第27話 悪役令嬢ストラテジー


 ――午後三時、ライトダンジョン第一【ベイルロンド】層、冒険者ギルド。



 人目を避けて目的地に辿り着く。

 幸い追手に見つかる事無くここまで来られた。

 扉を開けてベルが響けば、音に釣られて視線が集まる。


(可もなく不可もなく。至って普通の酒場って感じのロビーだな……)


 アナザーゲストが活動拠点とする冒険者ギルド。

 実際にはアナザーゲストの頭目が、ここの経営者でもあるという。

 恐らく人材の斡旋あっせんや、飲食で活動資金を稼いでいるのだろう。


 ――不審な者を見るような、怪訝けげんな顔つきをした冒険者達の間を悠然とした足取りで通り過ぎる。


 カウンターで受付嬢と対面すれば、彼女もまた不審そうに問いかけて来た。


「……どうされました?」


此方こちらに"グレイ・フィルター"さんがいらっしゃると聞きまして」


「当ギルドのギルドマスターにご用件でしょうか?」


「ええ。アナザーゲスト・・・・・・のグレイ・フィルターさんにお話があります」


 ――瞬間、空気が変わり、周辺から騒音が消えた。


 静寂と緊張感が支配する空間で、ボクに贈られるのは警戒の眼差まなざし。

 強張こわばる顔を貼り付けて、受付嬢がボクに問う。


「申し訳ありませんが、貴女あなたのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 静けさが蔓延はびこる空間に響く声。

 名前を名乗ればそれも終わりを迎えるだろう。



「キャロル・L・ヴィター。レオナルド・L・ヴィターの娘です」



 ――驚きに、唖然とした受付嬢の瞳が見開く。


 静けさから一転、ロビーはどよめき騒音であふれ返った。

 この街に住んで居ればこの名を知らないはずが無いだろう。

 彼等がアナザーゲストと関りが深い間柄なら尚の事。


 慌てて、受付嬢がカウンター下にあるファイルを取り出して開く。


 どうやらそこには主要人物のプロファイルがあるらしく、キャロルのプロフィールも有った模様。プロフィールにある写し絵と、目前に居るボクの姿を交互に何度も確認していた。


「ど、どうして侯爵様のご息女様がこちらに……!?」


「申し訳ありませんが、それをグレイ・フィルターさん以外にお話しするつもりはありません。お目通り願えますか?」


「しょ、少々お待ちください……」


 困惑した様子の受付嬢が、足早にカウンターを後にする。

 面会が叶えば次に待つのは交渉だ。

 それがこの先、運命の分かれ道になるだろう。


 ――受付嬢が消えた扉から、再び受付嬢と、一人の男性が現れた。


 年齢は三十を超えているだろうか。

 背が高く、偉丈夫いじょうふの気配をまとった美中年。

 身なりの良い衣服に身を包み、纏うオーラに危険な香り。


(荒事の多い世界で生き残って来たって感じだな)


 偉丈夫の男性は、受付嬢を伴ってボクの元まで歩み寄る。

 そして片手を差し出した。


「我がギルド、"エルドラド"へようこそ。お初にお目にかかります、キャロル・L・ヴィター様。私は当ギルドのマスター、グレイ・フィルターと申します。以後、お見知りおきを」


 彼の手を取って、握手に答える。


「こちらこそ。突然の来訪に対応して頂き、とても嬉しく思います」


貴女あなた様の来訪であればいつだって歓待致しますよ。……ただ、出来れば前もって伝えて頂けると助かります。最近、私はギルドを留守にしている事が多いもので」


「それは失礼しました。此方としても今回は不測の事態でしたので……こういう事は今回限りに致します」


「ご理解頂けて恐縮です。……では、場所を移しましょうか。VIPルームにご案内致しますよ」


 彼に誘われてギルドの奥に通される。

 高級な室内に漂うのは上品なアロマの香り。


(いかにもな内装だな……ここで今までどれだけの裏取引が行われて来たのやら)


