第50話 順風満帆


キキィーーーーッ!!


 と、僕の魔車は止まった。


「もう着きましたから、降りても大丈夫ですよ」


「は……? そ、そうですか……。生きた心地がしませんでしたよ。えーーと、ここは? ジルベスタル草原ではありませんか。こんな所で何を視察するんです?」


 フォーマッドさんは姿勢を正し、ゆっくりと頭を下げた。


わたくし。ロントモアーズ外交官、フォーマッド・ターコイムと申します。お目にかかれて光栄です」


 オッツ夫人も、すぐさま姿勢を整えた。丁寧な挨拶が終わると、首を傾げる。


「魔法てつどう……。でしたっけ? レールを敷くとかなんとか? ここで何を見たら良いのです?」


 すると木陰から赤ちゃんの泣き声。


「「 オギャア! オギャア! 」」


「え? どうしてこんな所に赤ん坊が?」


「申し訳ありません。私の子供なのです」


 と、フォーマッドさんは赤ちゃんを抱いた。


「どういうことです、アリアスさん?」


 僕は事情を説明した。


「まぁ! 奥様に……。それでフォーマッドさんがお1人でお世話をされているのですか!」


「ははは。申し訳ありません。私のことは気にせずに視察を続けてください」


「「 オギャア! オギャア! 」」


 オッツ夫人は赤ちゃんに釘付けだった。


「オッツ夫人。視察の話をしても宜しいでしょうか?」


「え? そ、それどころではないでしょう」


「と、言いますと?」


「赤ちゃんが泣いています!」


 そう言って、フォーマッドさんの所へと駆け寄った。


「おしめは交換なさったのですか?」


「は、はい……」


「ミルクは?」


「あげました……。しかし、どういうわけか機嫌が悪いのです。こういう時は、妻がやってくれてましたから、私はさっぱりです……。お恥ずかしい」


「ちょっと、よろしいでしょうか?」


 夫人は赤ちゃんのオムツを剥がした。


「ちょっと蒸れてしまってますわ」


「え? あ、あのう……。どうすればいいんでしょうか?」


 夫人は化粧ポーチから白いパウダーを取り出した。


 それを赤ちゃんの幹部にポンポンと塗る。


 ほぉ。

 あのパウダーで湿気を吸い取るわけか。


 流石は婦人だ。僕たちじゃ思いもつかなかったな。


「あ! そんな高価な化粧品で! 申し訳ありません!」


「構いませんよ。それより機嫌を直してくれるといいのですが……」


 夫人が赤ちゃんを抱きかかえると、


「キャハハ! ウキャウキャ!」


 と、天使のように笑う。


「あら、機嫌直した? 良かったーー」


 ふぅーー。

 なんとか作戦は成功したな。


 赤ちゃんの世話をオッツ夫人にしてもらうなんて、中々の作戦だった。


「ほーら、よしよし」


「キャッ! キャッ!」


 しばらくすると赤ちゃんは眠った。

 木陰でゆっくりと眠る。


「アリアスさん……」


「はい」


「あなたが私に相談するなんて、おかしいと思っていました。それに、てつどうの視察だなんて。私にはちんぷんかんぷんです」


「……そ、そうですね」


「まったく……」


 さぁて……。

 怒られるかぁ……。


 流石の僕だって、謝罪はできる人間なんだ。


 夫人を一瞥すると凄い形相で僕を睨んでいた。


「あなたはとんでもない人ですね」


 確かに……。

 嘘をついて赤ん坊の世話をやらせたんだからな。


「外務大臣にベビーシッターをやらせるなんて、前代未聞です」


 この流れは土下座かな。


 やれやれ。


 と、体をかがめると、




「英断でしたよ」




 え?


 英断?


 褒められた、だと?


