第6話 シュレディンガーの猫


 ――転生八日目、午後四時、王立騎士学園、実技試験会場。



 実技の試験は魔法を用いた的当て形式。

 等間隔に配置された三つの的に、それぞれ試験官が付いて評価する。

 試験は番号順に三人ずつ進められ、今は中盤に差しかかってきたところ。


(見てると、貴族より平民の方が魔法への熱意が高いのか)


 貴族と平民。魔法を放つ彼等の姿は対照的だ。


 英才教育されてきただけあって、貴族の受験者達は魔法の制御レベルが高い。

 しかしこれと言って目を見張るようなセンスは感じない。

 とても事務的というか、基本に忠実。


 対して平民の受験者達はとても情熱的だ。

 ほとんど独学で習得して来たのだろう。貴族と比べれば制御の粗さが目立つ。

 しかし時折、目を見張るようなセンスを見せる者達が現れる。


 ――会場から控えめな歓声が溢れ出る。その歓声の先には一人の少女。


 恐らく平民の受験者の一人。

 金髪の少女が全身から荒々しい炎を発現させていた。


 金色に赤い一束が混じった髪色。

 腰まである長い髪は所々自然に跳ねている。

 整った容姿の綺麗な少女。……でも割と不良っぽい雰囲気をまとっていた。


 彼女は炎を一本の柱として立ち昇らせ、それを凝縮するように両手に収める。

 その両手に形作られたのは、一本の炎槍。


 それを右手に、槍投げのフォームで振り被り、的に向けて投げ放つ。

 炎槍は的の足元に着弾し、凄まじい火の手を噴き上げる。

 炎に飲まれた哀れな的は、跡形も無く塵となり消え去った……


 それを見た試験官の男性が言う。


「威力は申し分ありません。しかし魔法の制御に難ありです。的を消失させたのは感心しませんね?」


「……すんません」


「まぁ、良いでしょう。これからの成長に期待しましょうか」


「合格できますか?」


「それは総合評価次第です。……ですが、実技の評価は期待できる、とだけ言っておきますよ」


 それを聞いた彼女は小さくガッツポーズ。

 割と素直そうな少女だ。


 ――試験を終えた彼女は、空いている席を探して此方こちらに近づいて来た。


 丁度ボクの周辺には空白地帯があるので座る場所に困らない。


(話しかけてみようかな?)


 同じ火属性の魔法使いとして彼女に少し興味が湧いた。話しかけようと自分の雰囲気を和らげ、少しだけ表情を崩し、近づいて来た彼女と視線を交わす。


 すると彼女はわずかに驚いた表情を見せた。


 しかしその後気まずそうに視線を逸らし、ボクから離れた位置にあるベンチへ腰を下ろした。……何となく、彼女から顔を背けられているような気がする。


(空白地帯の創造主であるボクには、ハードルが高かったなって……)


 挙動不審になっている訳でも無く、むしろ友好的に振舞って避けられた。

 幾ら孤独を愛すると言ってもこれはこたえる。


(フフ……懐かしいな、この感覚……)


 内心涙目で過去を想う。

 学生時代に良くあった、ボッチ特有の現象である。


(気を取り直して行こう……)


 次は自分の番だ。試験に集中しよう。




 ――番号と名前を呼ばれ所定の位置へおもむくと、担当の試験官は先程、金髪の少女を評価していた人物だった。


「お会いできて光栄です。キャロル・L・ヴィター様。貴女あなたのお話は、オリバー・L・ヴィター様より聞き及んでおります」


「それはどうも」


 オリバー卿から……その口ぶりで直感した。

 これは所謂いわゆる根回し・・・というやつだ。

 どうやらオリバー卿は最初からその心算つもりであったらしい。


(そうならそうと、キャロルに伝えておけばあんな事には……)


 しかしそれは結果論。


 あの口ぶりからして、オリバー卿としてはこの手は最終手段であり、なるべく自力で突破して欲しかったのだろう。だからこそ、普段からあのような態度をとっていたと推測した。


 何とも、分かり合えない兄妹である。

 そんな事はつゆ知らず、試験官の男性はボクに言う。


「ご心配には及びません。貴女の魔法は必ず・・的に当たりますよ」


「いえ、結構」


 断ったボクを見て、彼は意外そうに目を丸くした。


「よろしいのですか……? 事情は理解しておりますが……」


「構いません。事情が変わりましたので」


 彼は感心したようにうなずくと、前言を撤回した。


「失礼致しました。この身の不手際をお許し下さい」


「お気になさらず」


 さて、余計なお世話を退しりぞけたところで本番と行こう。


 ――的に向け、手袋をはめた右手をかざす。


 かざした右手の先に意識を集中する。

 右手の少し先に発現したのは小さなともしび

 それがき消えてしまう前に、想像力を注ぎ込むように回転させる。


 ――その場で円状に回転する灯は、次第に蒼色の光に変わって行く。


 それが高音を響かせ高速回転していく光景に、衆目が集まる。

 蒼色の灯は、熱を放ち、蒼色のレーザーに変化した。

 発動した魔法カードの冷却効果により、右腕周辺から蒸発した水分が立ち昇る。


 ――蒸気が噴き上げた瞬間、レーザーを手放す。


 それは空気の壁を轟音ごうおんを伴って突き破り、的目掛けて一直線に飛翔する。

 刹那せつなの間に的を突き破った蒼レーザーは灯に戻り、大気に還って離散した。


 会場中から湧き上がるのは驚愕きょうがくと騒めき。


(キャロルが上手く魔法を行使できなかったのは、灯を光に変え・・・・なかった・・・・から。……もし、灯を光に変化させるという発想に気付けたなら、彼女でもこれに近い事が出来たはずだ)


 キャロルは灯を炎にしようと、増幅する事ばかりにとらわれていたのだろう。

 それが上手く行かず、視野狭窄しやきょうさくに陥っていた。


(でも彼女の行動は無駄じゃ無かった。今ボクがここまで簡単にレーザーに出来たのも、彼女が懸命に魔法と向き合っていたからだ)


 そのおかげで、わずか一週間足らずでここまでの完成度に仕上げる事ができたのだ。


 ――会場に浸透した驚きは、次第に歓声に近いものに変化して行く。


(キャロル……君の努力は、報われていたんだよ)


 内に秘めた彼女に語りかける。

 届いているかは分からない。

 それでも、彼女もこの光景を見ている……そう信じている。


 ボクの放ったレーザーを見て、試験官の男性は驚いた様子で的を眺めてつぶやいた。


「これは……実に興味深い」


 彼の関心を惹いたらしく、彼は研究者然とした様子で食い入るように的を見つめて、それからボクに向き直った。


「いや、驚きました。とても素晴らしい。これならば文句無しでしょう」


「安心しました」


「できれば、是非またお見せ頂きたい。何とも、今が試験中だというのが口惜しい」


「これからいつでも見られますよ。それでは」


 そう言い残し、その場から立ち退いた。

 想定通り、中々の高評価を得られた様子。


(……それでも君の声は聞こえない)


 一部ではあるものの、キャロルの悩みは解消し、そしてその努力は報われた。

 しかし心を閉ざしたキャロルからは、何も反応を感じられない。

 ボクがいるから表に出てこられないのか?

 それとも、もう既に彼女の自我は……


(いや、止そう。今は信じるだけだ)


 必ず彼女の自我を取り戻して見せる。諦めるにはまだ早い。

 そう心に改めて誓い、試験を終えるのだった―― 

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