第8話 貴族達の社交界
――転生二十三日目、午前十一時、ヴィター公爵邸、パーティーホール。
貴族の名家ともなればパーティー専用の大広間がある。
普段全く使用されないその場所は、今では華やかに彩られていた。
そこに集まっているのは子爵以上の親子達。
皆、
(談笑しながらお互い腹の探り合い。華々しいのは上辺だけだな)
先程までボクの所に代わる代わる貴族達が挨拶回りに来ていて面倒だった。
内心
正直もうここから退出したい気持ちでいっぱいだ。
(オリバー卿は……まだ囲まれてるな)
貴族の父兄と歓談する彼の周りには、相変わらずご令嬢方が包囲網を敷いていた。
(容姿端麗、文武両道、おまけに侯爵家の跡取りとなればそうもなるか)
彼を狙うご令嬢は多いだろう。
しかし彼には既に婚約者がいるはず。
その人の名前は確か……"セシリア・S・グランデ"。
グランデ公爵家の次女だと、キャロルの日記には書いてあった
(キャロルから見た印象だと、お相手はあんまり乗り気じゃ無さそう)
いかにも政略結婚という間柄であり、セシリア嬢からは家の為に仕方無く、という印象を受けとったと記されていた。
野心家なオリバー卿の事だ。
相性よりも向上心を優先したのだろう。
貴族社会ならば珍しくも無い。
――等と考えながら、さり気なくベランダに移動しようと思った矢先、声を掛けられた。
「ごきげんよう! レディ・キャロル。先程はご挨拶できてとても光栄でした!」
ボクにそう声を掛け、
綺麗な銀髪に、藍色の瞳。
プリンセスカットの髪形が良く似合う、可愛らしい容姿のご令嬢。
彼女の名前は"ローズマリー・B・シュガー"。
キャロルと同い年の少女であり、これから同じ学園に通う同級生でもある。
彼女の家柄は伯爵位。シュガー家の次女であり、可憐な伯爵令嬢だ。
社交辞令へのお返しに、ホストとしてゲストに対応する。
「ごきげんよう、レディ・ローズマリー。不自由はされていませんか?」
「不自由だなんて、そのような事は何も……! レディ・キャロルとこうしてお会いできるだけで……
彼女は祈りを捧げるように自身の胸の前で両手を組んだ。
そして続け様に言葉を
「試験会場で見たあの奇跡……あの光に、私は言いようのない運命を感じました」
奇跡とやらが良く分からないが、恐らくボクの魔法の事を指していると思われる。
「そうでしたか。気に入って頂けたようで何よりです」
「はいっ! とても素晴らしい光景でした……光を放ち、白煙に
なぜかローズマリー嬢は
そんな彼女の姿に
あまり関係を深めるべき相手ではなさそう。
「大げさですね。ただの火魔法ですよ」
「ふふ……その様なご謙遜を。レディ・キャロルはとても謙虚なお方なんですね! ますます、お慕いしたくなりました」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
「あぁ……そんな冷たいところも素敵です……」
「では私はこれで。パーティーを楽しんで行って下さい」
「はいっ!! 必ずや、レディ・キャロルのご期待に応えて見せます……!」
話が通じていない。彼女は危険だ。
良くも悪くも妄信的な姿勢が、彼女の
(ローズマリー・B・シュガー……要注意人物だな)
とりあえず彼女の事は警戒しておこう。
大事なキャロルの身体に何かあってからでは遅い。
(付き
そんな風に思いながら今度こそベランダに移動すると、そこには既に先客が居た。
「はぁ……」
ベランダの
その人物は侯爵家の次男、ルーサー・R・バルトフェルド卿であった。
(丁度良い。少し話がしたかった)
先程挨拶した時は、他愛の無い社交辞令を交わしただけだった。
ここなら人気も無いので二人で話すには良い機会だ。
「ごきげんよう。ルーサー卿」
ボクから不意に声を掛けられて、我に返った彼は
「ごきげんよう、レディ・キャロル。
「ええ。落ち着ける場所を探していまして」
「それなら、僕は席を外した方が良さそうだね」
「少々お待ちを。ルーサー卿には折り入ってお話があります。丁度良い機会ですから、少し付き合って頂けませんか?」
ボクからの誘いに、彼の目が一瞬、
断られるのかと思った矢先、彼は
「構いませんよ。……ただ、出来れば場所を変えたい。周りを気にせず、落ち着いて話ができる場所はありませんか?」
「分かりました。それならロビーへ行きましょう。今なら人目を気にせず話し合えます」
他にも人目を気にせず話合える場所はあるが、密室空間は避けた方が良い。
ルーサー卿がそのようなタイプとは思えないが、警戒しておいて損は無い。
ロビーなら密室では無いので変な気を起こされる心配も無いだろう。
――ドレスを
お互い向き合うように、来客用のソファーに腰を落ち着けた。
彼は姿勢正しく着席してボクを見る。
対するボクは紳士的な姿勢で着席し、彼を見据えた。
「……あぁ、そうだ。紅茶を用意するべきでしたね」
己の失態に今更気が付く。
ホストとしてゲストを迎える準備が足りていなかった。
だというのに、彼は
「いえ、お構いなく。それより僕に何か話があったのでは?」
「……少しだけ、貴方に興味が湧きまして」
「それは婚約者として、ですか?」
「ええ。婚約の話は順調に進んでいると、オリバー兄様から聞き及びました」
「そうか……そうでしょうね」
ルーサー卿の優れない表情から見て、何だか思い詰めている様子。
どうやら彼は婚約の話にあまり乗り気では無いようだ。
(今のところキャロルからの反応も無い)
まだお互いを良く知らないので可能性が無くなった訳じゃ無いが、この分だと婚約は破棄の方向で進めるのが良さそうだ。
――と、思案していた時、彼から一つ疑問を投げかけられた。
「そう言えば、貴女はどうして耐火性の手袋を?」
彼の視線の先にあるのはボクの両手……赤いルーン文字が記された黒い手袋。
これに興味を持って貰えたのは都合が良い。
「自分の身を守る為です」
ボクの返答に要領を得ない、という表情をしている彼に事実を伝える。
「私は特異体質でしてね。自分の魔法で自分を傷つけてしまいます。火魔法への備えが無ければ、この身は熱に焼かれてしまうでしょう」
「自分の魔法で……!? そんな事が……」
驚くのも無理は無い。
この世界では、己の魔法は己を傷つけないのが常識だ。
「ええ、是非とも
「わ、分かりました……興味本位で尋ねてしまった事をお詫びします。バルトフェルドの名に誓って、決して他言はしないと約束しましょう」
――片手を胸に、誓いを立てる彼に微笑みを。
(取り合えず、これで一つ布石は打てた)
この秘密の共有は、婚約破棄への第一歩。
順調に事が運べばこれを理由に彼に譲歩を迫れるだろう。
彼には申し訳ないが、キャロルの未来の為に
そんな打算的な思考に身を浸しながら、貴族らしいやり方を
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