第49話 フォーマッドさんと視察
僕は、ロントモアーズの外交官フォーマッドさんと国境付近で合流した。
会うや否や、彼は捲し立てるように話し始めた。
「ふはは! アリアスくん! 抜群に素晴らしい運搬事業のアイデアを考えついたぞ! これで利用料金は折半だ!!」
そういえばそんな話だったな。
僕より良い案が出せれば運搬の利用料金に介入できるんだ。
さて、どんな案だろうか?
「翼竜を使って空輸するんだ! どうだ!? 凄い案だろう?」
「却下ですね。両国間を行き来するのに翼竜が都合よく動いてくれるとも思えません」
「うう、それは訓練をしてだなぁ」
「訓練をする時間がない。それに訓練ができても翼竜が死亡してしまえばおしまいです」
「いや、だから、翼竜の子供を更に訓練してだなぁ」
「コストがかかりすぎます。利用料金が跳ね上がりますよ」
「はぅう……。ダメかぁ。じゃ、じゃあこれはどうだ!? ハーピーを使って──」
と、いくつも案を出してきたが、どれも詰めが甘く、とても採用できる内容ではなかった。
やはり、魔法鉄道がベストだろうな。
「ぐぬぅうう……。私の考えた案は全滅かぁあ……。良い案だと思ったんだけどなぁ」
ふふふ。悪いねフォーマッドさん。
僕の案が採用されたから、運賃はジルベスタルで独占だな。
「さて……」
ここにレールを敷くわけだが……。
随分と土地が痩せているな。
湿気の少ない乾燥地帯。見えるのは大きな岩山だけか……。
……レールを敷いたとしても、陥没の事故が怖いな。
ここを初めとする、レールを敷く土地には地質調査が必要だろう。
などと、思っていたのだけれど……。
「オギャア! オギャア!」
と赤ん坊の泣き声が響き渡る。
フォーマッドさんが抱きかかえる、2人の赤ちゃんが泣いているのだ。
彼の横には小さな女の子が1人。
「あの……。さっきから気になっていたのですが、お子さん……。ですよね?」
「おーーよしよし。ナハハ。赤ん坊がキキとルル。この子はメンネ。ほら、挨拶なさい」
メンネはつまらなさそうな顔をするだけだった。
「ナハハ。メンネは3歳でな。人見知りなんだよ」
はぁ……。
「ナハハ。美人3姉妹なんだ。自慢の子だよ」
「確か、赤ちゃんは双子でしたっけ?」
「おーー。流石の記憶力だな。ナハハ」
「どうしてお子さんを連れて?」
「あ、いや。そんな……。た、大したことではないのだ。ナハハ」
おいおい。
子供を3人も連れて視察に来るかよ?
「フォーマッドさん……。理由を説明してください」
「ナハハ……。そ、そんな怖い顔をするなよ。私のことは気にせずに視察を続けようじゃないか」
「オギャア! オギャア!!」
「フォーマッドさん……。理由がまず先です」
「うう……。うわぁああああんッ!!」
なんだなんだ?
フォーマッドさんも泣き出したぞ!?
