第2話


 わたくしが悪役令嬢になったフラグは折れたけれど、それ以外のフラグを回収することはほとんどできなかった。



 実は王家とラ・トゥール公爵家はとても不仲なのだ。

 理由は先王が隣国から迎え入れた王妃をないがしろにし、国内の愛人を正妻のように扱ったからで今の王はその愛人の子どもだ。

 そのことで戦争が勃発し、それを収めたのが当時のラ・トゥール公爵で祖父だ。

 隣国に勝利した公爵家は王家より力を持つことになってしまい、そのアンバランスを解消するためレオナルド殿下はわたくしと婚約したのだ。


 だが王家はラ・トゥール公爵家を憎んでいた。

 元は自分たちの恋愛が蒔いた種なのに、そのおかげで力をつけたからだ。

 そのせいかレオナルド殿下もその側近の高位貴族たちも、わたくしに対して非常に警戒心を持っていた。

 お茶会やパーティーなどでも他家と仲良くすることもできず、公爵家の寄り子としか付き合うこともできない。

 だから彼らがこれから持つであろうトラウマのフラグを折ることが出来なかったのだ。



 唯一折れたのはわたくしが7歳の時に、両親を亡くしたため我が家に身を寄せた、5歳年上ののファビアン=ル・ブランのフラグだけだった。

 ファビアンは子爵令息で、大変な美貌の持ち主で魔力の強い少年だ。



 これは父の祖母に当たる王女の美貌を受け継いでいるからだ。

 彼女は『麗しのロザリンド』と言い、氷と炎を操り、戦争には出なかったが魔獣討伐でその力を発揮した。

 その美貌と魔力の強さで周辺国すべての王侯貴族から結婚を申し込まれるほどだった。


 結局ロザリンド様は国内で結婚し2人の子を残した。

 そして1人はラ・トゥール公爵家、1人はル・シャルダン侯爵家に嫁ぎ、各々父と侯爵令嬢を産んだ。

 その侯爵令嬢は特にロザリンド様の美貌を受け継いでいた。

 政略結婚を嫌った彼女は護衛騎士と恋に落ち既成事実を作って結婚したので、ファビアンは王族の血を引く子爵令息なのだ。


 どうやらその侯爵令嬢は父の初恋の人だったそうで、ロザリンド様の美貌を受け継いだファビアンのことを父は気に入って本館に住まわせ、息子のように遇した。



 ここまではいい。

 ただ彼の美貌に義母義妹が狂ったのだ。


 ゲームではファビアンが来てから最初のわたくしと殿下のお茶会の日に事件は起こる。

 義母はファビアンをお茶に誘って薬を盛り、彼の純潔を散らすのだ。

 その後義妹もその乱交に加わり、ファビアンは深い女性不信に陥る。

 そのトラウマを解消するのがヒロインなのだ。


 わたくしはこのフラグを折ることにした。

 乙女ゲーム云々うんぬん以上に、彼がこれからされることは犯罪で人として許しがたいことだからだ。


 それでお茶会のため父と2人で王宮に出かけた際に、レオナルド殿下に父の所蔵する本を貸してほしいと言われていたことを忘れていたと言ったのだ。

 父は約束よりも早めに行動する人なので大変叱られたが、今ならば取りに戻っても約束の時間に遅れないと取りに戻ってくれた。



 屋敷に戻ると様子がおかしい。

 父が戻ってきたのに出迎える様子もない。

 居間から変な音、まるで誰かが襲われていて抵抗するような音がする。

 義母とメイドたちとで寄ってたかってファビアンをレイプしようとしているのだ。


 おかしいと思った父はわたくしを約束の本がある図書室に向かわせ、自身は居間に向かった。

 同じ階なので図書室にいてもファビアンのやめてくださいと泣く声がする。

 父が扉を開けるとそこに何があったかわたくしは見ていないが、ゲームの知識で知る限りファビアンが裸にされて襲われているところだったのだろう。



 その後父と義母との激しい言い争いになったが、レオナルド殿下との約束もあったし、ファビアンをわたくしのいる別館に移し、義母と加担したメイドを軟禁する手配だけして王宮行った。


