第28話 後悔しない未来の為に


 ――午後三時、ライトダンジョン第一【ベイルロンド】層、冒険者ギルド【エルドラド】、VIPルーム。



「条件が三つ……それを守って頂ければ、協力致しましょう」


 そう言って指を三本立てる彼に意外な結果。

 正直、協力を取り付けられる可能性は低いと考えていた。

 取り合えずその条件を確認する。


「聞かせて頂けますか?」


 ――グレイ・フィルターは両手を組み直し、条件を並び立てた。


「一つ目は、街や民間人に被害を出さない事。

 二つ目は、モンスターを討伐する手段を提示して頂く事。

 三つ目は、計画内容を部外者に口外せず、漏洩ろうえいしない事」


 最後に彼は注意事項を加えて話を終える。


「もしこの計画内容が漏洩した場合、その時点で我々は手を引きます。そして引き寄せるモンスターの討伐手段を提示して頂けない場合もまた、契約不履行と見做みなして手を引きます」


 条件と注意事項の内容は至極真っ当なものだった。

 元々街や民間人に犠牲を出すつもりは無い。

 これなら此方こちら側に拒否する理由は無いだろう。


「もっともな条件ですね。異論はありません」


 ――ボクからの返答を受けて、鋭い雰囲気から一転、彼は険の取れた表情で一息ついた。


「それは良かった。それを聞いて少し安心しましたよ……では、少々お時間を頂けますか? 直ぐに誓約書を作成してしまいますので」


「承知しました」


 執務台に移動して誓約書を書き始めた彼を横目に、ルイボスティーで一息つく。


(あぁ……気を張って疲れた。やっぱりこういうのは慣れないな)


 陰謀の画策など、ストレスに弱いこの身には荷が重い。

 美味しいカステラとルイボスティーを味わって緩和する。


 ――そして直ぐに、彼は誓約書を持って戻って来た。


「では、交渉成立という事で……此方にサインを頂けますか?」


「拝見します」


 まずは抜け目なく誓約内容を確認して、細工がないかも確かめる。

 それから既に彼の名前が入っている事も確認して、サインを入れた。


 サインを確認して、彼はボクに問い掛ける。


「最後に……本当に、やるおつもりですか? 今ならまだ引き返せますよ?」


「この程度で怖気おじけづくなら、そもそもここには来ていません」


「それは確かに。愚問でしたね」


 今度はビジネスの共犯者パートナーとして握手を交わす。

 これでグレイ・フィルター及びアナザーゲストとの縁ができた。

 これからの事を思えば、この縁は非常に重要になる。


(後は連絡手段の確立だな。頻繁ひんぱんに抜け出す訳にも行かないし、間接的な連絡手段を用意しないと……)


 監視が付いている以上、ここに堂々と出入りする訳には行かない。

 一度抜け出した事で、次は更に警戒と監視を強めてくるだろう。

 その為に、間接的な連絡手段について案が無いか彼に尋ねた。


早速さっそく、計画について話し合いたいところですが……まずはお互いの連絡手段について話し合いませんか?」


「連絡手段ですか? それなら良い協力者が既にいますよ」


「既に……? どういう事でしょう?」


 ――疑問に思い純粋に尋ね返すと、彼の口から意外な人物の名前が出て来た。



貴女あなたのクラスに"ビヴァリー・フラッグ"という名前の女子生徒がいるでしょう? 彼女は我々、アナザーゲストのメンバー・・・・です」



 驚きに、一瞬時が止まった。


(ビヴァリーさんがアナザーゲストのメンバー……!? いやでも、考えてみれば有り得ない話でも無いのか……?)


 貴族として認められているのは騎士爵を持つ父親だけ。

 そこに複雑な思いがあったとしても不思議はない。


 アナザーゲストの理念は格差の是正。

 それには当然、平民に対する貴族の意識改革も含まれている。


 それがアナザーゲストの理念に彼女が共感した理由だとすれば、そこまで可笑おかしな話でもない。


「驚きましたね……彼女が協力者とは」


「我々の理想を実現する為には、どうしても貴族側からの理解が必要ですからね。その為に、我々は優秀なメンバーを騎士学園に入学できるよう支援しているのです」


「なるほど。効果的なやり方ですね」


 いかに武力と法律で階級社会を維持しようと、数には劣る。

 大衆と貴族の一部を味方に付ければ、国に要求を呑ませる事も夢じゃない。

 アナザーゲストが現実主義という前評判は間違いないようだ。


(でも、少なく見積もってもそのやり方を五年は続けているはず。だというのに未だ思わしい結果は得られず、貴族の意識は変えられないか……)


