希の左手から暖かな感情が流れ込んでくる。それは優しい目をしたスズランが両手で包み込むように握っていたからだった。

 そして背中からも暖かな感情が流れ込んでいた。それはアンナが小さな体を使って後ろから抱き締めていたからだった。アンナは夏希が闇に飲み込まれかけた事を知らない。だが夏希を想う心がそうしろと訴えたのだろう。


「スズラン、アンナちゃん。ありがとう」


 夏希の心から黒い影が消えていく。夏希に纏う影は獣人村に戻って落ち着きを見せていたが、まだ消えてはいなかったようだ。あの天使との戦いの傷はとても深い。


 それからネネはシルバーを操り馬車を男爵が乗る馬車の元に近付ける。そして夏希にネットスキルで車輪を1つ購入させて荷台の脇に立て掛けた。


「さあ、これが特別製の車輪だ。その馬車にも簡単に取り付け出来るようになっている。そしてこの車輪の値段だが男爵様が乗る馬車だ。敬意を称してお安くしておこう。そうだなぁ、金貨100枚と言いたいところだが半分の金貨50枚で手を打つことにしよう」


 そう言ったネネはニヤリと笑っていた。


(なぁラグ、車輪ってそんなに高いのか?)


(いや、普通の馬車なら金貨2枚くらいだ。あの豪華な馬車の車輪なら金貨5枚くらいじゃないか?まぁ、ぼったくりだな)


(おお!さすがネネじゃ。それだけあれば酒がたんまりと買えるのじゃ)


 そのネネの言葉に唖然とするゴランゾ。そして沸点の低い私兵の男が再び真っ赤な顔をして、今にも飛び出そうとしていた。


「おい、車輪1つが金貨50枚だと?ゴランゾ、そんなバカな事を言っているアヤツらは何者だ?ワシの事を知らんのか?」


 そう言いながら召し使いが開けた馬車の扉から出てきたのは、栄養過多でデップリとした白髪頭の老人であった。


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