第44話 夏希の苦悩

 昨日まで幸せの中を漂っていた夏希。


 親しくなった人達の変わり果てた姿を見て夏希の心は溶けない氷で覆われてしまった。


 この原因を作った物達は、夏希の万にも及ぶ魔法の刃によって原型を留めてはいなかった。また、その刃が降り注いだ場所は巨大な隕石が落ちた後なのではと思える程、深く大きな穴が開いていた。

 夏希は血の水溜まりに伏せるまだ幼い少女を抱き寄せた。


 その幼い少女の髪には昨日夏希があげたリボンが結ばれている。だが昨日見せていた笑顔は無い。青白くなった顔は目を閉じて眠っているようだ。


 何故こんなことが起こるのか。何故助ける事が出来なかったのか。一緒に馬車に乗っていれば助けられたのではと夏希は苦悩する。


「アンリちゃんごめんな…助けられなかった。お父さんもお母さんも…他のみんなも…」


 夏希はその小さな体を強く抱き締めた。


「まるで寝てるだけみたいだよな。温かいし…」


 夏希の時間は少しの間止まる。ん?死んでも温かいか?


 夏希は焦りながらアリンちゃんの胸の鼓動を確認するが自身の心臓の音が激しい為、確認に手間取っている。


「鼓動はしてない。だがまだ間に合うのか?!」


 夏希はアイテムボックスから、ありったけのポーションを取り出し震える手で振りかけた。


「アンリちゃんごめん!少しだけ離れる!」


 動きもなく返事をしない少女を優しく地面に寝かせ、残りのポーションを持って走る。


みんなごめんな!」


 死んでいると勝手に思い込み、生死の確認をしていない事に今さら気が付いた夏希は急いでポーションを掛けて回った。だが、生死の確認は後回しにする。


「悪いがアンリちゃんを優先する!もう少しだけ頑張ってくれ!」


 返事は何処からも聞こえて来ない。無理なのか…


 ポーションを掛け終わった夏希はアンリちゃんの様子を確認する。


 呼吸も胸の鼓動もない。だが体は温かい…


 判らない…どうなんだ!!夏希は蘇生の知識が少ない事に歯噛はがみする。


 時間を掛ければそれだけ助かる可能性は低くなる。


「くそっ、カルレス!お前上から見てるだろ!何とかしてくれ。私に出来る事は何でもする。命でも何でも持って行け!だから助けてくれ……頼む!!」


 夏希は空に向かって泣きながら叫ぶ。(頼む…もうあんたしかいないんだ)


 不意に静寂な世界に切り替わった。


「はぁ、なんなのよ。まぁ大体判るけど」


 目の前には天使カルレスが浮かんでいる。


みんなを助けてくれ。頼む!」


「夏希、少し落ち着きなさい。今、この場所は隔離して時間は止まってるわ」


 夏希は時間の有余ができた事に安堵した。


 まだ細い糸だが望みの糸は繋がったぞ! 

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