第4話


 わたくしたちは学園を卒業し、卒業パーティーに出ることになった。

 レオナルド殿下からはドレスはおろか、エスコートの予定を聞いてくることもなかった。

 一応ぎりぎりまで待って、父にエスコートを頼んだ。


 今回の件は父にも報告済みだ。

 彼にわたくしが王妃になるよりももっとよい手土産を渡すということで、今回のパーティーに参加してもらった。



 そうして殿下はファーストダンスをわたくしとは踊らず、アイラと踊った。

 それも2曲続けてだ。それは結婚する相手とだけ踊るものだ。

 周りの貴族たちがその非常識さに驚いた。


 そうして壇上に上がって叫び出した。


「マリアンナ=ラ・トゥール、よくも我が愛しのアイリをマナー違反だ、なんだと苛めたな。

 その非道な仕打ちは国母にふさわしくはない。

 貴様との婚約を破棄する!」


「お申し出を承りました。婚約破棄に同意いたします。

 ただし、理由はあなた様とアイリという女との不貞が原因ですわね。

 わたくしはその女を苛めどころか、声をかけたこともございませんもの」


「その声をかけないというのがおかしい。無視して皆で疎外していたのだろう」


「おかしなことをおっしゃいますわね。

 だいたい紹介も受けたことのない男爵令嬢に話しかけは致しませんわ。

 殿下もわたくしの護衛騎士に話しかけないですわね?」


「なぜこの私が名前も知らぬ貴様の騎士などに話しかけねばならぬ‼」


 殿下がファビアンを無視するのは、自分よりも優秀で美しい男だからだ。

 器の小さい男だ。



「ファビアンは麗しのロザリンド様のひ孫でわたくしのですわ。

 殿下とも遠縁にあたります。

 しかも父からわたくしの護衛騎士になったと紹介もいたしました。

 それでもあなた様はいつも無視なさいますわ。

 なのにどうしてわたくしが、紹介を受けていないあなた様の愛人に話しかけなくてはいけませんの?」


「愛人などと言うな。私たちは心底愛し合っているのだ」


 自分の不貞を大声で言うなど、本当に何を考えているのだろう。


「そちらのアイリという女がボストン男爵家の養女に入ったことは存じております。

 彼女が貴族令嬢の前で勝手に転んで、転ばされたと被害妄想に陥っている件で、何度かボストン男爵家と寄り親であるターナー侯爵家に抗議文を送らせていただいたこともございます。

 1度や2度ではなかったため、王宮にもその件は申し上げております」


 ここで私は言葉を切って、周りを見回した。

 ご令嬢方がわたくしの言葉に頷いている。



「それにわたくしはアイリという女に対して、マナー違反を指摘したことはございませんわ。

 それこそがマナー違反ですもの。

 彼女のマナーの悪さを指摘することは、ボストン男爵家とターナー侯爵家に対しての教育を怠っていると人前で指摘することですわ。

 だから彼らの顔を潰さないよう、後で抗議文を送っておりましたのよ。

 わたくしは家の不利益になるようなことはいたしません。

 それはターナー侯爵家も同じことだと思って、学園生であるうちは我慢しておりましたのよ」


「貴様! まだアイリを女などと言うのか?」


 逆ギレですか? 好都合です。



「わたくし達はもう卒業し、大人の仲間入りをしました。

 マナーも守れない、人前でダラダラ泣く、紹介すらされたことのない、そんな貴族とは思えない男爵家の養女など女と言うしかないじゃありませんか。

 それなのにボストン男爵家及びターナー侯爵家の教育が行き届いていないことを理由にわたくしを責めるなんて……。

 我がラ・トゥール公爵家を貶める陰謀としか思えません。

 しかも我が家の寄り子でない家の多くの令嬢たちは、アイラがターナー嬢と2人でいるときに彼女がケガをしたり、制服が汚れたりするのを目撃しております。

 それにターナー嬢は、わたくしに成り代わって殿下の婚約者になる計画を平民の女生徒に聞かれておりますわ。

 つまり犯人が誰かは言わなくてもわかりますわね」



 わたくしは手袋を外してキーラ=ターナーに投げつけた。


「キーラ=ターナー嬢。わたくしを陥れた貴女に決闘を申し込みます。

 これはわたくしたちのどちらかが死ぬまでの戦いです」


「わたくし、そんな恐ろしい事……、どうして……? それに決闘?」


 キーラ=ターナーは自分に攻撃が向くとは全く思っていなかったようだ。

 本気で目を丸くしている。

 むしろどうしてそんなにボーっとできるんだ?


 キーラがアイラ以外の平民を認めなかった理由はわかっている。

 この世界をゲームだと思っているからだ。

 名前のあるキャラクターに知られると困るから、貴族の前ではいい顔しているが平民は魂のないただのモブだと思っていたんでしょ?

