第3話


 リ・シャール魔法学園に入ると、平民上がりの男爵令嬢、ピンク色の髪をしたアイラが入学し乙女ゲームが始まった。

 すぐに泣く、面倒くさい女だ。

 貴族としての教育が全く出来ていないんだけど、どういうことなのだろう?


 アイラが養女に入ったボストン男爵家はターナー侯爵家の寄り子で、キーラ侯爵令嬢と非常に親しい様子がおかしい。

 キーラは貴族至上主義だったのになぜ?

 それに観察してみるとどうやら彼女は前と様子が違う。



 寄り子の一人は彼らがよくわからない用語をつかって話していると報告してくれた。

 攻略対象、悪役令嬢、サポートキャラ、ルートなどなどだ。

 何かの隠語でしょうか? と質問されたがあいまいに笑ってごまかした。

 できる限り正確に話せと伝えると驚くべきことがわかった。



 あの貴族至上主義のキーラがアイラと出会ったことで前世を思い出し、自分がサポートキャラだということわかったというのだ。

 キーラの推しはファビー(ファビアン)で、アイラはレオ(レオナルド殿下)なのでかぶってないのでキーラにあげると言っていたのだ。

 だけど悪役令嬢が婚約破棄して失脚しないとファビーは手に入らないので、それを目指していこうという話だったそうだ。



 それからのアイラはわたくしの前で笑えるくらい転ぶ転ぶ。

 そして「どうしてこんなひどいことするんですか」と言って、泣いて立ち去っていく。


 学園では身分派閥関係なしに授業を受けることになるので、わたくしの周りにいる人が寄り子でないことも多い。

 なのにアイラから苛められたと文句を言われていた。

 中立派閥のエリントン伯爵令嬢が「彼女は普通に歩くこともできないみたいね」と声に出して言うほど転ぶ。


 教科書を破られた、制服を汚された、形見のブローチを取られたなどなど、そんなテンプレの苛めばかり遭っている。芸がない。


 はっきりいっていじめなど暇人のすることだ。

 わたくしのように死亡フラグが乱立していたら、苛めなどをする暇があれば1つでも多くの知識を蓄え深めたい。

 その証拠にわたくしはずっと学年1位の成績を収め、魔法も剣術も男にも引けをとらないまで上達したのだった。



 わたくしもしたが、文句を言われた別派閥の少女たちも皆、寄り親であるターナー侯爵家に抗議文を出したそうだ。

 貴族の子どもの教育は家がするものだ。

 元は平民であっても男爵令嬢となったからにはボストン男爵家、ひいては寄り親であるターナー侯爵家がマナーや最低限の知識を学ばせなければならない。

 そのはずなのに入学した途端、それを全部忘れてしまったらしい。

 だから転んでそれを人のせいにするのはアイラだけでなく彼らの責任になる。



 それなのにレオナルド殿下とその側近たちがいる生徒会にわたくしは呼び出された。


「貴様、特定の女生徒を苛めているそうだな」


「そのような事実はございません。

 わたくしが一人でいることはほぼございませんので、日時がはっきりしていればそれを証明することも可能です」


「3日前の午後にアイラ=ボストン男爵令嬢が音楽室で暴漢に殴られている。

 それを知らぬというのか!」


「3日前の午後ですか?

