第26話 等価交換


 ――転生六十日目、午後十二時、ライトダンジョン第一【ベイルロンド】層、大通り。



 人工的な光が照らす、彩り溢れた地下世界。

 行き交う人々からあふれるのは期待の眼差まなざし。

 巨大な富が交差するこの街で、彼等の心を埋めるのは夢か幻。


(この活気、さながら黄金街ってところだな)


 経済特区ならではのゴールドラッシュ。

 冒険者、商人問わずここに来るのは夢追い人達だろう。

 一夜にして富と名声を築けるこの街なら、果てしない夢も叶えられる。


 ――夢とアートに溢れる景色を眺めつつ、ルイボスティーで喉を潤す。


 先程まで適当にベイルロンドを散策しながらお店を探し、買い物をしていた。

 買った物はオリバー卿への贈り物と、ローズマリーに贈る予定の高級美容品。


(ローズマリー、喜んでくれるといいな)


 彼女へ、日頃の感謝を込めての贈り物。

 ローズマリーにはお礼をするつもりだったので丁度良い機会だった。


(オリバー卿への贈り物も、気に入って貰えると良いな)


 もっとも、此方こちらは彼への贈り物というより迷惑料。

 これからの事を考えれば、彼に多大な迷惑をかける事に成る。

 それを想ってのお詫びのつもり。


(この程度じゃ許して貰えそうにないけど)


 等と思案しながら視線を空に向けた先、そこに居るのは可愛らしい妖精達。

 皆個性豊かな恰好をして、上空をシャボン玉みたいに飛んでいた。


 ベイルロンドの上空は妖精達の通り道であるという。妖精はいつも、移動する時シャボン玉のような物体で自身を包み、空中を浮遊して移動する。


 見た目通り、妖精の身体能力は低い。

 それ故に自力で移動するとかなりの時間が掛かってしまう。

 なので無属性の魔法で飛行した方が効率的なのだとか。


(無属性魔法による浮遊と飛行……まるで魔力を感じないけど、あれは本当に魔法何だろうか……?)


 妖精が魔法を使う時、いつも魔力の流れを感じ取れない。

 何らかの妨害が働いているのか、それとも魔力を利用していないのか……


(魔力を利用しない魔法……まさか、科学じゃないよな?)


 高度に発達した科学は魔法と見分けが付かないという。

 しかしこの世界は魔法によって文明を発展させてきた。

 魔法に見える程、科学が発展しているとは思えない。


(これも妖精の不思議か……)


 妖精は歴史上に不可解な伝承を数多く残してきた。

 妖精を長年研究してきた研究者達にも、その全容は分からないという。

 発見されてから数百年の月日を経て尚、妖精は神秘と謎に包まれた生き物だ。


 ――そんな不思議な生き物に考えを巡らせていると、テーブルからあどけない声が聞こえて来た。


「とっても、美味しいのだっ……!」


 声に視線を移せば、そこにはスイーツを頬張ほおばるメイド姿の妖精さん。


 宿を出る時、玄関口でお菓子の花壇を愛でている姿を見つけたので、買い物に誘ったら付いて来た。何でも甘い物が大好物であるらしく、スイーツをおごると約束したらとても目を輝かせていた。


 そして今現在、ボクと妖精さんは雰囲気の良い喫茶店で昼休憩。

 買い物とランチを済ませ、カフェのテラスでティータイム中。


 キラキラと輝く妖精は、残りのスイーツを吸収するように体内に取り込んだ。


 妖精には口が無いので、食事をする時は食べ物に接触して吸収して消化する。

 消化された食べ物はキラキラと光る謎物質となって大気に還元されるらしい。


「うぬさん、ありがとねっ!」


 ボクを見上げてお礼を述べる、その可愛らしい姿に心がなごむ。


「満足したようで何より。それじゃ、後は約束通りお願いね」


「うむっ! われに、任せるのだっ……!」


 ――そう言うと、メイド姿の妖精さんはボクが買った贈り物と自分自身をシャボン玉で包み込み、浮遊する。


「ちゃんとお部屋に、届けるのだっ……!」


「ありがとう。またね」


 上昇しながら丸い両手を振る妖精さん。

 その愛らしい姿を眺めながら、片手を振り返して見送った。


 メイド姿の妖精さんと交わした約束、それはスイーツをプレゼントする代わりに部屋に荷物を届けて貰う事。妖精さんのお陰でとても助かった。


(……さて、もう一つの用事を片付けようか)


