第32話 you raise me up
――転生六十四日目、午後六時、ラ
勇敢な
勢いに乗り撃破を重ねる戦士達に、成す術の無い魔物達。
例え下級の魔法しか使えずとも、状況さえ有利に傾けば勝利は
(呼び寄せたモンスターはこれで終わり……成功だな)
優秀な指揮官の元、瞬く間にモンスターは
冒険者側に目立った被害は見られない。想定通り、上手くやってくれたようだ。
その功労者であるグレイ・フィルターが、
(彼には感謝しかない。良くやってくれた)
――協力してくれた彼等を称えようと、両手を重ね合わせた時、それは現れた。
不吉な地鳴り。
彼等に近付く震源地。
出入口へ、誰もが視線を向けた時。
――
騎士団との激戦を思わせる、傷だらけの巨大なゴーレム。
ゴーレムに体当たりされた瓦礫の山は、流星のように降り注ぐ。
それは冒険者達の頭上に落ち、瞬く間に彼等は統率を失い逃げ惑う。
「退避ぃぃぃいいい!! 退避ぃぃぃいいい!!」
「な、何で……うぐっ!!」
「話と違うぞッ!? 二層の
ここまで届く悲鳴の連鎖に、不意を打たれて
すぐさまグレイ・フィルターと交信を試みる。
「応答して下さい! あれも呼び込んだんですか!?」
『まさか……!! そんなはず無いだろう!! あれは予定に無いッ!!』
彼は交信しながら、統率を失った集団を必死に
彼の部下とのやり取りが通信器から漏れ聞こえる。
『一時退却だッ!! 全員を最終防衛ラインまで下がらせろッッ!!』
『ボス相手何て想定していませんよ!? 持ち
『そんなもの分かっている! だがアレを止めなければ、我々は終わりだッ!!』
グレイ・フィルターの言う通りだ。
あの巨大なゴーレムを仕留め無ければ全てを失う。
ならもう一度、やるしかない。
(簡単な話だ。もう一度、【プロメテウス】を撃ち込めば良い。アレを倒すには十分な威力が――)
――そう考えてもう一度、魔法陣に手をかざした時……突然、鼓動が乱れた。
「うッ……!? ぐっ……」
突然襲い来る全身の痛みと、意識の乱れ。
耐え切れず身体を抑えて短く
いきなりの事に、妖精達が心配そうに駆け寄って来た。
「ますたっ! どうしたのっ?」
「お体が、痛むのっ……?」
「お体さん、ご機嫌なおしてねっ……!」
妖精達が、無属性の魔法でボクの身体をスキャンする。
その内の一人が、ボクの膝元に心配そうに身を寄せた。
(ここに来て健康状態に異常……?)
左手首に巻いた時計を見ながら、右手で
(どちらも異常無し。そして今まで健康状態に異常は見られなかった。という事は……)
加えて妖精達から、バイタルの計測結果が
「ますたーのお体さん、異常ないのだっ」
「でもますたー痛がってるのだっ……」
膝元に身を寄せていた妖精さんから、不穏な報告が上がって来る。
「……? なんかねっ、ますたーの魂さん、不思議なのだっ」
不思議という言葉に疑問が浮かぶ。
他二人の妖精さんも、頭上に『?』のマークを浮かべていた。
「ますたーの魂さん、二つあるのだっ。それでねっ、一つだけとってもとっても、弱ってるのだっ」
――その言葉に、ボクの脳裏を過ぎったのはキャロルの姿。
全身の痛みが身体を伝うように、嫌な汗と思いも身体を伝う。
弱っているのがキャロルの魂だとするのなら……
(それだけは受け入れられない。例え、ここから逃げ出す事になったとしても、彼女の魂だけは守らないと……)
「弱っている魂は、表層と深層、どっちの方か分かるかな……?」
魂が意識と繋がっているのなら、恐らく表層に出ている魂がボクだろう。
深層の魂が弱っていない事に
そして深く探っていた様子の妖精さんが、答えをくれた。
「
――その答えで確信する。
(間違いなく弱っているのはボクの方だ。……良かった)
思った通り、一つの器に二つの魂は入らない。
だから形が合わないボクの魂が消耗し、拒絶反応が出ているのだろう。
加えて、妖精達の会話から意外な事実が判明した。
「ますたーが、弱ってる原因は、それなのっ?」
「それだけじゃ、なのだっ。魔力をいっぱい
「魔力の
「うむっ。たぶん、もう耐えられないのだっ……」
それでふと思い当たる。
ボクが初めてキャロルと夢の中で対面した日。
あの日の前日、ボクは決闘で魔力をかなり消耗していた。
(だから、夢の中でキャロルに会えたのか)
魔力を消費すればする程、ボクの魂が削れてキャロルの魂が表層に上がって来る。
それがキャロルを目覚めさせる方法だったのだろう。
(分かって見ればあっけないな)
不思議な感覚が心を伝う。
そこに不快など無く、むしろ心地の良い不思議な感覚……
これが愛情と言うものなのだろうか。
だとしたら、少しだけ生き延びた意味はあった。
(キャロルを取り戻す方法、ようやく見つかったな……)
己の死が彼女を救う道になる。
でもボクにはこれが不幸だとは思えない。
――なぜなら、この魂は既に死んでいるはずの魂なのだから。
(死者として……生者の為に、出来る事はしないとな)
答えをくれた妖精さんの頭を優しく撫でる。
心地良さそうに、そして少し不思議そうにしている素朴な姿。
妖精達に感謝を告げて、最後の願いを託してお別れを。
「ありがとう。お陰で迷いは晴れたよ」
「……よいのっ?」
「ああ。もう覚悟はできてる。……最後にボクのお願いを聞いてくれないかな?」
「ますたーとお別れするのは、やなのだっ……」
悲しそうに涙を浮かべる妖精達に
「
いつか
これまでの事、そしてこれからの事を書き記した彼女へ贈る日記帳。
そこにあるのは彼女が今後どうすべきかの道しるべ。
彼女が再び、絶望に飲まれてしまわないように。
迷った時に、前を向いて歩けるように。
「悲しくて、切ないのだっ……」
「きっと、目覚めたキャロルもそう思ってる。だから、君たちが彼女の傍にいて欲しいんだ。妖精さん達がいてくれれば、キャロルはもう一度やり直せるはずだから」
心残りは沢山ある。
ルーサー卿とレイナさんの事。
ボクと
そしてレオナルド卿とオリバー卿の事。
……何より、親愛なるローズマリーの想いを裏切ってしまう事。
(人生は理不尽の連続だ。いつだって突然に途切れ、失ってしまう)
人独りの事情など、世界の都合の前には
現実と言う名のランダムの塊は、意図も容易く心を引き裂く。
――しかしそれでも、繋いだものが形を変えて、いずれ想いを
(不正の代償……因果応報か。悪役の末路としては丁度良いな)
例え生まれ変わろうと、魂に刻まれた本質は変わらないらしい。
せめて最後は悪役らしく、華々しく散って見せよう。
――再び魔法陣の中央に
幸いゴーレムの歩みは遅い。まだ街まで距離がある。
後方から追撃してきた騎士団の援護攻撃もあり、冒険者達も善戦している。
せめてもの罪滅ぼしに、これ以上被害が広がる前にケリをつけよう。
焦る気持ちを抑えるように、首元の第一ボタンを外してネクタイを緩めた。
――両手から伸びる熱線に、再び魔法陣が光を帯びる。
「【歩みを止めれば知性が鈍る】」
悲鳴を上げる魂を差し置いて、執念の
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