 やはり階級と認識の壁は厚い。

 人は痛みが無ければ変わらないという。

 だからこそ、変えるためには夢想に賭けざるを得ないのだろう。


(ボクの夢想に賭けて貰えたのなら変えられる。……いや、変えて見せる)


 希望はまだついえていない。

 侯爵家の子息でも、平民の女子に恋をする。

 この世に変えられない思想なんて存在しないのだ。 


 ――平静を取り戻し、計画の詳細について話を詰める。


「何かあれば彼女を通して連絡を取り合いましょう。今日を境に、お互いが直接会うのは事が済んでから、という事で」


「異論はありません。……ではまず、おびき寄せるモンスターについて――」


 計画の成功率を高める為に、可能な限りお互いの情報をすり合わせる。

 呼び寄せるモンスターの量から、その討伐手段、迎撃する際の戦力まで。

 今回の事は冒険者側にとっても地位向上の良い契機になる。


 騎士団だけでは迎撃漏れが出る状況を作れれば、冒険者達にも活路が開ける。

 だが成るべくそれは街の端、第二層への入口付近で抑えたい。

 街にモンスターが本当に押し入る事の無いように、その戦力計算は緻密に行う。


 その流れの中で、キャロルの持つ特殊な魔法について説明する。


「加えて、私のもちいる魔法についてですが……少し口頭では説明が難しく――」


「ああ、ご心配無く。既に拝見・・しています」


 彼女が彼等のメンバーだと知らされた時から、何となく予想はしていた。


(ビヴァリーさんが転写器で撮影した決闘の映像、やはり彼の手に渡っていたか)


 ボクの魔法は特殊で珍しい。

 そうなれば当然、上司にはそれを報告せざるを得ないだろう。


「それなら話が早くて助かります」


「……てっきり、苦情の一つでも言われるかと思いましたが」


「構いませんよ。元より隠すつもりはありませんでしたので。むしろ私の実力を示し易くする為にも、そちらで拡散して頂けるとありがたいですね?」


「……ははは、これは一本とられましたね」


 百聞ひゃくぶん一見いっけんかず。

 己の実力を示す為には、口頭より正確な映像があった方が良い。

 加えて今回の事で彼等に貸しを一つ作れた。

 無料で宣伝できる情報媒体を手に入れたと考えれば、此方にとっても都合が良い。


(おまけにルーサー卿についても知って貰うチャンスになる。平民階級からの支持を得る為には、どちらかと言えば彼に有名になって貰う方が良い)


 大衆を突き動かすのはいつだって感情だ。

 特に、境遇にあらがう恋は人々の感情を動かし易い。

 だからこそ、あの二人にはロミオとジュリエットでいて貰わねば困るのだ。


(当然、劇中のような悲劇には向かわせない。必ず、ハッピーエンドで幕を閉じる。……勿論それは、キャロルも同じだ)


 無垢むくな彼等を利用するからには、当然その対価は支払わねば成らない。彼等に、そしてキャロルにむくいる為にも、今回の計画は必ず成功させなければ……




 ――そして気付けば既に午後五時に迫る時間。


 計画の概要と流れはお互いに共有できた。

 現場レベルの細かな調整はボクよりも彼の方が詳しい。

 なので後の事は彼に任せて、この辺りで話を切り上げよう。


「そろそろ良い時間ですね」


「……おっと、もうこんな時間ですか」


「現場の調整は私には図りかねます。後の事はお任せしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、勿論。仔細しさいは追って伝えますよ」


「ありがとうございます」


 ――お互いに握手を交わし、立ち上がる。


(何とか話はまとまったな)


 一応人目をはばかって、ギルドの裏口から退店する。

 お見送りに付いて来てくれたグレイ・フィルターに別れの挨拶。

 そのまま冒険者ギルド、エルドラドを立ち去った。


(後はビヴァリーさんから報告を待とう)


 意外なところで彼女との接点が出来た。

 これを幸と見るか、それとも不幸と見るか……

 どちらにしても今日で彼女との関わり方が変わるだろう。


(必然的に彼女とも共犯者パートナー、か……)


 次に彼女に会った時どんな顔で接するべきか少し悩みつつ、空を漂うシャボン玉の妖精を見やって心を潤しながら、宿屋への帰路に着くのだった――

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