第22話 忠犬ローズマリー
――転生五十九日目、午前八時、王立騎士学園、裏庭。
テラスに架かる橋に見慣れぬアーチ。
徐々に増える入信者に合わせて、数を増して行くテーブルとイス。
裏庭の石畳はいつの間にかレンガに変わり、舗装を終えていた。
定期的に装飾が増えていく学園の裏庭は、まるで一つの作品である。
そのデザイナーは誰かと問われれば、当然ローズマリーと言わざるを得ない。
キャロルへの信仰心が彼女をそうさせるのか……
(何か日増しに豪華に成ってる気がするけど……もしかして、部費でも出てるのか?)
この集会が部活動として認められるのなら有り得るかもしれない。
もっとも、もしそうであるなら理事会は狂ってると言わざるを得ないが。
――今日からダンジョン講習が始まる。
ファーストクラスがダンジョンに向けて学園を出発するのは午前九時から。
迎えの馬車が到着するまで授業は特別に免除される。
そして今ボクがここに居るのは、始業前にある用事を済ませた為。
――その用事とは、レイナさんを
「
「それはどうも」
ボクの予想通り、彼女等はオリバー卿の影響下にある親を持つ者達だった。
親を通じてオリバー卿に命令され、断れなかったそうだ。
彼女達の認識では、当然ボクも話に噛んでいると思い込んでいたそう。なのでローズマリーから取り調べを受けて、更にはボクから呼び出された事に相当
「加害者である彼女等の弱みを握り、その上で"
「それはどうも」
余談だが、この集まりは静寂教では無く、神静同好会という名称であったらしい。
(正式名称を今日初めて知ったよ。そんな名前だったんだね……)
集会の名称は
(でも多分、彼女達は捨て駒。だからもうオリバー卿が彼女達へ指示を出す事は無いだろうな)
オリバー卿にとっては取るに足らない手札の一つ。
それでも相手の手札を一枚削れた事に意味がある。
争いというものはいつだって手札の少ない方が不利になる。
それはつまり相手の手札を自分のものに出来れば優位に立てるという事。
見方を変えれば彼女達もオリバー卿に利用された犠牲者。
あえて恩情を見せて引き込めば、それは自分が使える手札に変わる。
とは言え虐めの実行犯である事実は変わらないので、彼女達にはしっかりとレイナさんに謝罪して貰おう。後はレイナさんの恩情次第といったところ。彼女が許さないと言えば、彼女達にはそれ相応の
(レイナさんなら、謝罪だけで許してしまいそうだけど……)
心優く純真な彼女なら、無体な罰は望まないかもしれない。
(自分と違い過ぎて、心が綺麗な人の行動は逆に読めないな。ボクなら計算も無く加害者を許したりはしないし)
――なんて物思いに
遅れる訳には行かないので、ローズマリーに声を掛けて立ち上がった。
「そろそろ行きましょうか」
「はい! 初めてのダンジョン、とても楽しみですね……!」
モンスターとの初戦闘を思えば、そして功績を上げる事を考えれば今のボクにダンジョンを楽しむ余裕など無いだろう。
とは言え率直な気持ちを述べれば、モンスターという存在には好奇心が
水魔法の写し絵で既に姿を見た事があるものの、実際に見るのとでは話が違う。
(上手く行きますように……)
どれ程準備を整えようと、やはり最後は運が成否を分ける。
ランダムを支配できない以上、いつだって現実は
▼ ▼ ▼
――午前十時、ライトダンジョン付近、街道。
あの後、到着した二台の馬車に男女に別れて乗り込んだ。
この馬車に乗っているのはボクとローズマリーとビヴァリーさん。
引率の担当講師は男性なのでもう一つの馬車に乗っている。
一時間ほど揺られた車窓から、徐々に見え始めたのはダンジョンの入口。
それは朽ちた神殿のような外観を持つ遺跡だった。
馬車が進む先に見えるのは、警備隊の
加えて車内に流れるのは微妙な空気。
どういう訳かボクの隣に座るローズマリーが、彼女の正面に座るビヴァリーさんを
(乗った直後から何でか知らないけどこの調子。犬猿の仲……ていう程交流がある訳でもないみたいだし……よく分からないな)
正直言ってローズマリーがどうしてそこまでビヴァリーさんを警戒しているのか謎である。
(まぁ、おかげで静かな時間を過ごせたからそんなに悪いものでも無かったけど)
コミュ障を患うこの身にとって、人と会話しなくていい状態というのは好ましい。
普通の感覚を持つ人なら居心地が悪くなるような状況だろうが、ボクにとってはそうでも無い。むしろ会話をしなくていい免罪符になるので気が楽だ。ただ、ローズマリーが警戒している理由には興味がある。
――という訳で考えても分からない場合は直接本人に問い
「レディ・ローズマリー。随分とビヴァリーさんを警戒しているようですね?」
「当然です! どうかお気を付け下さいキャロル様……! 彼女がキャロル様を狙っているのは最早明白です……!」
まるで意味の分からない事を
しかも次いでとばかりにビヴァリーさんを指差した。
「正体を現しなさい! この泥棒猫……!!」
「すんません、意味が分かんないっす」
指を差されたビヴァリーさんの声色から読み取れるのは呆れと困惑。
何言ってんだこいつ? という感情が、手に取るように理解できた。
「まぁ!? なんて白々しい……! 白を切ったところで
転写器という代物は、水魔法を利用した魔道具であり、例えるなら地球でいう所のカメラに似た魔道具である。転写効果を持つ水魔法カードに魔力が残っている限り、映像を記録できる。
「学園から撮影の許可は貰ってたんで。別にやましい理由で撮ってた訳じゃないっすよ。同じ火魔法使いとして、キャロル様の魔法の使い方に興味があったからってだけです」
「……確かに、キャロル様の魔法の素晴らしさは賛同致しましょう。……ですが! 本当にそれだけかしら? 美しいキャロル様のご神体を
それはただ単にローズマリーが見たかっただけなのでは? と思ったものの、彼女の真剣な眼差しに免じてここはあえて触れないでおく。彼女には彼女の正義があるのだ。……多分。
「良いっすよ? やましい映像なんて入ってないんで」
「……
「複製したやつで良ければ」
映像を買い取れると聞いて淑女らしからぬガッツポーズを決めるローズマリー。
どうやら邪な目で見ているのは彼女の方だったようだ。
せっかくなので
「本人を前にして、裏取引とは随分と肝が据わっていますね? レディ・ローズマリー?」
「はっ……!? ち、違いますキャロル様……これは、その……そう! 機密の保護っ! キャロル様をお守りする為、機密
観衆を前に披露した魔法に機密も何も無い。
しかも譲って貰うのは複製された方なので何も防げていない。
残念ながらとても苦しい言い訳である。
(でもまぁ、意外とローズマリーとビヴァリーさんは相性が好さそうだし、険悪な雰囲気は無くなったようで何よりだな)
等と
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