第162話 さあトバルに向けて出発だ
翌朝サフィニアの店先にて。
「おいおい、これ全部売っちゃうの?自分達の食べる分ちゃんと残してる?」
そう言って呆れた顔をする夏希の前には瑞々しい野菜達が幾つも山になっていた。
「がははは、俺達にはあの酒が必要なんだ。あののど越しが最高のビールにカァッと喉が焼ける程の強さのウイスキー。この間の宴からずっと飲んでないんだ。もう生ぬるいエールや弱い度数の地酒じゃ物足りない体になっちまったんだよ。どうしてくれんだ!ん?」
「「「そうだ、そうだ!」」」
そう言って騒ぐのはとんがり帽子を被った胡散臭いオッサン7人組だ。演奏会の練習初日に着させた服を今もよく着ているのを村の畑で見掛ける。それも着替えが必要だともう1着頼んでくる始末だ。(売ってあげたけどね)
(お前ら獣ミミあるようだけどドワーフじゃないのか?何気に体格が似てるし)
まあ、その他の村人や奥様方も欲しがってるみたいだから大丈夫か。夏希はネネとランカがチェックして預り証を渡した分から次々とアイテムボックスに詰め込んで行く。
そして村の子供達も自分で編んだ手提げ籠や草履、木彫りの置物などを売ってきてと手渡してくる。中にはそこら辺の花を千切って束ねただけの花束や川原で拾ったのか丸くなった石を渡してくる子供達も居た。(これ売れないよ。たぶん)
「「なつちおにーたん、これー!」」
「「これー!おいちーの!」」
とっても舌足らずな口調で話す集団は、ルルを先頭とした幼女五人組だ。その幼女達が手に持つモノはイビツな丸の団子。それも泥団子だ。幼女達の少し離れた場所がベチャベチャに濡れていて泥を弄くった跡が残っていた。
(えーと‥‥どうすればいいのかな?それとルル以外の四人は普通に喋ってたよね?」
夏希が少しだけ疑いの目をして五人組を見ていると、幼女達は少し離れて円陣を組んだ。そして何やら話し合い、再び夏希の前に横並びで整列した。
「「これおいちーよ?うれないの?」」
横並びした幼女五人が揃って小首を傾げて目を潤ませる。
(ぐぬぬ、コヤツらなかなかアザといな‥‥)
「ははは、売れるに決まってるよ。この夏希お兄ちゃんに任せとけ!」
夏希が幼女に屈した瞬間であった。
そしてそれを見たカイル達が急いで泥団子製造場所に向かって走って行くが、夏希に見向きもされなかったのであった。
それからも各家庭で要らなくなった家具や置物なども持ち出してくるなど、夏希のアイテムボックスの中は凄いことになっていた。(奥様連中もしたたかな性格してるな)
そしてその作業が終わったのは昼前だ。実に4時間以上費やしたことになる。夏希はもう疲れ果てていたがこれから出発だ。ネネがシルバーを操って馬車を持ってくる。その荷台にはラグ、アンナが乗っていた。
「さあ、出発するぞ。夏希とスズランも早く乗れ。昼飯は馬車で食べればいい」
「判ったのじゃ!」
側で見ていただけのスズランは元気ハツラツだ。走って馬車に向かい飛び乗った。そしてその後をノロノロと歩き倒れ込むように乗る夏希は疲れた顔で、服も幼女達に触られて泥だらけだった。(もう眠りたい‥‥)
「ネネ、ワレと夏希も乗ったぞ。ほれ、出発するのじゃ!」
「よし!それじゃあ出発するぞ。村のみんな、1週間で戻る予定だ。それまであとは頼んだぞ。夏祭りの事もある。夏希が居ない間は真冬が責任者だ。ちゃんと言うことを聞けよ」
獣人村の姉御ネネからの言葉に村人達は深く頷くのであった。そしてその責任者は何故か木の上からその様子を眺めていた。あれからずっととても細ーい目をしたままで‥‥‥
そしてネネ一行は村人総出で見送られトバルの街へと向かう。その荷台では朝早くから作ってくれたのであろうサーラのお手製弁当を広げていた。夏希は弁当を広げながら素早くチェックする。(アンナお手製は入ってないよね?)
そして全てサーラお手製だと判った夏希は安堵して皆に弁当を進めた。
「ほら、サーラさんが作ってくれた美味しそうな弁当だ。みんなで食べよう」
その弁当は食べやすくを重視したサンドイッチとおにぎりで、オカズは唐揚げと玉子焼き、あとは村の野菜スティックだ。何種類かあるディップがとても旨そうだ。
「ネネさん、何を食べますか?」
御者をしているネネに夏希が問い掛ける。
「ああ、キンキンに冷えたビールを出してくれ。作業で汗をかいたから喉が乾いた」
「はあ、でも運転中ですよ?」
夏希はそう言うが「大丈夫だ!」と強く要求されて缶ビールを取り出した。横で物欲しそうに見ているスズランとラグの分も含めて。
「くはー!やっぱビールは最高だな!スズランは毎日飲んでるんだろ?羨ましいな」
開けた缶ビールを一息で飲みきったネネが次の缶ビールに手を出しながらスズランに話し掛ける。そしてそのスズランも一息で飲み干しネネに答えた。
「いいじゃろ?旨い酒に美味しいツマミ。そして面白い夏希の物語。毎日が楽しいのじゃ。ネネも偶になら晩酌に来ればいいのじゃ」
(スズラン!余計なこと言うなよ!)
「おお!誘ってくれるのか!それなら遠慮するのは駄目だな。今度手土産持ってお邪魔させてもらおう」
誘われたネネは上機嫌な顔だ。そして夏希は死にそうな顔だ。
そんなこんなで賑やかな昼食も終わり、のんびりと馬車の旅を楽しむ夏希達。そしてその前方に何かが見えてきた。
それは片方の車輪が破損していると思われる豪華な馬車であった。その前後には合計10名ほどの護衛と召し使いのような服装をした男女3名が見える。その内の数名が馬車の車輪を取り外す作業をしていた。
(んー、あれはお偉いさんが乗ってる馬車なのか?そんなイベントは序盤に起こるもんだ。定番好きの俺でも面倒臭いなぁ)
そう思いながらもネネの操る馬車は進んでいく。そして豪華な馬車の横まで来た。
「頑張れよー」
そしてネネは見向きもせずに声を掛け、その馬車を素通りしていくのであった。
(おおー!ネネさんスゲーな。お偉いさんや強面の護衛を完全無視だぜ!)
そしてネネ以外の夏希達も気にする素振りを見せないように世間話で盛り上がる。それを見た豪華な馬車の連中は唖然としていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれー!」
既に通り過ぎて5メートルほど離れた時に馬車の後ろから大きな声が聞こえてきた。
(あー、やっぱり無理だったか)
それでも無視して馬車を進めるネネの元に護衛数名が走り寄ってくるのであった。
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