第31話 知性の信奉者


 ――転生六十四日目、午後五時、ライトダンジョン第一【ベイルロンド】層、妖精の宿屋【われらのっ!】、屋上。



 屋上へ足を運べば、そこに居るのは三人の小柄な妖精達。

 丸くて白い身体を屋上の縁で寄せあって、二層の出入り口を眺めていた。


「何だかすごい事に、なっちゃったのだー」


「われらは、どうするのっ?」


「ますたーが来るまで、おやすみなのだっ……! ますたーが来たら、起こしてねっ……zzz」


 非常事態だというのにまるで緊張を感じない、あどけない声色の三妖精。

 不老不死ならではの余裕だろうか。


 ――屋上を見渡せば、そこにあるのは巨大な魔法陣。


(ちゃんと準備してくれた見たいだな。ありがたい)


 この魔法陣こそが、妖精達と共に作り上げた知性の結晶。


 不測の事態に備えて隅々すみずみまで魔法陣を見て回る。

 大規模な上、かなり精密な魔法になる。

 なので発動前の点検は欠かせない。


(細部のルーン文字にミスは無し……魔導線の配列も問題無し……紋章の配置と組み合わせにもズレは無い)


 ここ最近、妖精達と研究してきて理解した事がある。

 それは、妖精の操る無属性の魔法は魔法では無い・・・・・・という事。


(……やっぱり、無属性の魔法からは欠片も魔力を感じない)


 魔法なら必ず魔力を持ち、それを動力として発現する。

 しかし無属性の魔法は魔力を動力としていない。

 なら何を動力としているのか……?


 ――その答えは一つ、電力・・である。


 つまり妖精の持つ無属性の魔法とは、高度に発達した科学・・なのだ。


(魔法にしか思えない程の科学技術……改めて見ても、凄まじいな……)


 一体どうやってこれだけ科学技術を発達させたのかは分からない。

 妖精達に尋ねて見ても、要領を得ない答えしか得られなかった。


(妖精達が自分達の手でここまで発達させたのか……それとも……)


 その答えは恐らくダンジョンの中にあるのだろう。

 妖精達がダンジョンの中で発見された生き物であるというのなら。

 ダンジョンの内部にその秘密を解き明かす鍵がある。


(その為には魔族が障害になる訳か)


 現状では人類が侵入できる階層は第五層まで。

 それ以上深く階層を潜るには、魔族と言う人類の宿敵を討たねば成らない。

 話し合いが通じない以上、魔族と人類は戦い合う運命なのだろう。


 ――等と世界の秘密について考察していると、背後の気配を察知して振り向いた妖精達が、ボクの存在にようやく気が付いた。


「ますたーなのだー!」


「ますたーが、来たのっ? われらさん、起きてねっ」


「後は、われらに、任せたのだっ……zzz」


「おばかさんっ。起きてねー」


 共に時間を過ごす内に、なぜかマスターという愛称で呼ばれるようになった。

 特に理由は無いらしく『ますたーは、ますたーなのでっ!』という事らしい。

 よく分からないが、小動物に好かれて悪い気はしないので受け入れている。


 ――ホテルマン姿の妖精さんが、ボクの元まで駆け寄って来た。


「ますたーは、避難しなくて、よいのっ?」


「そうだね。ボクは避難しないよ。モンスターをやっつける必要があるからね」


「モンスターを、やっつけるのっ……?」


 そこまで言って、妖精さんの頭上に閃きのシンボルが出現した。

 どうやら此方こちらの考えを察した様子。

 そしてキリッと表情を引き締めて、妖精さんはボクを見た。


研究けんきゅー成果せーかを、見せるのだっ……!」


 妖精の持つ科学技術と、ボクの魔法を組み合わせた集大成。

 この魔法陣こそが、押し寄せるモンスターの大群を薙ぎ払う切り札となる。


(実戦での使用は初めてだけど、実験には成功している。上手く行くはずだ……いや、何があろうと必ず成功させる。これより先、決してミスは許されない)


