第23話 ライトダンジョン


 ――転生五十九日目、午後一時、ライトダンジョン第一層、拠点。



 ダンジョン前の駐屯地ちゅうとんちに到着した後は、基地内の説明を受けていた。

 午前中いっぱい、引率の講師と案内役の騎士に続いて基地内を見学。

 その後食堂で昼食を取り、再び馬車でダンジョン内に向けて移動を開始。



 ――ダンジョンの巨大な出入口、螺旋らせん状の下り坂を下った先、視界に広がるのは未知の世界。



 見えて来たのは地下とは思えない程の広大な空間に、人で溢れ返った拠点の姿。

 拠点というよりは地下に出来た市街地という方が正しいか。


 ライトダンジョンの第一層はモンスターの完全排除が完了している為、第一層は地上との交易拠点として経済特区になり、栄えているらしい。


 ダンジョンに入るには国からの許可が必要であり、許可を貰うには商人か騎士、あるいは"冒険者"になる必要があるとの事。


(冒険者と言ってもほとんど傭兵みたいな扱いらしいし、ボクが想像するような冒険者とは違うんだろうな)


 真面まともな職に就けない人が最終手段として冒険者になるという。

 この世界での冒険者とはあまり夢のある職業ではないらしい。


 ――馬車の窓からうかがえるのは、冒険者らしき人達の人物像。


 そこから推測する限り、大半の人は日々の生活に困窮している様子。

 彼等が身に付けている装備も、騎士が装備している物と比べれば天地の差だ。


(どこに行っても階級社会はついて回るか……)


 それでも指名手配されているような危険なモンスターを討伐出来れば、一攫千金のチャンスはある。


 冒険者はモンスターの討伐やダンジョン内の資源を回収する事で、騎士は拠点の治安を維持し、前線で魔族と戦う事で自身の評価を上げられる。


(騎士見習いでは前線にはおもむけない。だからボクが在学中に結果を出すには、指名手配されているようなモンスターを討伐する必要がある)


 後は、どうやって指名手配されているモンスターと遭遇するか、だ。

 信用できる伝手が無い以上、そこが一番の問題点。


(冒険者を雇って捜索か……あるいは情報を買いあさるか……)


 とは言え表立って動けばオリバー卿に感付かれ、横やりが入るだろう。

 彼はボクが功績を上げる事を良しとしないはず。


(オリバー卿に見つからないように動くのは骨が折れるな)


 ――等と思案しつつ、談笑しているローズマリーとビヴァリーさんを横目に景色を眺めていると、速度が落ちて流れが止まった。


「着きましたね!」


「われらの……? 変な名前の宿屋っすね」


 馬車が止まった場所に建つ一軒の宿屋。

 看板には"われらのっ!"と書かれている。

 名前もそうだが、その宿屋の外観も奇抜でお菓子の家・・・・・みたいな形をしていた。


「宿の見た目がお菓子の家……?」


 素朴な疑問を口にすると、ローズマリーとビヴァリーさんから返答が。


「"妖精さん"が経営するお店ですからね」


「妖精って確か、甘い物しか食べないんでしたっけ?」


「ええ。妖精さんは甘い物が大好物だそうですから……!」


 ――そう言えば書籍で妖精に関する記述を見た覚えがある。


 群れを成して生活し、人類と共存する、不老不死で小柄な生き物。

 "無属性の魔法"を用いて独立した生活基盤を確立している不思議な種族。

 争いを好まない温厚な性格で、愛らしい見た目をしているという。

 

(お菓子の宿屋か……何だか、ヘンゼルとグレーテルの世界に迷い込んだみたいで興味深いな。宿屋の主は魔女じゃなくて妖精だけど)