「この状況では頼りになる人間が、私くらいしかいないでしょう。あなたの周りは未婚の若い女性ばかりですからね」


「でも、僕は……。あなたを騙してしまった」


「まぁ、スピードが優先されますからね。そこは許しましょう。私たちのことより赤ちゃんの方が大事ですよ」


「そう言ってくれると、助かります。ありがとうございます」


「このまま放っておけば、赤ちゃんの患部が荒れて大変なことになっていました。失礼ながらフォーマッドさんでは対応しきれなかったでしょう。最悪は荒れた幹部からバイ菌が入り、高熱が出て大変なことになります」


 なるほど、そんな可能性があったのか。

 赤子は免疫力が弱いからな。


「とにかく、赤ちゃんが泣いてはあなた方が視察できないですね。私が見てますので、お仕事をなさいな」


「しかし、赤ちゃんはゆっくり寝てますよ? もう大丈夫なのでは?」


「いつ起きるかわかりません。それが赤ん坊なのですから」


「オギャ……。オギャア〜〜」


「ほら、泣き始めた。はいはい。大丈夫でちゅよ〜〜。ここにいまちゅよ〜〜」


 そういえば、オッツ夫人の子供のことは聞いてなかったな……。


 赤ん坊をあやすのが上手いし、きっと立派なお子さんがいるんだろうな。


 さて、ここは夫人に甘えようか。


「フォーマッドさん。視察を始めましょう!」


 彼は夫人を見つめて目を潤ませていた。


「美しい……。天使だ」


 はい?

 どこに天使が?


 まぁいい。


 人員配置は完璧なんだ。


 オッツ婦人はキキとルルを。


 ヤミンはメンネの面倒を見ることになった。


 そして、僕たちは視察だ。


 ふふふ。互いが適材適所につく。美しいチームワークだ。


 ヤミンのレール工事に対する見解を聞きたかったが、それは後で相談することにしよう。


 今日はフォーマッドさんと視察できれば上出来だな。


 僕たちは魔車に乗りながら地形を見て回った。


 フォーマッドさんには模型を見せてイメージをしてもらう。


 そういえば、


「ロントモアーズでは鉄道設置の件。どんな感じです?」


「うむ。環境大臣のジャメル卿はいい顔はしなかったがな。国王の勅だと言ったら素直に聞いてくれたよ」


「ははは」


 どっちの国も環境大臣は面倒臭いな。


 僕たちは国境付近に到達した。


 フォーマッドさんはひび割れた地面を睨む。


「ここに鉄のレールを敷くのは補強が必要だな。地盤が随分と脆そうだぞ」


「確かに……」


 魔力機関車は重いだろうからな。

 それに耐えれる地質調査が必要なのか。


 おや……?


 目の前の岩山で何か光ったぞ?


 眼鏡のレンズの反射かな?


キラン……。


「あれ? やっぱり光ってる……」


 なんだ、これ?


 金色の粉?


 指に付けて目を凝らす。


「金粉……だ」


「どうしたんだい、アリアスくん?」


「あ、いえ。少し気になることがありまして……」


「この辺りは1億年前に神々の大戦があったと聞く。その影響で草木が育たない痩せこけた土地になったんだろうな」


 神々の大戦か……。


 確かに、その影響で人が寄りつかない場所だ。


 でも、この金粉……。


「スキャン」


「おいおい。急にどうしたんだよ。目から光線なんか出してぇ? 魔法かい?」


 本来なら、人体のダメージを透過する医療魔法なんだが、この岩山……。

 何かあるのかもしれない。


 透過した岩山にはキラキラと光る金塊が見えた。


「こりゃあ……。ゴールドモンスターの化石だな」


 ゴールドモンスターといえばレアモンスターの総称だ。


「体組織が黄金の魔物ですよね? ゴールドスライムとか」


「ああ。なんの種類かはわからんが、そんな奴が神々の大戦で殺されて、なんらかの条件で化石になったんだよ。こりゃあ、5億コズンはくだらないぞ」


 5億!?


 それだけあればギャンベリック卿を引き込めるぞ!

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