第12話 副団長バラタッツ 【ざまぁ】

 バラタッツが僕になんのようだ?


 こんな奴に茶を出す義理なんかないがな。


 しかし、おヨネさんは気を使って紅茶を出してくれた。


 従来の僕なら魔法暦書を読みながら話しをするが、流石にただならぬ状況だからな。


 本を閉じて睨みつけることにした。


「実はなアリアス。お前に温情が出たのだ」


「温情?」


「ぬはは! ビッカ所長からのありがい温情さ」


 奴から受ける情けなど1ヨクトも存在しないがな。


「なんの話だ? 僕は国外追放なんだろ?」


 この言葉に反応したのは他のみんなだった。


「ちょっとアリアス。あなた難民じゃなかったの!?」


「訳ありなんだ。説明すると長くなる」


「ふはは! 実はそのことで来たのさ。ちょっとした書類の手違いでな。彼は無実の罪なんだ」


「ああ、なーーんだ。びっくりするじゃない」


 無実ねぇ。


 一体何を企んでいるんだ?


「詳しくはこの手紙を読んでくれ」


 それはビッカからの物だった。


 奴の手紙を読むなんて時間の無駄なのだがなぁ……。



『アリアス、元気にしているか? お前に掛けられた濡れ衣は晴れた。お前は無罪だ。だから研究所に戻ってこい。迷惑をかけてしまったお返しに、給料は以前の3倍出そうじゃないか! しかも研究所にある22冊の魔法暦書は全てお前の物にしてやってもいいぞ。破格の待遇だ! さぁ早く帰って来い。優しい上司ビッカ・ウザイン』



 ああ、やはり時間の無駄だったか。


 おおよそ検討がつく。


 新人のシン・ギャランが使い物にならんのだろう。


 僕に3倍の給料を払ってでも戻って来てもらった方がビッカに都合がいいんだ。


「だはは。どうだ? 帰りたくなっただろう? 破格の待遇がお前を待っているのだぞ?」


 なーーにが破格だよ。


 どうせ、都合が悪くなったら捨てるに決まっている。


 僕が戻ればシンは解雇だろうな。


 ビッカの考えていることは手に取るようにわかるんだ。


 天と地が逆さまになっても戻ってなんかやるものか。


「おかげさまで、この研究所の方が満たされているのでね」


 給料だって以前の倍以上あるしな。


 なにより、ここは魔法歴書が豊富なんだ。


「な、なんだと!? まさか帰らないつもりか!?」


「僕が帰ると思ったのか?」


「き、貴様ぁ! 無罪にしてやるのだぞ!!」


「罪なんか元から無い」


「ぐぬぅ……。け、研究所に対する恩を忘れたのか!?」


「恩なんて微塵も感じたことはない」


「て、手紙をよく読めぇ! 好待遇だろうがぁああ!!」


 ビッカの文字なんて2度と見たくないな。




ビリ、ビリ、ビリ、ビリ!!


パラパラ〜〜!



 

 原型を留めないほどに細かく破いた。


「こ、この恩知らずがぁああ!!」


「だから、恩など受けた覚えはない」


「ぐぬぅうう!! 一介の設計士が調子に乗りよってぇええ!! 副団長の私が頼んでいるのだぞぉおお!!」


「貴様のことなど1ヨクトも尊敬はしていない。床に落ちている埃の方がまだ尊い」


「このぉおお!! 無能のゴミクズ野郎がぁああああ!!」


 本性が出たな。


 バラタッツは剣を抜いた。


 それと同時。


 カルナも剣を抜く。


「ヌハハ! 小娘! 少しばかり剣を使えるようだが痛い目を見るぞ。私に刃向かえば命はない!」


「剣を納めなさい! 私はジルベスタルの第二騎士団長 カルナ・オルセット! 我が国の設計士に手を出すことは、この私が許しません!!」


「な、何!? き、騎士団長だと!?」


「設計士は国家の財産です。少しでも傷を付ければあなたを祖国に返すわけにはいきませんよ!」


 ほぉ。

 僕が国の財産とは、花火屋から出世したもんだな。


「ぐぬぅうう……」

 

 バラタッツは詰んだな。


 他国の騎士団長に剣を向ければ、国同士のいざこざに発展する恐れがある。


 流石に剣をしまうだろう。


 と思ったが、




「死ねぇええええッ!!」




 まさかの突進。


 嘘だろ!? 


 斬りかかるだと!?

 



ガキンッ!!



