第3話 無生物

「ちっちゃい頃はね、たいやき屋さんに憧れてた」

 たいやきかぁー。

「あんたは?」

 今でも、ときどき思うんだが。

 おそらく叶わぬ願いだろう。

「たいやき屋さんなら、ギリ間に合うでしょ」

 たいやき屋さんもいいけど。

 方向性が違う。

「わかった、たこやき屋さん」

 た行から離れなさい。

 もっとも、次があるとは思えない。

「たからくじ屋さん?」

 ひらがな4文字あきらめたか。

「はやく教えなさいよ。あなたの……」

 無生物になりたい。

「は?」

 葉でも歯でも波でもない。

「ムセイブツって、何よ?」

 最近はケイ素化合物に憧れる。

 いいだろうなぁ、ケイ素。

「はぁ……?」

 問題が、たったひとつある。

「ひとつだけなの? 他にも問題ありそうなんですけど」

 例えば、石英に成れるとしよう。

「石英って……」

 徐々に肉体が物質変換作用により、石英へと変容していくわけだ。真綿で首をしめるように、じわじわと。足の小指の先から、生きながらにして、無生物へと変わるのだ。

「なんかグロぃ」

 痛いだろうなぁ。

 皮膚と血肉が壊死するよりも。

「もうやめてくんない? 気持ち悪い」

 水銀や泥になるのは嫌だが。

 硫化水素は好ましい。

「意味わからん」

 いいぞ、硫化水素は。

「今度ばかりは、あんたの思考回路についていけない」

 だろうなぁ。

「生きながら石になりたいなんて、とんでもないヘンタイだと思う。ドMかも」

 信じれば、努力すれば、夢は叶うかもしれないが。

「あんたのはぁ、無理だわ」

 手っ取り早く叶う術もある。

「死ねばいいっ!」

 唐突に大声を出さないで。

「いやいやいや、この言葉を発するときは、きちんとやる。それが村人というもの」

 意味わからん。

「死ねばいいっ!」

 二度もいらない。

「バジリスクとか石化作用でさ、身体の内側から石化するのって、よくない? 舌の先から喉奥へ、粘膜だぁっ! 粘膜をぉ!」

 なんだかなぁ。

「な、なによ?」

 耳たぶから、耳穴のほうがいいな。

 俺は。

「あんたって人は……死ねばいいっ!」

 

 

 

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