第2話 天使よ血の味を覚えよ

「そういえば、ファーストキスはレモンの味、とゆう都市伝説を聞いたの」

 六十年代から伝わる恋愛神話だな。

「あら、わりとロマンチックな言い方するのね。嫌いじゃないわ」

 都市伝説と大差ない表現だな。

「レモン味だったけ?」

 知らない。

 覚えてない。

 わかんない。

「ひとの唇を強奪しといて、忘却とは何事ですか!」

 強奪だなんて。

 味は、ともかく、あのときは覚えてるぞ。

 もう大変だったから。

 死にかけてたんだぞ。

「あー、強奪どころじゃなかったもんね」

 そんな余裕なかったな。

「あたし、誰に奪われたんだっけ?」

 さらっと聞くことではないけどな。

「あのときは……?」

 あのときはな、俺はアバラはイッてたし。

 血まみれだったし。意識を失いかけてたし。

 そこへオマエが来た。

「思い出したよ、血の味! あたし、そこで血の味を……覚えた、フフフ」

 邪気をはらむな。

「初キスは血の味かぁ。あんまり好きじゃないテイストだよ」

 だろうなぁ。

「キスの思い出というよりも、血をすすった記憶って感じがしてきた」

 吸血鬼のような。

「吸血鬼って、よくまぁあんなもん、好き好んで飲むよね。どこが美味しいの? レバ刺しのほうが、まだよくない?」

 そこは、伯爵とかの好みだから。

「蚊と同じでしょ? あいつら。吸血鬼なんて、蚊を擬人化したようなもんじゃない?」

 蚊取り線香で撃退される伯爵は見たくないな。

 でも、血を吸うのはメスじゃなかったか、蚊は。

「モスキートの話はもういいの! キスの味の話なの。魚介類の話は後でいいの!」

 鱚のこと、なんか話すつもりだったんだ?

「鯖でも鮭でも鰯でもない、ぎょっと喜び!」

 某詩人の『喜びは接吻のようなもの』とか何とか読んだ気がする。

「でも、あたしが鮮血にむせび泣くほど、そんなに口の中まで切ってたっけ? 血反吐まみれのお口でしたか? 滝のように吐血されてましたか?」

 いや、それは違う。

 オマエが勢い余って、その前歯が衝突して、唇を切った。

「なるほど。どうりで……」

 どしたん?

「唇が覚えていないはずだぜっ!」

 なんで急に、そんな言い方。

 乙女どこいった?

「そして、貴様の身体に刻み込んでやったまでだっ! 我が牙で!」

 照れてるんだな、たぶん。

 耳だけ、赤い。

「さ、採血したっていいのよ?」

 なんで? 耳たぶから?

「あたしの血はレモンの味がするかどうか、確かめるといいっ!」

 もう鱚の味でいいよ。

 食ったことないけど。

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