 宙に舞ったのはバラタッツの剣だった。


 彼女の峰打ちが奴の剣を弾き飛ばしたのである。


 ふぅ……。


 思った通り、彼女の腕は確かだったな。


 弱冠17歳で騎士団長まで上り詰めた実力は伊達ではない。


 カルナは切先をバラタッツに向けた。


「小娘だからと舐めてもらっては困るわね。私は実力で騎士団長になったのよ」


「く、くぅ……!」


 それにしても、カルナに斬りかかるなんてどういうつもりだ?


 ジルベスタルと戦争でもするつもりか?


 僕はバラタッツの目を見つめた。


 こいつの目……殺意がある。


 つまり、ここにいるみんなを殺して口封じをしようとしたのか……。


 やれやれ、悪党にもほどがあるな。


「まだやるのか? お前の腕じゃあカルナに敵わないだろ?」


「くっ! アリアス、覚えていろよ! この礼は必ずしてやる!!」


「もう忘れたよ。お前のことなんか1秒も覚えていたくないんだ」


「くぅうう!!」


「悪党同士。帰ってビッカと仲良くやってろ」


「あ、悪党だとぉおお!?」


 やれやれ、核心をついてやるか。




「知っているんだぞ。研究費を横領していること」



 

 水増し請求を毎日処理していたんだ。


 知らないわけがないだろう。

 



「金庫にたんまり溜め込んでるだろ。お前はそのおこぼれを貰っているんだ」




 バラタッツは滝のように汗を流した。



「ア、ア、アリ、アリアス貴様ぁああ……。こ、こここ、根拠のない虚言をつきよってぇええ!!」


 

 ふ……。

 動揺が凄いな。



「黙っててやるから帰れ。そしてもう2度とここへは来るな」



 バラタッツはブルブルと震えながら研究所を出て行った。


「ヌグゥウウウウッ!!」



 ふむ。

 悪党を追い払ってスッキリしたな。


 振り返るとカルナが腕を組んでいた。


「アリアス。ちゃんと説明しなさいよね!!」


 事情はどうあれ、僕は国を戦争で無くした難民という経歴にしていたからな。


 彼女たちを騙していたことには違いない。


「……カルナ。ララ。そしておヨネさん。騙してすまなかった。実は──」


 僕は事のてん末をみんなに話した。


「じゃあ、そのビッカって所長、最悪じゃない。クソ上司ね」

「そうですよ! アリアスさんは悪くないです!」

「その所長最低じゃない。私のアリアスちゃんを虐めるなんて許せないわ」


 という結論に落ち着いた。



「そういえばアリアス。最近、研究所の評価が良いのは知っているわよね?」


「ああ。それがどうした?」


「責任者、つまり研究所の所長がララになっているんだけど、本当にそれでいいの?」


 僕がここに来る前まで、ララがこの研究所を守ってきたからな。


「勿論だ。まったく異論はない」


「そうなると、これから、彼女に軍法会議に出席してもらうことになるわよ?」


「わ、私、とてもそんな大きな会議で発言なんてできませんよ!!」


「そう言われてもねぇ……」


「軍法会議に参加できるなんてとても名誉なことですが、どうして急にそうなったのですか?」


「王室から指示が出てるのよ。魔法の設計に注目度が上がってるの。だから、軍法だけじゃなくて、他にも色々な会議に参加してもらうことになりそうなのよ」


「ふぇええええ……。わ、私、そんな会議で発言できません……。どうしましょうアリアスさん? うう……」


 なるほど、ララは誠実だが口が立つタイプではないからな。


 これは彼女には荷が重すぎるかもしれない。


「じゃあ、僕が所長になった方が都合がいいかい?」


「うわぁ! そうしていただけると助かります!!」


「しかし、君が守ってきた研究所だからね」


「気にしないでください! 私にはおヨネさんを食べさせるのが精一杯でした。これからはアリアスさんに全てお任せします。私は付いて行きますので」


「うん。じゃあ、今日から僕が研究所の所長になるよ」

 

「あはぁ!! ありがとうアリアスさん!!」


ガバッ!


「うぉ、おい……ララァア」


 胸の間に挟まれて……。


 息が……。


「ちょ、ちょっとララァ!! アリアスから離れなさい!!」


「じゃあ、私もアリアスちゃんに抱きつこうかねぇ。よいしょっと」


「ちょ、ちょっとおヨネさんまで! 2人ともアリアスから離れなさいよね!!」


 く、苦しい……。



 こうして、僕はこのジルベスタル魔法研究所の所長に就任した。



 その2日後。


 またも、この研究所に僕を訪ねて客が来た。


 銀髪のイケメン。


 シン・ギャランである。

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