 だから足元をすくわれるんだよ。



「愚かな……。女が決闘など」


「私は殿下から婚約を破棄され、やってもいない苛めの首謀者だとののしられました。

 わたくしは貴族の子女としてだけでなく、女性としての価値も死んだ、いえ殺されたのです。

 首謀者のターナー嬢にはわたくしと同じ恥辱を受けていただかねばなりませんが、彼女には婚約者も恋人もいらっしゃいません。

 婚約破棄という恥辱の代わりに、女性として死んでいただかねばなりません。

 むしろ決闘という挽回のチャンスを与えたのはわたくしの慈悲ですわ」


「貴様は魔法騎士並みの実力者ではないか! 勝てるわけないだろうが‼」


「個人間の争いでなければ、家同士の争いになります。

 ターナー嬢だって死ぬ物狂いになれば、勝てはしないまでもわたくしに一太刀入れることが可能かもしれませんわよ」


「ダメだ、ダメだ! せめて代理を立てろ」


 ああ、殿下もキーラが白い王妃になることを望んでいるのね。



「でしたら私ファビアン=ル・ブランが、我が敬愛するマリアンナ=ラ・トゥール公爵令嬢の代理に立ちます」


 するとキーラはものすごくショックを受けた顔になった。

 ファビアンを順調に攻略しているつもりだったのだろう。

 わたくしを裏切って自分を助けてくれると思っていたに違いない。


「誰かキーラ=ターナー嬢に手を貸す騎士はいないか?」

 レオナルド殿下は見回したが手が上がらない。

 先ほどわたくしはどちらかが死ぬまでと決闘の条件を上げたからだ。


 ファビアンは麗しのロザリンド様の美貌とともに強い魔力も授かっていて、我が家の騎士団でも一、二を争う騎士だ。

 そうでなければまだ若いファビアンがわたくしの護衛騎士になることはなかった。


 それにロザリンド様は国王陛下も憧れており、ファビアンの子がその美貌を受け継いでほしいと彼は必ず子を作るように言われていた。

 その彼を万に一でも殺してしまったらと恐怖しかない。



「もうわたくしの負けでいいですわ!

 こんな恐ろしい決闘など受けられませんもの。

 それに誰も騎士の方々が手を上げなかったんだから令嬢として恥でしょ」


「その程度でわたくしの汚名恥辱がすすがれるとでも?

 決闘を申し込んでいるのはこのわたくし。さあ手袋を拾いなさい」


「イヤよ。もうやめて!」



 その時だった。


「ならば私ラ・トゥール公爵はターナー侯爵家に宣戦布告を宣言する。

 かの家の寄り子たちは寄り親を変えるならば攻め込まない。

 我が娘は王家からの申し出により婚約させたのに、このような人を貶める婚約破棄に導いたとは貴族法を鑑みても充分な犯罪だ。

 それを個人間の決闘ですませてやろうという娘の気持ちを踏みにじって、さらに我らの名誉を傷つけた。

 宣戦布告の理由として十分すぎるくらいだ」


「待て、公爵。そのような戦は認められん」


「いいえ、レオナルド殿下。

 150年前に婚約破棄を誘発した件での戦闘が貴族法で許されております。

 それでは娘も疲れているでしょうし、我々は戦闘の準備に入らねばなりません。

 それともこの件は殿下も了承の出来事なのですか? 

 まさか王家があなた方のためにずっと戦い抜いたラ・トゥール公爵家を裏切ったのですか?」


 殿下はそれを認められなかった。

 ラ・トゥール公爵家が離反して、他国と手を組めばひとたまりもないからだ。

 だがわたくしたちもそこまでするつもりはない。



「それではキーラ=ターナー嬢とアイラ=ボストン嬢。

 この王宮では刃傷沙汰は出来ませんが、一歩でも出られたら我らの敵であることを覚悟されよ」


 そう言ってわたくしたちは王宮を後にした。




 レオナルド殿下からドレスやエスコートに来ない時点で、こうなることはわかっていた。

 それでも殿下が正気に戻って普通の婚約破棄をしてくれれば、慰謝料をもらうだけで黙るつもりだった。



 そしてその次に決闘という猶予を与えた。

 キーラが決闘を受ければ彼女を殺し、この件の原因であるアイラは男爵家、いやこの国から追放するつもりだった。


 だがキーラが決闘を受けなければ、開戦の口実ができる。

 そのために父にパーティーをエスコートしてほしいと頼んだのだ。

 目障りなターナー侯爵を排除し、その財産と土地を奪い、王家を黙らせることが狙いだ。



 父は開戦の準備がなどと言っていたが、それはもうすっかりできている。

 ターナー侯爵が愛人宅に泊っていることも調査済みだ。

 何も知らずに快楽に溺れている間に、バカな娘のせいですべてを失うなんて思ってもいなかっただろう。


 せめてこのパーティーに来ていれば、キーラに決闘を受けさせることもできただろうに。



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