彼は泣きながら事情を語った。
勿論、赤ちゃんをあやしながらである。
3歳のメンテはヤミンと仲良く地面に絵を描いていた。
「お、奥さんに逃げられたぁあ?」
「ぐすん……。ハッキリ言うなよぉ。うう……」
「あなたが煮え切らないので、僕が端的に言ったのです」
「き、君には情ってものがないのかぁ!?」
「情よりも子供の安否ですよ」
「うう……。痛い所をついてくるなぁ」
「奥さんはどちらに?」
「それが……その……」
と、また愚痴り愚痴り言い始めたので、僕が要約した。
「男を作って逃げたぁ!?」
「き、君なぁ〜〜。デリカシーがないぞ! デリカシーがぁ!」
「デリカシーより子供のこれからですって!」
「うう! 何も言い返せない……」
「お子さんを預ける親族は?」
「いたらとっくに預けているよ。友達も、急には頼めんしな。なにせ、双子は0歳だから」
母親は、生まれたばかりの赤ん坊を捨てて男と駆け落ちか。とんでもない女だな。
「メンネはまだ大人しいから良いのだが、双子を預かる所なんて中々無いのだよ。ナハハ。それで仕方なしに私がおぶって来たんだ」
「仕事を休めば良かったじゃないですか?」
「そうもいかん! 両国間の同盟は歴史的な偉業なのだよ!」
やれやれ。
真面目なのはいいんだけどなぁ。
「ねぇ、お兄ちゃん。ヤミン、おっぱい出ないから赤ちゃんにミルクあげれないよぉ」
母親がいなくなるのは困りもんだな。
「ララ姉ちゃんとかカルナちゃんなら、おっぱい出るかなぁ?」
「いや、母乳は大きさの問題ではないんだ」
「うーーん。図書館では年齢制限があって、そういった関係の本は読めなかったんだよね」
「泣いているのは母乳の問題なのかな……?」
「やっぱり、お姉ちゃんたちに頼もうよ。きっと、あの大きなおっぱいにはミルクがたくさん詰まってるんだよ。揉めば出るんじゃないかな?」
「はっ倒されるぞ」
赤ん坊の泣き声は更に大きさを増した。
「アリアスくん。すまない。ちょっとオムツの交換をさせてくれ」
なるほど、それか。
フォーマッドさんは、泣きながらオムツを交換していた。
「うう……。キキ、ルル。パパがこんなんで済まない……うう」
フォーマッドさんの涙は、流れ落ちずにプラーンと瞳にぶら下がった。振り子のように互いにぶつかり、カチカチと音を立てる。
なんだあの泣き方は!?
特殊すぎるだろ!
「どぼじで、どぼじでぇ、ごんなことになったんだろうなぁ〜〜。うう〜〜」
おしめを変えても赤ちゃんたちは泣き止まなかった。
「「 オギャア! オギャア! 」」
「うーーむ。粉ミルクはあげたし。オムツも替えた。なのにどうして泣き止まん? 我が子は機嫌が悪いなぁ。おーーよしよし」
これじゃあ、とても視察どころではないよ。
かと言って、このまま帰したんじゃ、フォーマッドさんは育児に追われて仕事ができなくなってしまうしな……。
この状況は放って置けないが、僕に子育ての経験なんかないし……。
うーーん。
赤ん坊のあやし方が上手そうな人かぁ……。
当てがないわけではないが……。
いいのだろうか?
僕はフォーマッド家族を魔車に乗せて、王都ジルベスタルの前までやってきた。
そして、そこでみんなを降ろして、魔車を走らせる。
向かった先は、僕の上司、オッツ婦人邸である。
「私にご相談?」
僕を迎えた婦人は、恐ろしいほど訝しげな顔を見せていた。
「あなたの仕事は国王に一任されているのでしょう? 今さら私に相談なんて、おかしいではありせんか。一体どういうおつもりです?」
「ははは……。その……。大した相談ではありません」
赤ちゃんの世話で困っています。
なんて言えないよな……。
「妙ですね? いつものあなたなら私を遠ざけるのに?」
「ははは……。そ、そんなことはありません」
「……それで? ご相談というのは?」
僕は魔法鉄道のことを伝えた。
そして、今日は、ロントモアーズの外交官と視察をしていることも、きっちりと伝える。
勿論、赤ちゃんのことは一切話さずに、である。
「なんですって!? 私に視察の協力をして欲しいですって?」
と、いうことにしてみた。
さて、この作戦が上手くいくかどうか……。
「ええ。そうなんです。外務大臣のお考えを是非お聞きしたくて……」
「それは環境省であるギャンベリック卿のお仕事では?
「そうですよね。申し訳ありませんでした。やはり、他を当たります」
と、素直に引いて様子を見る。
「……お待ちなさい」
「え?」
「部下の助けを無碍に断る
やった!
この人、根は良い人なんだよな。
「では早速、僕の魔車に乗ってください」
「お、お待ちなさい。ロントモアーズの外交官と会うのでしょう?
「あ、そういうのは大丈夫です!」
「し、しかし。化粧くらいは」
「では、魔車の上でやってください」
「そ、そんなに急いでいるのですか!? そ、それにこの馬車、馬が見当たりませんよ?」
「大丈夫です。ちゃんと動きますから。それよりしっかり捕まっててくださいよ」
「は!? な、何が起こるのです?」
「それ!」
ギュウウウウウウウンッ!!
「ヒィーーーーーーー!」
「舌を噛むと大変です。しっかり捕まっててください」
「降ろしてください! 降ろしてくださいアリアスさーーーーん!!」
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