第13話 エリートの謝罪 【ざまぁ】

 研究所にシンが来た。


 僕は魔法暦書を読み進める。


ペラリ。


「僕になんのようだ?」


「そ、その……」


 随分と言葉を詰まらせる。


 早く要件に入って欲しいものだな。


 ここの仕事は定時で終わらせるのが、所長としての信条なんだ。


「あ、あなたの実績を調べた」


 僕の?

 

 王室からの評価シートでも見たのかな。


「あ、あれほどの実力がありながら、どうして所長の言いなりだったのですか?」


「言いなりではないがな。研究員が所長の指示を熟すのは組織の根幹だろう?」


「り、理解できない」


「君に理解してもらうつもりはないぞ。雑談なら他の人としてくれよ」


「うう……。しかしだなぁ。それほどの実力があるなら、あなたが研究所の所長になればいいじゃないか!」


「興味ないよ」


「うう……」


「そんなどうでもいい話をしに来たのか?」


「そ、それは……」


 どうも歯切れが悪いな。


「所長に頼まれて僕の説得に来たのか?」


「いや……。今日来たのは私の意思だ」


「要件はなんだ?」


 彼はスクっと立ち上がると、頭を深々と下げた。



「すみませんでした!! 許してください!!」



 やれやれ。


「なんの話だ?」


「わ、私はあなたに失礼な発言をしてしまった」


 失礼な発言?


「そんなこと言っていたか?」


「うう! 私があなたと初めて会った日の言葉を忘れたわけではないでしょう!?」


「記憶力には自信があるがな」


「だったら、謝罪は必要じゃないか! 私はあなたを嘲笑してしまった」


 ふむ。


 そういえばそうだったかもしれん。


「まぁ、不要な情報は消去する性質なんでな。気にしてないよ」


「ふ、不要な情報……。は、ははは。わ、私のことなど眼中になかったのか……」


「わざわざ謝りに来たのかい?」


「そ、それだけではないのだが……」


 彼は亜空間からオムライスを取り出した。


「これ、アリアスさんが好きと聞いていたのでお土産です」


 お!


「お婆ちゃんのオムライスだ!」


「みんなの分もありますから、是非食べてください」


 ふむ。

 

 中々、気が利く奴じゃないか。


「それで? 要件はなんだ?」


「は、恥を忍んで……。た、頼みます」


 彼は再び立ち上がり、深々と頭を下げた。




「花火の設計式を教えてください!!」




 ああ、来月にある王都の誕生祭で使う花火魔法の設計か。


「あなたの気持ちはよくわかる。虫の良い話だよな。あの日、私はあなたよりいい花火が設計できると豪語したんだから。しかし──」


「いいよ」


「聞いて欲しいんだ。まさか、あなたにそれほどの実力があるとは思わなかったんだよ。貴重な設計式を人に教えられないのは十分によくわかる。しかしそこをなんとか──」


「だから、いいって」


「え?」


「教えてやるよ」


「えええええええーーーーッ!?」


「声が大きいな。みんなが驚くじゃないか」


「し、しかし。そんなあっさりと……。あんなに貴重な花火の設計式。本当は教えたくはないですよね?」


「そうでもないぞ。みんなが僕のようにできれば国は豊かになるからな」


「うう……。ということは……。そ、そうだよな……。うん、それしかない」


 ?


