第21話 小さな希望


 ――???



 意識が微睡まどろむ。

 身体の感覚も無く、ただ漫然と魂が漂うように。

 半覚醒状態のような怪しさで、ボクはたたずんでいた。


(……ここは?)


 虚空に浮かぶのは数多あまたの絵画。

 まるで道を指し示すように並ぶそれは、絵画の並木道。

 きりかすむ青空は、不透明なノイズのように周辺を覆い隠していた。


(この先でいいのか……?)


 何かに呼ばれるように、絵画の並木道を歩き出す。

 いつか見た暖かい光に導かれ、ろくに頭も回らないまま引き寄せられる。


 ――引き寄せられた光の先、そこに居たのは……一人の少女。


 桃色の髪に白桃色の睫毛まつげ

 髪形は毛先にウェーブの入ったボブカット。

 整った容姿に、スリムなスタイル。


(彼女は……間違いない――!)


 その少女こそ、待ち侘びていた想い人。

 神からの偏愛に耐え切れず、みずから命を絶とうとした想い人。


 意図せず出会えた喜びに、名前を呼ぼうと口を動かし――


(声が出ない……? いや、出せないのか……身体が動かない)


 意識が徐々に覚醒して行く。

 それと相反するように、この身体は自由を奪われる。


(ようやく会えたのに……目覚めが近いのか?)


 恐らくここはキャロルの心の奥深く。

 そうだとするなら、今ボクは夢を見ているのだろう。

 でもこれはボクの夢じゃない。なぜなら――



 周囲に漂う数多あまたの絵画に写された光景は、ボクの記憶に無い物だから。



 きっとこれはキャロルが見て来た景色なのだろう。

 そのどれもが、悲しい色合いで満たされていた。

 まるでその全てが後悔であるように。


(変わらないな……君もボクも。……後悔ばかりの人生だ)


 はかなげな少女のうつむく姿。

 彼女は両手を前で組み、沈痛な面持おももちで瞳を伏せていた。

 直視しようにも、交わらない視線がもどかしい。


(まだ希望はある。まだ、諦めるには早すぎる)


 その思いだけでも伝えようと、口元に意識を集中させる。


 ――その時、キャロルの口元が動いてボクの意識は彼女に盗られた。


『——————。—————、———……』


 彼女の声は聞こえない。

 しかしその口の動きは正確に捉えた。

 それは、初めてキャロルがボクに向けて示した意思表示。

 

 出来る事ならそれに答えたかった。

 そんな事は無い、と伝えたかった。

 しかし急速に引き戻される感覚にはあらがえず。


 ボクの意識は覚醒を迎えるのだった――




   ▼ ▼ ▼




 ――転生五十八日目、午前七時、ヴィター侯爵邸、自室。



 目覚めた時には自室のベッド。

 夢の記憶は覚えている。

 決して忘れないように、キャロルの言葉をつぶやいた。


「ごめんなさい。私のせいで、貴方を……」

 

 彼女がボクに開口一番、伝えた想いは懺悔ざんげの言葉。

 沈痛な面持ちで、彼女は自責の念にとらわれていた。


(でも、キャロルの自我は生きている)


 あの夢はその証拠。だからキャロルは取り戻せる。

 それが分かっただけでも希望が見えた。

 生存の確認が取れた以上、もう彼女は不確定な存在なんかじゃ無い。


(キャロルが戻って来るまでには終わらせないとな……)


 オリバー卿とレオナルド卿の攻略を。

 彼等を翻意ほんいさせなければ彼女の安息は得られない。

 時間的な猶予がどの程度あるのか分からないが、やれる事はやろう。


 ――そしてその時が来れば……恐らくボクの役目は終わる。


 一つの器に二つの魂は入らない。

 根拠は無いが……何となく、そう感じる。


(キャロルが動いた時、ボクの身体は動かなくなった。そう考えると、恐らく共存は不可能だろうな。……まぁ、流石さすがにボクがいたらキャロルの私生活に支障が出るだろうし、その方がありがたいけど)


 これ以上彼女を悲しませる訳にはいかない。

 この身体はキャロルのものだ。自由と共に彼女に返そう。

 それが死者に出来る、生者への唯一の恩返しだ。


(彼女に貰った第二の人生。短いかもしれないが、それでも恩義がある)


 生きる意味の無かった人生に、彼女が意味を与えてくれた。


 前世では、己に諦観しつつも存在意義を求めていた。

 うとまれていると知りつつも、わずかな可能性を信じて知性を振り絞って来た。

 誰からも好まれないと知りながら、それでも諦め切れずに生きていた。


(そしてようやく、己の成すべき事が見えた。この手で掴むべき夢が見れたよ)


 ――姿見の前に立ち、取り戻すべき少女を見つめ、決意する。


「明日から始まる"ダンジョン講習"で、必ず結果を出す」


 休み明けの明日、初めてダンジョンに潜る授業がやって来る。

 明日から二週間、ダンジョン内で泊まり込みの合宿授業。


 本来なら一学年の間はダンジョンに潜る授業は受けられない。しかしファーストクラスの生徒だけは特別にダンジョンに潜る授業を受けられる。優秀な生徒が集うファーストクラスならではの特権と言えるだろう。


(キャロルがいつ目覚めるか分からない以上、卒業まで待っていられない。ダンジョンに潜れる機会を利用して、モンスター討伐で功績を上げる)


 指名手配されているモンスターを討伐すれば確実に実力を示せる。

 その為なら多少のリスクは承知の上だ。


(レオナルド卿に認めて貰うには、まず結果が必要。オリバー卿との関係が悪化した以上、なるべく早めにレオナルド卿と話を付けたい)


 実力主義者なレオナルド卿に此方こちらの意見を聞き入れて貰うには、何よりもまず功績を上げる必要がある。話し合いはその後だ。


(そうと決まれば今日一日、資料室に籠ってダンジョン関連の書籍を読み直しだな。まだ読んでない本もあるし、丁度良い)


 予定を前倒しに、はやる気持ちを抑えながら、明日からのダンジョンに意識を向けるのだった――

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