 派手なソファーにインテリア。加えて窓の無い防音空間。

 マフィア映画で見た事ありそうな、危険を纏う内装が視線を奪う。

 その印象から勝手に裏取引が多そうだと連想してしまった。


 ――そんな事などつゆ知らず、グレイ・フィルターはボクに着席を促し、ボクが座ると自身も着席した。


 ボクはいつもの姿勢で、彼は両膝に両腕を乗せて両手を組み、向かい合う。

 そして受付嬢はボク達に向き直り、二人分の注文を受け付けた。


「お飲み物のリクエストはございますか?」


「ルイボスティーを」


「私は紅茶を頼むよ」


かしこまりました」


 一礼して退出する彼女を見送り、グレイフィルターはボクと視線を合わせた。


「……さて、私に御用がお有りとの事ですが」


「はい。貴方にしか叶えられないお願いがあります」


「私にしか、叶えられない……?」


 彼は怪訝そうな表情でボクを見る。

 ここから先は侯爵令嬢では無く、ボクとして接しよう。

 全ての罪を受け入れ背負う、悪役の務めとして。


 ――本題を前に纏う雰囲気を入れ変えたボクを見て、彼は警戒した様子を見せた。


 視線は鋭く彼を射抜き、不敵な笑顔で両手を広げる。

 本気であると信じさせる為、彼の視線を離さず願いを告げた。




「このベイルロンドに、モンスター・・・・・を招待したい」




 願いを聞き届けた彼は目を見開き、驚きに言葉を失った。

 当然だろう。街にモンスターを引き入れる等、それは明らかなテロリズム。

 それ故に、ボクは続けて言葉をつむいだ。


「訳あって、私は英雄に成らねばなりません。大切な者を守る為に、そして大切な居場所を得る為に……目に見えた結果が欲しい」


 我を取り戻したグレイ・フィルターは、憤慨気味な様子でボクに問う。


「その為に、私にテロリストに成れと? 何をバカな――」


「結果が必要なのは貴方も同じ。……そうでしょう?」


 ボクの問い返しに、彼は言葉を詰まらせる。

 やはり彼も、ボクと同じ穴のむじなだ。

 だからこそ、真に迫った言葉で語り掛ける。


「アナザーゲストは決して法にそむく事無く、声を上げ続けて来たはず。しかし上層からの反応は悪く、思うような結果が得られない。そうしている合間にも日に日に求心力は落ちて行く……だからこそ、落ち切る前に名誉を挽回せねば成らない」


 ボクの言葉が真に迫った結果か、グレイ・フィルターの雰囲気もまた鋭く変わる。


「……意外だな。ヴィター家の人間にそこまで目を掛けられるとは。それとも、君が酔狂すいきょうなだけかね?」


  ――ボクは両手を下げて、組み替えた脚の上で再び両手を組み直す。


「我が父、レオナルド卿はアナザーゲストを気にかけて等いませんよ。それは実の娘である私に対しても、ですが」


「なるほど……それで気を惹く為にマッチポンプがしたいと?」


「機会が不当に奪われたのなら、己の手で機会を作るより他無いでしょう。多くの成功者達がそうして来たように、私もまたそれにならうだけです」


「ハッハッハッ! 確かに……! 偏見だが、言い得て妙だな」


 彼は鋭い雰囲気から一転、落ち着き払った声で、されど可笑おかしそうに笑う。

 その時丁度、ノックの音が室内に響いた。

 仕切り直しとばかりに、彼は来訪者を招き入れる。


「どうぞ」


「失礼します。お飲み物とお茶請けをお持ち致しました」


 受付嬢がリクエスト通りに飲み物を入れてきてくれた。

 カステラみたいなお茶請けが、より香りを引き立たせてくれる。

 ルイボスティーの香りと味で気分を潤し、たしなんで気を落ち着けよう。


 ――再び一礼して退出して行った受付嬢を見送って、グレイ・フィルターはボクに向き直った。


「貴女のお気持ちは分かりました。しかし、何の見返りも無く協力することは出来ません。ましてや組織を預かる者として、テロリズムに加担する事などとても……」


「勿論、協力して頂いた暁にはヴィター家から全面的な支援をお約束致しましょう。当然、貴方やエルドラド、アナザーゲストが罪に問われる事などありません」


「……それは、どのようにして?」


「オリバー卿は公爵家との繋がりを求めています。今回の事が露見すれば、その為の努力が全て水の泡……ならば、彼は否応なく、我々の暗躍を隠蔽いんぺいせざるを得ないでしょう。そしてレオナルド卿もまた、統治者として家の醜聞しゅうぶんを嫌います」


 正直その辺りは確証が薄いが、ここは言い切らねば彼を説得できないだろう。

 後ろめたさに気が引けるが、ここまで来て徒労に終わる訳には行かない。

 覚悟を決めてハッタリをかますより成す術は無いのだ。


 ――わずかに逡巡しゅんじゅんする彼から、最後の質問。


「一つ、貴女にお聞きしたい。私には貴女が随分と生き急いでいるように映ります。何が貴女をそこまで焦らせているのか、私はその原因が知りたい」


 鋭い洞察力。確かにボクは焦っている。

 極力それを表に出さないよう配慮したつもりだった。

 しかし彼のようなトップに立つ手練れには通用しない。


 だから、今の自分が出せる最大限の言葉で答える。


「数年後の自分を想像すると、そこには過去を後悔している自分がいます。なぜあの時、チャンスに手を伸ばさなかったのか。なぜ気付かない振りをしてしまったのか……」


 続けるボクに、彼は沈黙を貫く。


「ボクにとって、後悔する人生は死ぬより辛い。だからこそ、今のボクが行動しなければならない。未来の自分を後悔させない為に、今の自分がリスクを背負って手を伸ばすしかない」


 交差する視線に想いを込める。


「チャンスは平等ではありません。何度も巡り合える者もいれば、たった一度しか巡り合えない者もいる。だからこそ、目の前にあるチャンスは見逃せない。手をこまねいて、リターンを失ってからでは意味が無い」


 そして最後に想いを締めくくる。


「それが、ボクが焦る原因と、英雄に成りたい理由です」


 今の自分が伝えられる事は伝えた。

 後は彼自身の判断に全てをゆだねる。


(これでダメなら、次の手段に出るだけだ)


 たった一度の失敗で諦める道理は無い。

 諦めの悪さだけなら、誰にも負けない自信がある。


 ボクの想いを聞き届け、グレイ・フィルターは思案するようにまぶたを閉じて、それから決意した様子で瞼を上げた――

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