第20話 私に寄り添う自由の為に


 ――転生五十七日目、午後七時、ヴィター侯爵邸、応接室。



 ヴィター侯爵邸にある応接室の一つ。

 ここは特別な客人が来た時にだけ使用されるVIPルーム。

 まるで高級レストランのようなこの空間で、三人が向かい合って座っていた。


 丸いテーブルを囲んで座るのは、ボクとレイナさん、そしてオリバー卿。


 自宅への帰還後、アルバートさんに案内されて三人共ここへ通された。

 提供されるコース料理に舌鼓したつづみを打つ面々。

 レイナさんの様子をうかがえば、初めて食べる料理の味に目を輝かせていた。


(良かった、気持ちは落ち着いたみたいだな)


 彼女は馬車を降りる直前まで泣いていた。

 少し心配だったが、料理に感動している様子を見れば一先ひとまず大丈夫そうだ。


(それにしても、未だにオリバー卿は負の感情を見せて来ない。ボクに対しても、レイナさんに対してもだ。……とても不気味だな)


 表面上はなごやかな席で、不気味なおだやかさを見せるオリバー卿が、レイナさんに話しかける。


「どうかな? 我が家のシェフの腕前は。口に合うといいのだが」


「とっても美味しいです! こんなに美味しい料理、初めて食べました!」


「ハハハッ! それは良かった。気に入って貰えたようで嬉しいよ」


「それにしても、私なんかが本当にご一緒させて頂いてもよろしかったんですか? とてもお貴族様と同じ席に付けるような立場では……」


「何、我が家での食事だ。そのような事気にするまでも無い。それに君は我がヴィター家とバルトフェルド家にとって重要な存在だ。例え平民であろうとも、歓待するのは当然の事だよ」


 ワイングラスを傾け、オリバー卿は上機嫌に味をたしなむ。

 内心怪訝けげんな思いで彼を窺うボクを余所に、レイナさんが話しかけて来た。


「キャロル様! このスープとっても美味しいですね! 何て名前のスープなんでしょう……?」


 屈託なく、純真無垢じゅんしんむくに瞳を輝かせる少女の姿は微笑ほほえましい。

 宝物のようにスープを見つめるその姿に、思わず口元がほころんでしまう。


「それはコンソメスープですよ」


「これがコンソメスープですか!? 私の知ってるコンソメと違う……」


「質の良い食材を大量に使用して、時間を掛けてダシを取るそうです。シェフから聞いた話では、作るのに二日は掛かるとか」


「二日もですか!? ほっぺたが落ちるくらい美味しいのも納得ですね……」


 少しずつ味わうようにスープを飲みだすレイナさん。

 ボクもヴィター家のシェフが作るコンソメスープはお気に入りだ。

 なので彼女の気持ちはよく分かる。


(割と打ち解けられてきた気がする。純粋な心の持ち主何だろうな)


 その分、悪い人に騙され無いかと心配になってしまうが。


(そこはルーサー卿にお任せ、かな?)


 彼女を守るナイトは既にいる。

 ボクのするべきは二人の足元を支える事だ。


(貴族も一枚岩じゃない。変革を望む勢力もいる。……とは言え現代的な主張と価値観を受け入れて貰えるかは未知数だけど)


 この国の政界には"保守派"と"穏健派"、そして"革新派"の三つの勢力が存在している。三つの派閥の内、貴族ならばその内の一つに所属しなければならない決まりだ。


(ヴィター家は穏健派。ワンチャン、革新派への鞍替えは可能だな)


 革新派はこの中では少数派の勢力だが、ボクの求める価値観が受け入れられるとすればそこしかない。


(いかにオリバー卿とレオナルド卿を攻略できるか……そこに全てが掛かってる)


 ――その為にオリバー卿の心中を推し量ろうと彼を見やる。


 そこには相変わらず機嫌良さそうに、料理とワインに舌鼓を打つ彼の姿。

 ボクの視線に気付いた彼が、ボクに語り掛けてきた。


「それにしても、決闘の結果は惜しかった。改めてその健闘を称えよう」


「お気遣いに感謝します。この雪辱せつじょくを忘れず、必ず名誉挽回すると誓いましょう」


「素晴らしいこころざしだ。父上にもしかと伝えておこう」


 短いやり取りだが、やはりオリバー卿に特別変化は見られない。


 ――どう彼の胸中を引き出そうかと思案していると、彼は思い出したように時計を見やった。


「……もうこんな時間か。すまない。もっと歓談を楽しんで居たいところだが、この後人と会う約束をしている。心苦しいが、俺はここで失礼させて貰うとしよう」


「分かりました。レイナさんの事はお任せ下さい。気を付けて行ってらっしゃいませ、オリバー兄様」


「今日は招待して頂いて、本当にありがとうございました! とっても美味しい料理を頂けて、とっても幸せでした!」


 どうやらオリバー卿との会食はここまでのようだ。

 胸中を推し量れなかった事が悔やまれるが、今は――


「……ああ、そうだ。キャロル、お前に伝えておきたい言葉があった」


 不意に声を掛けられ、立ち上がったオリバー卿と視線が交差する。


「"困難に直面した時、人は叡智えいちを持って乗り越えて来た。そして、いかなる時も思考を諦めない者こそが、勝利の鍵を手に出来る"」


 その言葉はボクがルーサー卿に掛けた言葉。

 それをそらんじて、彼はボクに笑顔を見せた。




「実に好い・・言葉だ。是非とも参考・・にさせて貰おう」




 ――彼の口からその言葉を聞いた時、ボクの脳裏で直感がささやいた。


「では、失礼する。また会おう。我が妹よ」


 演技がかった口調と態度で去り行く彼に、ようやく確信を得た。

 彼がなぜボク達に憎しみでは無く、優しさを見せて来たのか。


(オリバー卿は身内を褒める時、"悪くない"という言葉を使う。決して素直な言葉で褒めない人だ。ましてや、ボクに対して"参考"にする何て、あのプライドの高いオリバー卿がいう訳が無い)


 おまけに去り際のセリフ、そこにはレイナさんへの配慮が無かった。


 ボク達を認めた風な事を言っていたものの、やはり彼はボク達を認めていない。……いや、ある意味では認めているのか。


 ――己の排除する・・・・べき敵・・・として。


(敵には"優しさ"を、味方には"厳しさ"を……彼はそういうタイプか)


 生前の記憶がよみがえる。

 こういう人は身近にいた。


 敵と認識した相手には徹底的に優しさを与えて持ち上げる。

 優しさにつけ上がった相手は、必ずつまずき奈落に落ちる。

 そして全て失った相手へ、彼は手を差し伸べ、こう述べる。


 ――もう一度、幸せだった頃に戻りたくは無いか、と。


(意図して与え、上げて落として救済し、恩義で縛り、弱みを握って隷属させる。……似ているな、本当に)


 今までボクやキャロルに対して厳しい態度であったのは、やはり彼なりの思いやりだったのだろう。厳しさでしか好意を表せない……なんて不器用な人だろうか。


(もっとも、ボクが言えた義理じゃないけど)


 対人関係の不器用さなら、HSPであるボクだって負けてない。


 ――内心でそんなむなしい張り合いをしている最中も、レイナさんは純粋に料理を楽しんでいた。


 貴族に対する警戒心が無さすぎる気もするが、多分そんなところをルーサー卿は気に入ったのだろう。腹黒い貴族達に囲まれていれば、彼女のような純粋さがとてもまぶしく映る。


(ともかく、オリバー卿の思惑には見当が付いた。そしてそれはボクには通用しない。なぜなら――)


 生前、嫌というほど身近で学んで来た道なのだから。

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