 約束は嘘だったが本も殿下にお見せしたよ。

 全く興味がなさそうだったので持ち帰り、父には思っていたものと違ったと言われたと伝えた。



 その後父は義母と離婚し、当然義妹も一緒に追い出された。

 あのようなあさましいことをする女が、自分の子どもを産んでいるのかも怪しいという論法だ。

 ゲーム内で義妹は父の子ではないと証明されるので、とても正しい結論だ。

 ちなみにわたくしはゲーム全体の悪役令嬢、義妹だった女はファビアンルートの悪役令嬢だった。


 それから彼女たちがどうなったかは知らない。

 公爵をコケにしたんだからタダですむはずがないとだけ言っておく。



 その後父は別の女性と再婚し、弟が生まれた。

 今度はまともな女性だったが、ファビアンの美貌にため息をついたのを見て心配のなったのだろう。

 ファビアンはわたくし付きの従者として別館で暮らすことになった。


 わたくしはゲームではファビアンを暴力で支配していたが、現実では出来る限り彼に性的に近寄らない範囲で親切にすることにした。

 彼に攻撃魔法や剣術を学ばせるのと同時にわたくしも学んだ。


 公爵家の騎士たちは自分たちがわたくしを守るので必要ないと言ったが、女性しか入れないところで襲われた時のために学びたいと意を通した。

 それにわたくしは自分に身に付いたものしか信じない。



 でも一緒に学んだことには思わぬ効果があった。


 ファビアンがわたくしに懐いたのだ。

 同じ釜の飯を食うと言った感じかな?

 彼はその後騎士学校に進み、父親であるル・ブラン子爵と同じ護衛騎士となってわたくしに忠誠を誓ってくれた。

 このことはファビアンルートが完全に折れたことの証明であり、わたくしは自分が安全になってホッとした。



 だからといって気を緩めてはいられない。

 ラ・トゥール公爵家の寄り子の子どもがわたくしの名を語って、下級貴族やメイドを苛めていないか見張らないとならない。

 だからわたくしは公爵令嬢らしく、誇り高く、不正を許さない姿勢を見せた。

 この姿は高飛車で権力者であることに驕っていると、悪役令嬢のように見られたが構わない。



 貴族はプライドの塊、舐められたら終わり。

 しかも寄り子が起こした問題は寄り親の責任だ。

 だから寄り子の教育は、寄り親にとって死活問題となる。


(愛人に溺れていなければ)父も新しい義母もちゃんとしているので、大人の方は問題ない。

 となると子どもの問題は生まれたばかりの弟ではどうすることもできないし、わたくしがやるしかない。



 おかげでわたくしの寄り子教育はうまくいき、統制の取れたものとなった。

 ファビアンの存在も大きかった。

 少女たちは皆彼に恋し、その彼がレオナルド王太子殿下との結婚が決まっているわたくしにかしずいているのだから。


 彼は子爵位を継ぎ、次期王妃の護衛騎士になると約束されているのだ。

 だからわたくしに気に入られれば、ファビアンと結婚できるかもしれない。

 その夢により彼女たちはわたくしの顔に泥を塗るようなことはしなくなった。



 泥を塗るようなこととは何かといえば低次元な苛めだ。

 お茶会で他派閥の令嬢にお茶を掛けるや扇子で殴ったり、ハイヒールで足を踏んだりと跡が残るようなことをすることだ。

 軽く嫌味を言うくらいは当たり前だから、放ってある。


 こちらの寄り子がやられれば、その寄り親に厳重注意の抗議文をだす。

 これは必ずやる。


 自家の寄り子には自分たちの庇護下にいることを示し、下らぬことをした家にはそちらの寄り子が恥をさらしていることを知らしめるのだ。

 あまりにひどいときは王家にも奏上もする。

 暴力を振るわない限りこちらに正義があり、どこの家も我が公爵家を謗ることが出来なくなる。


 でもここまでやっても、いえやればやるほどわたくしは悪役令嬢らしくなっていく。

 特にわたくしとレオナルド殿下の婚約者の座を争った、貴族至上主義のキーラ=ターナー侯爵令嬢の派閥とはかなりの軋轢あつれきがあった。



 フラグを多少折ってもこうなるのは、ゲームの強制力と言うやつですかね?




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