第7話 優れた彼の思いやり


 ――転生十六日目、午前十時、ヴィター侯爵邸、自室。



 試験を終えて、あれから一週間。

 あの日の夕方、帰還したボクはオリバー卿との会食にのぞんだ。


『正式な結果が出るまでに一月掛かる。その間に、我が家でパーティーを開く予定だ。当然、キャロル……お前にも出て貰う。お前が今回の主役だからな』


 ワインをたしなみながら、割と上機嫌な様子でオリバー卿はそう語った。

 どうやら前々から決まっていた行事のようだ。

 社交界に出席する面子は、今回受験した貴族達であるという。


 貴族とも成れば問題を起こさない限りは試験に落ちる事など無いそうで、先んじて祝勝会を開くという話だった。


『学園では縁を繋ぐ事に集中しろ。特に、バルトフェルド侯爵家の次男である"ルーサー・R・バルトフェルド"の事は覚えて置け』


 そう言われ、彼の秘書からルーサー卿のプロファイルを差し出された。


『事は順調に運んでいる。このまま上手く行けば、バルトフェルド家次男との婚約はとどこおりなく進むだろう』


 バルトフェルド家は、ヴィター家と同じようにダンジョンの管理を任された侯爵家であり、ルーサー卿はキャロルと同い年。水魔法で出来た写し絵を見れば、確かにその人物を会場で見かけた記憶がよみがえる。


 既にオリバー卿の中では試験の合否に関わらず、彼と婚約させる段取りで決まっていた様子。……いや、むしろ合格させた方が婚約の話が進み易いので、学園に根回ししていたのだろうと邪推した。


 それに対し、遠回しに抗議の言葉を贈ると、彼はこう述べた。


『下らんな。父上の許諾は受けている。それに、戦地で騎士をするより遥かに華々しい人生が待っているだろう? それとも、モンスターや魔族を相手に死闘を繰り広げる毎日の方が好みだった、とでも言うつもりか?』


 これも彼なりの思いやり、なのだろう。

 しかしキャロルが婚約を望んでいるとは思えない。

 ならば彼の思惑には従えない。




 ――そう回想しながら、両手に宿るともしびを回転させた。


 今は自室で魔法制御の練習中。

 飽くまで練習なのでレーザーにはしない。


(何とかして婚約を回避しないとな)


 この身は彼女の物。今はボクが借りているだけに過ぎない。

 いつか返す日の為に、可能な限り彼女の願いを叶えるだけだ。


(……でも待てよ。もしかするとルーサー卿がキャロルの好みに合う可能性もあるのでは……?)


 彼女の好みは分からない。

 日記にもそのような記述は無かった。

 一応、確かめた方が良いだろう。


(パーティーへの参加は決定として、その時にルーサー卿と接触して確かめよう)


 正直な話、少し期待もある。


 もしルーサー卿にキャロルが反応を示せば、彼女の自我が目覚めるきっかけになるかもしれない。恋が人を変えるという事くらいは、恋愛に疎い自分にも分かる。


 ――と、そんな事を考えながらてのひらに宿る灯をひたすらに回転させていた。


(この火は止まれば消えてしまう。立ち止まれば存在を保てない。……確かに、この魔法はボクとキャロルに良く似合ってるな)


 立ち止まれば過去が追い付いてくる。

 ふとした拍子に蘇る、トラウマのフラッシュバック。

 それはとても鮮明に、遥か昔の傷跡を掘り起こして止まない。


(誰かに話せれば多少は楽になれる。……でも、話せない)


 秘密を打ち明けられるような相手は居ない。

 様々な要因からHSPは一方通行なコミュニケーションに陥り易い。

 それを制御する事は難しく、理解者を得るのは至難の業だ。


(臨床心理学がまだ発達していないこの世界では、特に厳しい)


 ボク自身も心理学に精通している訳では無い。対人コミュニケーションに悩むこの身では、HSPの認知を広く普及させるのは難しいだろう。最悪、悪魔付きだの魔女だの言われて迫害されるのが関の山だ。


(……それでも、家族には伝えて見せる)


 幸いこの身は侯爵令嬢。

 親族の理解を得られれば、まだ支援者を得られるチャンスはある。

 キャロルが自我を取り戻した後の事を考えれば、支援者は必要不可欠だ。


 ――灯を消してプロファイルに視線を落とし、それを片手に取った。


(今学園に在籍している侯爵家の子息、息女はキャロルとルーサー卿の二人だけ)


 こういう政略的な話には詳しくないが、恐らくこの縁談には学園内での派閥争いを牽制する意味合いもあるのだろう。


(ダンジョンはかなりの利益をもたらす利権らしいし、それを守る為にもダンジョンを管理する侯爵連合の結束を固めたいんだろうな)


 そうなると婚約を破棄するのにも角が立たない理由がいる。

 ただ嫌なので破棄します、では通らない。

 少なくとも此方こちらに非が来ないやり方を選ぶ必要がある。


(キャロルが気に入るようなら婚約は成立。気に入らないようなら……)


 ルーサー卿には悪いが、キャロルの為に泥をかぶって貰う。

 勿論、裏工作など必要な事態にならないのが一番だ。

 何とか穏便に回避できればそれに越した事は無い。


(あぁ、めんどくさい……こういうのは前世だけで十分だ)


 先を想いストレスにさいなまれ始めた精神力。

 乱れた心を落ち着ける為、気分転換に散歩でもしよう。

 幸い家は広い。人目に付かず散歩をするには最高の環境だ。


 椅子を傾け、身体を伸ばして深呼吸。

 プロファイルをベッドの上に放り投げて部屋を出る。


(もう今日は何も考えたくない……無理だけど)


 無心になれないこの体質を忌々いまいましく思いつつ、人気の無い場所を目指して回り、悠々自適に邸宅内をふらついたのだった――

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