「だ、出せる報酬は100万コズンが限界なんだ。ほ、本当にすまない」


「報酬か……確かに、実益に反する行動は嫌いだからな」


「うう……。本当にすまない。本来なら500万いや1千万コズンが妥当だろうか? それをたった100万コズンなんて虫が良すぎる」


「もう貰ってしまったからな。追加報酬は気にしなくていいさ」


「え?」


「ほら。オムライス」


「えええええええーーーーッ!?」


 騒がしい男だ。


「あ、あれは単なるお土産だよ!! わ、私にだってプライドがある! 無料で教えてもらうわけにはいかん!!」


「無理するな。ここに来るのだって旅費はかかっているはずだ。それに、その僕に払おうとしている報酬は君のポケットマネーだろう?」


「うう……」


 あの守銭奴のビッカが100万コズンも出すはずがないんだ。


 それに、


「君は引き抜きだから給料が高いようだけど、それでも月、50万がいい所じゃないか?」


「…………ど、どうしてそこまでわかるのですか?」


「僕はあの所長と4年も働いたんだぞ。ビッカのやり口くらいわかるさ。だから、無理して身銭を切る必要はない。魔法花火は王都の為に設計されるんだからな」


「し、しかし……。君にはもう関係のない話だ」


「ふ……」


「………」


「そんな僕を頼って来たんだろ?」


「うう…………ううう…………」


 彼は泣いた。


 ビッカの対応が相当辛かったんだろうな。




「ありがとう……。うう」




 ふむ。

 辛気臭いのは苦手なんだ。


 騎士団長のカルナが眉を寄せた。


「ちょっとアリアス! 弱い者イジメしてんじゃないわよ!」


「いや、してない」


「ちょっと、あなた大丈夫? さっきからずっと頭を下げてるじゃない。アリアスに腹パンされたの?」


「いえ、されてません。うう……」


 まぁ、おかげで少し和んだか。


「設計式を教えるのは暗くなってからの方が都合がいい。今日の宿は取っているのかい?」


「はい大丈夫です。では後ほど集合で」


「うん。そうしよう」


「よろしくお願いします」





 夜。



 みんなは研究所前に集まった。


 同じ設計士のララが来るのはわかるとして、カルナとおヨネさんは関係ないのだがな。


「なんだかワクワクするねぇ。それにあの銀髪のお兄ちゃんイケメンじゃないかい。ヒョホ」


「おヨネさん。所長の邪魔しちゃダメですよ」


「はいはい。大丈夫ですよ。私ゃアリアスちゃん一筋なんだから」


「そういう意味じゃないです」


 カルナは夜空を見上げて、その大きな胸を更に膨らました。


「花火魔法の設計なんて楽しみじゃない! あいつがどれほどの実力か見てやるわよ」


 ふむ。

 ギャラリーがいるのはいいな。


 花火魔法は場が和むんだ。


「じゃあ、早速、始めよう。環境の映像は持って来たかい?」


「はい。どうぞ」


 シンは眼球より光線を発した。


 それは空中に映像を写す。


「え? 凄ッ! 何、あれ!? 空中に風景が写ってるじゃない! あれが花火なの?」


「あれはビジョンの魔法です。脳内で得た情報を記憶させて、それを空中に映します。音も聞こえるんですよ」


「へぇ……。設計士って色んな魔法が使えんのね」


「環境情報を伝え合うのは設計士の常套手段ですね」


 ララは興味津々だった。


「あのぅ。この場所ってどこなんですか?」


「ロントモアーズ草原。ここが花火を打つ場所になるんだ」


 そして、この映像から現地の自然魔力を計測する。

 と言っても、視覚からだから正確な数値はわからんがな。


 僕は紙に設計式を書いた。


「大体こんな感じかな」


「え!? も、もうできたのですか?」


「実際に現場に行って魔力計器で自然魔力を測定しないと実数がわからないからさ。簡易的だけどね」


 シンは目を見開いた。


「な!? なんだこの設計式は!? こんなの見たことないぞ!?」


「シンさん! 私にも見せてください!! え? 何これ!?」


 2人は空いた口が塞がらない。


 シンはプルプルと震える。


「こ、この式じゃあ、そう簡単には設計できないぞ。しかも、毎年自然魔力は流動するから同じ式が通用しない……」


「私、恥ずかしながら花火には自信があったんです!! で、でもこんなの……。で、できるわけありません……」


「ちょっとちょっとぉおお!! 2人だけで何、盛り上がってんのよぉ!! 私とおヨネさんにはさっぱりじゃない!! もっとわかりやすく説明しなさいよね」


「これはすみませんでした。えーーと。簡単に話しますね。つまり、ここ見てください!」


「……何、この数字ぃ??」


「魔力関数と流動魔力方程式の応用ですよ。つまりXは流動的だから私たちにはできないって話です!」


「余計にわかんないわよ!!」


 ふむ。

 騎士団長とはいえ、学力は一般庶民だ。設計士の知識は難しすぎるよな。



「実際に見せた方がいいさ」



 この簡易設計式を実践してみる。


 さぁて、



「ファイヤーボール!」



ボン!!



 どんな花火になってくれるかな?





パァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!




 それは8色の巨大花火だった。


 ふむ、上出来か。



「あはーーッ! 綺麗〜〜!! 最高!! やるじゃないアリアス!! 難しい説明よりもこうやって見せてくれた方が早いわ!」


「素敵だねぇ……。あたしゃ寿命が伸びそうだよ」


「ちょっと、アリアスゥ。1発で終わりなんて寂しいじゃない。もっと打ちなさいよね」


「いや、カルナさん。所長に無理言っちゃダメですよ」


 ふむ。

 カルナの意見も一理あるか。


 よし、



「大サービスだ」





パァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


パァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


パァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!




「あはーー! 凄い! 凄ーーい!」


 その日。

 

 王都ジルベスタルの夜空に巨大な花火が複数打ち上げられた。


 それは誰も目にしたことのない美しい花火だったという。


 




◇◇◇◇



【ビッカ視点】


 ちくしょう。


 シンの野郎、一体どこ行きやがったんだ?


 まさか、とんずらしたんじゃねぇだろうな?


「大変です所長」


 と、秘書のミミレムが入ってきた。


 彼女の言葉に目を見張る。


「何ィイイイ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る