第47話 ギャンベリック卿を把握しよう

 ギャンベリック環境大臣はつまらなさそうに鼻息をついた。


「フン……」


 クッ……鉄道模型。

 何も壊さなくても……。


 僕が話すより早く、ヤミンが声を張り上げた。


「お兄ちゃんが作ったのにぃいいいッ!!」


「フン! ここは子供の来る所ではないのですよ。騒ぐなら出て行きなさい!」


「なにおーーーー!! フガフガ! ンーー!! ンーー!!」


 僕は、即座に彼女の口を抑えた。


 これ以上は面倒なことになる。


「ヤミン。落ち着け。言うことを聞かないと、もうお城には連れて来ないぞ!」


「モガモガ……。だ、だってぇええええ」


「いいから黙れ。わかったな?」


「ううう……わ、わかったぁ……」


 さぁて、どう話を進めるかだな。


「出て行きなさい。私は鉄道などに興味はないんだ。環境省は許可しないからな!」


 おっと、それは困るんだ。


 国王に頼めば通りそうな話だがな。

 

 僕が条件を出すならあの人だって……。


『ほぉ……。私に頼るのか……。じゃあ、カルナとディナーができるようにしたまえ』


 なんて言われるに決まっている。


 あの人に貸しを作るのは避けたいな。


 なんとか話し合いで理解を求めようか。


「ギャンベリック卿は鉄道の利便性をご存知ですか?」


「さぁね。興味はありませんね」


 なるほど。

 新しい技術だから受け付けないわけか。


 利便性を知れば考えが変わるかもしれないな。


「そんなことより、あなたは魔法設計をしていれば良いのですよ」


 とりつく島はなさそうだ。


 彼の情報が乏しすぎるな。

 会話に掴みどころがない。


 強引に話しを進めて拗れても厄介だ。


 一旦、引くか。


「お忙しい所を失礼しました」


「ふん! まったくです。私は暇ではないのですよ」


 僕たちは城を出た。


「ねぇ、お兄ちゃん。もう喋ってもいい?」


「ああ。ここなら大丈夫だ」


「どうして交渉しないの? 鉄道技術が国にできれば大きな発展じゃん! あの人、バカじゃないの? ってかバカだ」


「うん。もう少し声のトーンは落とそうか」


「ブゥーー。どうしてお兄ちゃんは怒らないのだ? ヤミン、あいつ嫌い! そもそも器物破損は犯罪だ。衛兵に捕まえてもらおうよ!」


「ことを荒立てるのはよそう。こちらに得がない」


「だってぇええ! あいつ腹立つもん!! 話し方とか態度とかーー!! ブゥウウウ!!」


「いちいち怒ってられないよ。こういうのは、もう慣れた。今でこそ、みんなは設計士を認めてくれているけどさ。初めて来た時なんか、劣悪待遇だったからな」


「意味不明ーー。良いものは良い。悪いものは悪いってことなのだ。子供でもわかる理屈ぅーー」


「それが、そう簡単にはいかないのが設計士なんだよ。常に新しいものは嫌われるのさ」


「ふーーん。なんか面倒な仕事だねぇ」


「その内わかるさ」


 さて、ギャンベリックの情報が欲しいな。


 まずはボーバンに聞いてみるか。


 僕たちは魔車を走らせて訓練場に向かった。




ーー魔法兵団訓練場ーー


「うわぁああ!! アリアスさんだぁああ!! みんなアリアスさんが来たぞぉおおお!!」


 大声を出したのは、兵団でも最低魔力量の持ち主であるビクターだ。


 彼の呼びかけによって、300人近い魔法兵士が僕の周囲を取り囲む。


 いや、こんなに呼ばれても困るんだがな。


「自分。マイカルであります!」

「俺は、ショーン!」

「ゴンザです。よろしく」


 と、次から次に挨拶する。


「あ、やあ……。よ、よろしく」


 数が多すぎる。

 一体誰と話していいのやら……。


「流行り病の件。治していただきありがとうございます! あなたは命の恩人です」

「アーシャーウーマンをもう一度召喚してください!」

「ダンスの噂、聞いています! 是非、私にも教えてください!」

「ジルベスタル恋慕情が大好きです! 俺ファンなんです! サインください!」


 やれやれ。

 こう一気に注文を付けられてもな。


「みんないい加減にしろぉ! アリアスさんが困ってるじゃないかぁあ!!」


 いや、君が呼んだからこうなったんだ。


「言っておくが、僕が、初めに両手の詠唱姿勢をアリアスさんから教わったんだからな!!」


 ビクターは自慢げに胸を張る。


 ショーンは眉を寄せていた。