 ――そんな風に考えている間に、旅行かばんを持って先に馬車を降りて来た男性組。


 そして引率の講師が、ボク達の乗る馬車のドアを解放した。


「長旅お疲れ様です、お嬢様方。目的地に到着しましたので、皆さんご降車下さい」


 誘導に従いローズマリーとビヴァリーさんが旅行鞄を持って降車した後、続いてボクも降りようとした所で、引率の講師から片手を差し出された。


「足元にはお気を付けください、レディ・キャロル。荷物はお持ちしますよ?」


 気遣いの言葉と共に片手を差し出す男性講師の名は"リード・J・フロイト"という。男爵位の貴族であり、研究者みたいな風貌の人物である。


「私だけ荷物を持って頂けると?」


「出来る事なら全員の荷物を持って差し上げたいところですが、生憎あいにくと私の身体は一つしかありませんので」


 ボクを特別扱いするのは当然とばかりに微笑ほほえむフロイト男爵。

 彼がボクを特別扱いしようとするのには理由がある。


 ――その理由とは、彼がオリバー卿の協力者・・・であるからだ。


「……そうですか。ではお願いします」


「お任せ下さい」


 このフロイト男爵は入学試験の時、ボクの実技試験を担当していた人物だ。

 その時にはっきりと、オリバー卿とは親しい間柄だと述べていた。

 当然、ボクとオリバー卿の今の間柄を知らない訳が無いだろう。


 つまり今、フロイト男爵はオリバー卿の指示で動いている可能性が高い。

 今回の遠征に講師として選ばれたのも、彼の差し金と考えた方が現実的だ。



 ――さり気無く横目で、彼が手に持つ自分の旅行鞄を監視しつつ、宿屋に入る。するとそこには、外観同様ファンタジーでユニークな内装が広がっていた。



 インテリアはそのことごとくがお菓子の見た目。

 チョコレート板のドアが並ぶ廊下に、どこまでも続くカステラの壁。

 広いロビーの床や天井はケーキのような印象だった。


「まぁ……!! とっても素敵……!」


「何かカロリー高そうな空間っすね」


「……甘い物は好きじゃ無い」


「そう言うなよ、偶には良いんじゃないか? 甘い物も」


 ローズマリーはそのデザインに興奮し、ビヴァリーさんは冷静に周囲を見回し、アリスタン卿は不機嫌そうな表情で、ルーサー卿はそんな友人の肩に手を置いてなだめていた。


(床も壁も、柔らかい絨毯じゅうたんみたいな感触だな……流石さすがにテーブルとかは硬そうだけど、マシュマロみたいなソファーはとても柔らかそう)


 ――見ているだけで胸やけしそうな空間を眺めていると、フロイト男爵にわずかな動きが。


 彼が持つ、ボクの鞄に流れた魔力の気配。

 勘違いに思えそうな一瞬の感知だが、警戒していた為にはっきりと捉えられた。


(初めて見る宿屋の内装に気を取られている一瞬を利用して、ボクの鞄に何か魔法カードを取り付けたのか……?)


 恐らく手品とかで良く見るミスディレクションを利用した小細工だろう。

 視認できないところを見ると、迷彩効果と盗聴効果を持つ地魔法のたぐいか。


 地魔法の中には背景と同化できる迷彩魔法と、物体の振動を利用した盗聴魔法がある。その魔法が込められた地魔法カード二枚を使用して、ボクの鞄に"盗聴器"を仕掛けたと推測。


 今ここで追及しても良いが、それだと彼等の狙いを看破かんぱできない。

 なのでここはあえて泳がせ、彼等の狙いを見破る手掛かりにしよう。


 ――フロイト男爵が無人の受付に近付き、呼び鈴を鳴らす。


 するとカウンターの中心から光が立ち昇り、光が消えた時、それは・・・そこに現れた。



「いらっしゃいっ!」



 あどけない声色に、全身をおおう白い毛並み。

 丸っこい二頭身の身体と手足に、二つ粒のつぶらな瞳。

 姫カット風の黒い髪形をした、柔らかそうな印象を与える不思議な生き物。


 デフォルメされた雪だるまのぬいぐるみのような、小動物染みた容姿を持つその生き物こそ、ダンジョンに住む種族"妖精"だった――

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