 この後を思い憂鬱になりそうな精神を妖精さんで繋ぎ止め、席をたった――




   ▼ ▼ ▼




 ――午後一時、ライトダンジョン第一【ベイルロンド】層、商店街。



 わざと人通りの多い道を選んで進む。

 ボクと一定の距離を取って付いてくる気配が一つ。

 その魔力の流れから、迷彩魔法を使用していると分かる。

 恐らくフロイト男爵がボクを尾行しているのだろう。


(魔力の流れで魔法の種類が分かるのは便利だな)


 普通であれば魔力の流れは微細過ぎて感じ取れないという。

 しかしHSPが関係しているのか、ボクはそのような微細な変化に気付き易い。

 お陰で魔力の流れだけでどのような魔法を使用しているかが判別できる。


 ――人で込み合う大きな百貨店に入り込み、迷路のように蛇行する。


 ランダムに通路を曲がって上下階へ移動。

 するとボクに付いて来ていた魔力が遠ざかった。

 そして魔力は見当違いの方向へと足早に進んで行く。


いたか。案外早かったな)


 尾行には慣れていなかったのだろう。

 慣れない仕事を押し付けられたフロイト男爵には同情を禁じ得ない。


(恨むなら、プロを雇わなかったオリバー卿を恨んで欲しい)


 尾行を撒き、百貨店を抜け出して、向かう先は書店内。


(ベイルロンドのビジネス書籍……できれば、ベイルロンドにある企業や団体を詳しく解説、分析している本が良い)


 本のタイトルをザッピング。

 そして良さげなタイトルの商業誌を発見。

 中身が只の小説でない事を確認し、購入した――




   ▼ ▼ ▼




 ――午後二時、ライトダンジョン第一【ベイルロンド】層。



 人目に付かない場所で読書にふければ、有意義な情報が手に入る。

 本に書かれていた内容は、ベイルロンドで活動する企業や団体を特集したもの。

 特に、この街で活動する思想団体の特集が今必要としている情報だった。


(過激な組織は除外して、狙うは現実主義な反体制組織かな)


 求めているのは所謂いわゆる合法的なレジスタンス。

 現状の格差に不満を持ち、是正を求める行動力を有した組織。

 中でも冒険者達からの支持が高い、大きな規模の組織が良い。


("アナザーゲスト"……冒険者の労働組合か。希望条件に合致するのはここだな)


 もう一人の客人【アナザーゲスト】と名乗る労働者組合に狙いを定める。

 後はどう接触するか。

 普通は伝手が無ければ門前払い。


 ――しかしこの身は侯爵令嬢。


 ライトダンジョンを治めるヴィター家の末裔まつえいなれば。

 必ず彼等の興味を惹ける。


(活動歴が長い。なら、自分達の主張を通す為には権力者との繋がりが必要だと分かっているはず)


 特にベイルロンドで活動しているならヴィター家に対してコネが無ければ始まらない。彼等に国を相手取って勝つ気概と戦略があるなら話は別だが、そうでないならヴィター家とコネクションを持つ以外に活路を開く道が無い。


 だからこそ、此方から接触を望めば目通りが叶う。


(情報屋から情報を買いたいところだけど……信用できる伝手が無い。時間も無いし、賭けに出るしかないか……)


 リスクを背負えない者に成功は訪れない。

 リターンとリスクは表裏一体。

 リターンを求める限り、どうあろうとリスクからは逃げられない。


(恐れるな……キャロルだけは、何があっても守り切る)


 そう自分に言い聞かせ、覚悟を決めた。

 アナザーゲストの活動拠点は本の中に記されている。

 とある冒険者ギルドがそのまま彼等の本拠地であるらしい。


(よし……行こう)


 襲い来るストレスを無理やり抑え、死地におもむく兵士のように、レジスタンスの本拠地へもう一人の客人・・・・・・・として足を踏み出したのだった――

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