「アリアスさん。こいつこればっかり言うんですよ。俺たち1000回以上は聞かされてます」


「ははは……。それは大変だな」


 やれやれ。

 嬉しいやら気恥ずかしいやら、なんとも複雑な気分だな。


「みんな。ちょっと悪いが今日は野暮用があるんだ。ビクター。ボーバンはいるかい?」


「はい。えーーと、兵士長なら、あそこです」


 それは、群れの中になんとか入ろうとする彼の姿だった。


「おおーーい! アリアスーー! 俺はここだぁーー!」


 ははは。

 兵士長でもこの中には入れないのか。


「もう行っちゃうんですかアリアスさん?」


「悪いな。後でみんなの練習風景を見させてもらうからさ」


「あは! 絶対、ですよ!」


「ああ」


「いよーーーーし! みんなぁあ! アリアスさんが来たからって張り切るんじゃないぞぉおお!!」


「ビクター! お前だけ張り切ってんじゃねぇえ!! 俺の方が凄い所を見せてやるぅうう!!」

「俺も俺もぉ!!」

「うぉおおし、やるぞぉおおおお!!」


 なんか盛り上がってんな……。


 ヤミンを見ると、目をキラキラさせて僕を見つめていた。


「ふぉおおおお……。お兄ちゃん、人望あるぅうううう」


 やれやれ……。


「ボーバン。ちょっと落ち着いて話せる所へ行こう」


「うむ。なら俺の部屋がいい」




ーー兵士長の控え室ーー


「ぬお! 紅茶が切れておる。さっき使った茶っ葉で取るしかないか」


「別に気を使わなくていいぞ」


「そうもいかんよ。折角、来てくれたのだから、茶くらい出させてくれ」


 ヤミンはボーバンの入れたお茶を飲んだ。


「なにこれ? ただのお湯じゃん。ぶへぇ」


「がはは! わずかな風味を楽しまんか! ところでこの美少女は誰だ?」


「今日、新しく入った研究所員だ」


「ヤミン・アマエターノっていうの。よろしくーー。にゃははーー」


「ふむ……。お前にこんな少女趣味があったとは初耳だな」


「趣味じゃない。僕は能力主義者だ」


「能力? こんな子供に何ができるのだ?」


「知能だけは、大人顔負けさ」


「なぬ!?」


「じゃあ、おじさん問題だよ? お湯は何度で沸騰するでしょうか?」


「は? そんなもん100度に決まっておろうが。大人を舐めるなよ」


「ぶーーーー」


「なにぃい!? では何度なんだ?」


「答えは、環境によって変わる、でーーす」


「なんじゃそりゃぁ?」


「沸点は空気の薄さで変わるんだよ。だから高い山でお湯を沸かしたら100度以下になるんだよね。にゃははーー」


「うう……。そんなことよく知っているなぁ」


「彼女は博識なんだ。色んな国の図書館を読破してるんだぞ」


「ぬおお。そんなやり手だったのか」


「にゃははーー。おじさんの髪の毛カッコいいな」


「ふむ。性格は良さそうだな」


「鳥の巣みたい。にゃははーー」


「アリアス。こいつ殴っていいか?」


 さて、本題に入ろうか。


「ボーバン。最近あった王室内の人事移動について知りたいんだ」


「ほぉ……。俺にわざわざ聞きに来るなんて、相当困っておるようだな。誰のことが知りたいんだ?」


「ギャンベリック卿」


「ふむ。厄介な人間が環境大臣になったんもんだよな」


「何か知っているかい?」


「うむ。最近、大臣になった切れ者だと聞く。元は冒険者ギルドのギルド長だ」


「ギルドのリーダー? じゃあ、冒険していたのか……。あんな細い体で……」


「やり手の魔法使いだったらしいぞ。ギルドをいくつも立ち上げていたみたいだからな。相当な人脈の持ち主さ」


 冒険者に顔が利くとは武闘派だな。


 今まで、僕に敵対してきた人間といえばビッカやバラタッツ、ジャメル卿がそうだが、彼らは王室の息がかかった存在だった。


 みんな邪悪な奴らだが、自分の身可愛さに正面きって僕の命を狙って来なかったからな。


 冒険者といえば、大半がならず者だ。

 彼らを使った手荒な妨害行為は容易に想像がつく。

 僕の暗殺も、金さえ積めば簡単に引き受けるだろう。


 やれやれ。

 ギャンベリック卿と対立するのは相当厄介だぞ。


 あの時、直ぐに引き上げていたのは英断だったな。


「ボーバン。今、外交の仕事で少し困っている。相談に乗ってくれないか?」


「うむ。このボーバン・ノーキンにお任せあれだ!」


 うん。 

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