 失敗すればその先に待つのは地獄絵図。

 しかし成功すれば晴れてボクは英雄になれる。

 否応無く心を蝕み出したストレスを抑え込み、先を見据える。


 ――後ろでじゃれ合っていたメイド姿の妖精さん達が、ボクの元まで駆け寄って来た。


「これで、やっつけるのっ?」


「われらも、戦うのだぁ……!」


「ありがとう。でも危ないから離れててね?」


 妖精さん達を魔法陣の外まで送り届ける。

 不老不死であり、自己防衛能力が異常に高い妖精ならば怪我をする心配は無い。

 しかし万が一の事を考えて、妖精達は安全な場所に避難させて置こう。


 そして懐から通信用の魔道具を取り出して、グレイ・フィルターと交信する。


「此方の準備は整いました。いつでもどうぞ」


 通信機から返ってくるのは、ノイズ混じりの彼の声。


『分かりました。……では、計画を第二段階へ移行します。幸運を』


 通信が切れてから数瞬、崩落した岩の下から再びとどろく破砕音。

 それは彼等が仕掛けたトラップの音。

 崩落した瓦礫がれきを下に落とし、モンスターの通り道を作る為。


 ――魔法陣の中央にたたずみ、両腕を伸ばして、両手の指から魔導線へと光を伸ばす。


(魔法陣へ魔力を供給……そして熱エネルギーを利用した電力の供給。それを同時に行う事で、この魔法陣は起動する……)


 燦然さんぜんと発光する魔導線。

 光は次第に浮き上がり、ルーンと紋章を上空に描き出す。

 立体的に展開する魔法の模様は、繋がり合って一つの形をつむぎ出す。


「ますたー! 起動きどーが、完了かんりょーしたのだっ。詠唱えいしょーに、移ってねっ!」


「闇のほのーが、癒しの力を、解き放つのだっ……!」


「われらは詠唱えいしょーしなくて、よいのだっ」


 ほのぼのコントしている妖精達から送られる状況報告。

 それに合わせて、次の段階へ移行する。


 ――己の口から紡がれるのは、人類の可能性を示す言葉の羅列。


「【歩みを止めれば知性が鈍る】」


 妖精にとって詠唱とは、システムを起動させる暗証ワードのようなもの。

 人類にとって詠唱とは、感情を蜂起させて魔力を上げる強化補助のようなもの。


「【知性が鈍れば、光の先は闇のまま】」


 空中に描かれた模様が変化する。

 それは巨大なレール砲を模すように、光の紋章は形を変える。


「【知性こそが人類の持つ唯一無二の武器ならば】」


 熱に当てられ蒸気が舞い散り、光の砲塔は魔力を貯める。


「【人智を求めよ。知性に捧げよ】」


 電力により放電する砲塔は、その先に光と熱を収束させる。


「【文明の明日あすに火をともし、人類の希望に光を灯せ】」


 周囲に浸透するのは、恐怖と好奇をあおる帯電音。

 照準の先に映るのは、氾濫はんらんするモンスターの群れ。

 通り道からあふれ出る、獣のようなモンスターの大軍隊。

 それは騎士団の攻撃を掻い潜り、街へ向けて雪崩のように押し寄せる。


「チャージ完了なのだっ!」


「異常ないのだっ!」


「撃ってねっ!」


 最終確認を終えた妖精達からの最終報告。


 熱線の放出を止め、両腕を掲げるように光の球体を仰ぎ見る。

 そこにあるのは科学と魔法、二つの杯に注ぎ込んだ知恵の結晶。

 妖精達を信じ、集めた光をモンスターに向けて解き放つ……




「――【プロメテウス】――」




 直進する巨大な光の軌跡。

 それはモンスターの先頭に着弾し、熱で全てを包み込む。


 ――通り道をなぞるように、光の軌跡はモンスターの大群を薙ぎ払った。


 その痕跡は凄まじく、後には塵一つ残らない。

 あるのは溶けて泡立つ大地のみ。


(想像以上だ……ここまでの威力に達する何て……!)


 期待値を大きく上回る成果に若干、心が躍る。


「成し遂げたのだっ……!」


「われらの、勝利しょーりなのでっ……!」


「ほっとしたのだっ」


 光の砲撃を受けたモンスターの大群は、その数を大きく減らして左右に分断。

 散り散りになったモンスターの残党は混乱に陥り、大群としての利点を失った。

 ここからは冒険者達の役割だ。応援に駆け付けた体で残党を殲滅せんめつし、幕を引く。


(数が多くとも混乱させてしまえば、後は冒険者達の力でどうにでもなるはず。無事に終われそうだな……)


 ――視線の先には集結した冒険者集団の先頭に立ち、馬上から指揮をるグレイ・フィルターと、アナザーゲストのメンバーの姿が映った。


(流石にあの中にビヴァリーさんの姿は無いか)


 まだ学生の身分では、戦場に立つ事を許されなかったのだろう。

 悔しい思いをしているだろうが、こればかりは仕方が無い。


 左右に分かれ、未だ混乱に陥るモンスターの残党に向け突撃する冒険者集団を見送りながら、勝鬨かちどきの雄叫びが上がるのを待ち侘びるのだった――

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