第154話 夏希の店 みんなの店

 夏希屋オープンに向けて準備を始めてから10日ほど経ったある日のこと。


 夏希達は定期的に狩りを行い、チャージ金額の確保に勤めていた。今日も朝から森の奥に入って魔物を倒し、ホクホク顔で我が家に戻るのであった。時間は夕方に近い。


「ランカさん、ただいま帰りました」


「あら、お帰りなさい」


「おさわりなさーい」


 店舗の棚の商品を整理しているランカ。そして少し座が高い椅子に座って店番をしているルルが出迎えてくれた。


(ルルちゃん、その言葉は危険だからね)


 夏希は店舗の前で立ち止まり上を見る。そこには分厚く綺麗な木目をした大きな木板に屋号が描いてある。その屋号の文字は、手のひらサイズで不揃いの木片がカラフルに色付けされ、張り付けられたもの。獣人村の子供達全員で作ったものであった。


      『サフィニア』


 これが新しい屋号。サフィニアは夏を中心にして咲く花の名前。ペチュニアを品種改良したもの。ペニチュアの花言葉が『心の安らぎ』でサフィニアは『咲きたての笑顔』だ。


 夏希はこの屋号を見て思う。


(やっと長い名前から解放されたのだ)


 新しいお店『サフィニア』は幹部会との話し合いや村人達との意見交換も無事に終わり、4日前にオープンしていたのである。


 夏希達は生活魔法のクリーンを掛けてから店内に入る。そこには4人用の丸テーブルが2つ置いてあり、奥側のテーブルに2人が座ってお茶を飲んでいた。


「おお~、夏希ではないか。まあ、ここに座ってゆっくりすればいいじょ」


「あらあら、おじいさん。ここは夏希ちゃんのお店ですよ。ボケちゃったのかしら?」


「そうじゃったな。これは参ったじょ」


「「ほほほほほ」」


 この漫才夫婦は幹部会の重鎮。タヌキ族のマイケル爺さんとキツネ族のエリー婆さんだ。2人共に少し腰が曲がって子供のように背が低く、しわくちゃな顔はいつもニコニコしている。(名前と見た目のギャップが凄いのだ)


 スズランと真冬は2人が座るテーブルの椅子に座り、夏希は隣のテーブルから椅子を持って来て座る。


「マイケル爺さん、いつも饅頭食べてるけど喉に詰まらせるなよ。こっちの煎餅を食べた方がいいんじゃないか?」


 お年寄りが餅を食べて喉を詰まらせる話はよく聞く話だ。夏希は心配していた。


「ワシはこの真っ白でモチモチしたのが好きなのじょ。まるでスズランちゃんの太ももみたいだじょ。どれ、同じかどうか触って確かめる必要があるのだじょ」


「ドスッ」


 エリーが手に持つ杖でマイケルの額を突き刺し、鋭い眼光で睨んでいた。


「じょ、冗談だじょ‥‥」


(このスケベ爺は毎回エリー婆さんに額を突かれてるのに懲りないのだ)


 スズランはもう慣れたもので、笑いながら少しだけスカートの裾を上げて挑発していた。(お前が挑発するから余計に質が悪い)


「夏希ちゃん、ここはいい場所ね。たくさんの子供達が笑顔で集まってくるの。私達はそれを見ているだけで元気になるわ」


 エリーは感謝の目で夏希達を見ていた。そのエリーの顔はとても優しく綺麗であった。


「年頃の娘達もたくさん来るじょ」


「ドスッ」


 そのエリーの顔は般若のようだった。


 この2人、オープンから毎日夕方に来てはこのテーブルに座ってお茶を飲み、一時間ほどで帰って行く。散歩コースに組み込まれたようだ。(元気になるのはいい事だ)


 そして常連は他にも居る。


「夏希お兄さん、お帰りなさい。今日も素敵な写真を撮ってくださいな」


「「私達もー!」」


 店に現れたのは3人組の女の子達。うさぎミミのジュリアン10才、猫ミミのカルネ9才、犬ミミのカナリア9才だ。

 この3人はお洒落好きと村でも有名なのだ。オープン初日に会員証を作って渡すと、自分が映っている姿を見て歓喜し、毎日違うお洒落な服を着て写真撮影をお願いしに来るのだ。


 仕方なく写真1枚を銅貨1枚に設定して販売する事にした夏希。この3人は毎日家の手伝いをして、親から銅貨1枚分にあたる銅色で数字が10の『サフィカード』をもらい握り締め、写真撮影をするのだ。(しっかりと手伝いして1枚だけお願いするのが好ましいな)


 そして夏希は声を掛ける。


「コンテ、お客さんだ。頼むぞ」


「はい、任されましたー!!」


 ここで登場するのがルルの兄ことコンテ。


 女の子大好きの6才児は「我が天職ここにあり!」と叫び、僅か1時間でスマホ、パソコン、プリンタ、ラミネーターの操作方法をマスターした。(その情熱は凄いな)


 この3人のように、写真撮影を依頼する人が増えている。愛しい家族や子供の姿を残せるのが嬉しいのだろう。カード入れのバインダーも商品にしたら大当たりだった。


 ただ、問題も見え始めた。当初懸念していた貨幣不足だ。


 村人達も夏希達も現金をあまり持っていない。その村中の現金が夏希の元に集まり始めている。だから今も子供達に渡すサフィカード分だけ現金で、それ以外は野菜での交換が中心になっている。夏希が村人から野菜を現金で買えばいいのだが、現状でも山ほどあるので違う方法が必要だ。


(そうそう、子供達が使うお金の代わりをするカードを『サフィカード』と名付けたよ。屋号サフィニアのサフィだね)


 そしてこのサフィカード。新たなブームを巻き起こしそうなのだ。


 それは、デフォルメした動物が可愛いポーズをしているサフィカードが女の子の間で人気急上昇中なのだ。


 夏希が調子にのって色々な動物やポーズのカードを溢れるほど作ったのが駄目だった。


 女の子達は、家の手伝いや近所の草刈り、お年寄りのお買い物代行などでサフィカードをもらい、お菓子を買わずにカード入れのバインダーに集めては、友達同士で「これ可愛い」などと言いながら盛り上がっている。


 女の子達が持つバインダーは預金通帳と言ってもいいものになっていた。


(これは喜んでいい事なのか?まあ、大人達は、手伝いを良くするようになったと好印象だからいいのかな。あと、サフィカードにN、R、SR、LRとかにランク分けしてキラカードも作ったらどうなるんだろうな?)


 恐ろしいことを考える夏希であった。

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