 ああ、魔法理論のレポートの発表会でしたわね。

 そちらでしたら殿下の側近であるマルティネス伯爵のご子息も同じ授業を受けてらしたわ。

 わたくしはどの発表も聞き、質問をしていたのでずっと席を立つことはありませんでした。

 担当教諭に聞いていただいてもかまいませんわ」


 レオナルド殿下が不機嫌そうにそうなのかと聞き、側にいたマルティネス卿もしぶしぶそれを認めた。


「お前が手の空いている寄り子にさせたのだろう?」


「殿下、ボストン男爵家はターナー侯爵家の寄り子です。

 その家の者を襲うことはターナー侯爵家にケンカを売ったも同然です。

 わたくしは家の不利益になるようなことはいたしません。

 証拠もないのにそのような言動は慎んでくださいませ」


 わたくしがそう言うと殿下は悔しそうに奥歯を噛みしめていた。



 証拠などあるわけがない。

 それらは彼女たちの自作自演なのだ。


 アイラを転ばせたとやってもいない罪を着せられた、我が家と違う派閥のご令嬢方がいる。

 侯爵令嬢であるキーラは派閥が違うことがわかるけれど、平民だったアイラにはわからない。

 だから貴族令嬢は全部わたくしの手先だと思い込んでいて、結構やりたい放題らしい。

 わたくしが統制しているので我が家の寄り子たちは注意深く避けているが、何も知らない方々が被害に遭っていた。

 それでいくらなんでもおかしいと不信感を持った令嬢方に彼女たちは見張られているのだ。


 その3日前の襲撃もアイラとキーラが音楽室に入っていき、キーラだけ出てきて「アイラが殴られた」と叫び出したというのが事実だ。

 大した傷でもなかったし、誰が殴ったかは言わずもがなだ。



 なにより他派閥がこの件でわたくしについたことは、大きな利益をだった。

 キーラは貴族至上主義の女で、アイラ以外の平民を人と思っていない。

 だから平民の学生がアルバイトで寮の清掃をやっていても気にも留めない。

 彼女たちはその生徒が掃除しているにも関わらず、恐ろしい相談をしていたのだ。


 それはレオナルド殿下とわたくしが婚約破棄した後、婚約者のいないキーラと白い結婚をして、アイラを側妃に迎えるという話だった。

 キーラは王となったレオナルド公認でファビアンを愛人にするという。

 そしてファビアンがラ・トゥール公爵家の親戚であることを利用して、公爵家を乗っ取ろうとしているのだ。


「あたしに王妃教育なんて出来っこないから、キーラがこの国を運営してくれたらすごく助かる。

 キーラパパだって、あのクソ公爵家より権力が強くなるはずよ。

 どうせ公爵家もファビーのものになるしね」


「まぁしょうがない子ね、アイラ。

 でもわたくしならそれが可能なのは否定しないわ」



 この女生徒は前述した中立派のエリントン伯爵令嬢と親しくしており、この話を彼女にしたのだ。

 これってほぼ国家に対する反逆計画だ。

 そんな話を平民とはいえ、人がいるところでするなんて馬鹿としか思えない。


 エリントン伯爵令嬢は中立派の貴族たちにこの話をしており、ターナー侯爵家に近寄らないよう注意を呼び掛けていた。

 その流れでウチにも声がかかったのだ。

 ハッキリ言うと知らないのはターナー侯爵家とその寄り子、レオナルド殿下とその側近たちだけなのだ。



 そして一番嫌なことが起こった。

 ファビアンにキーラが近づいてきたのだ。

 彼女はゲームの内容通り、元義母義妹のことを当てこすり、わたくしからもひどい目に遭っていることを慰められたという。


「どんな目に遭ってもあなたはきれいなまま。どこも汚れていないわ」

 ゲームのアイラの決め台詞をキーラが自信満々に言う。


 ファビアンにはあらかじめ彼女たちから何か言われても「ありがとう」と立ち去るように伝えてあった。

 その時に手をベタベタと触られたらしい。

 彼の手が洗い過ぎて真っ赤になっている。



 ファビアンは未遂だったとはいえ元義母たちの暴力に遭い、わたくし以外の女性から触られることをものすごく嫌う。

 しかもキーラの彼に送る視線が元義母たちと同じ性欲に満ちた目だったそうだ。


「マリー、アイツらめちゃめちゃ気味悪いんだけど切り殺していい?

 魔法でもいいよ」


「ダメよ、ファビアン。あなたが手を汚すことないわ」


「アイツら、あのことを知ってたんだ。

 ラ・トゥール公爵家だけですませて、誰も話すはずないのに」


「そうね、どうやって知ったのかしら?」


 ゲームの知識だよとはいえない。


「マリーのこともものすごく悪く言うんだ。

 取り合ってはいけないというから反論できなかったけどすごくイヤだった。

 俺のマリーはこんなにきれいで優しくて愛しいのに……」


「ファビアン……」



 前世でのわたくしの推しが誰だったかはもう思い出せない。

 いくら顔や声が素敵でも、自分のことを毛嫌いする相手を好きになれるほど心が広くないからだ。

 だから初めは仲良くなかったけど、どんどんわたくしに心を開いてくれるファビアンを心から好きになった。


「手が真っ赤ね。貸して、クリームを塗ってあげるわ」

 ファビアンは黙って椅子に座るわたくしの前に跪いて手を差し出した。



 わたくしは香りのついていないハンドクリームを手に取り、自分の体温で温めながら丁寧に彼の手に塗った。

 てのひらから甲へ、さらに指先、指の股にいたるまで丁寧に。

 そのうち指を絡めるように触れると、ファビアンも応じてきた。

 わたくしたちが触れ合えるギリギリの行為。


 いや、他人に見られたらアウトだろう。

 ファビアンの眼がわたくしを求めているから。

 その眼を直に見たらわたくしは抗えなくなってしまう。

 だから彼の手だけを見つめることにする。


 だってわたくしもファビアンを愛しているから。


「もう少しだけ我慢してね。全部終わってうまくいったらご褒美上げる」


「ほんとに? じゃあ楽しみにしてる」



 わたくしは成人である15歳になった。

 このままでは卒業と同時に王宮入りし、半年後に結婚だ。


 殿下が婚約を破棄したいなら、是非してもらいたい。

 わたくしだって全く結婚したくない。

 彼が馬鹿でなければ、王宮から婚約破棄の打診が来るだろう。

 その時にいくばくかの慰謝料をもらって、ファビアンと地方の領地に引っ込むつもりだ。


 もし乙女ゲーム通りの馬鹿ならば、わたくしにも考えがある。



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