閑話 "白骸"の小さな休日 中編

 ──時は今から2時間ほど前に遡る。



 "白骸"はいつもの林の訓練場で魔術の研鑽に没頭していた。


 以前から"白骸"は、"暴勇"や"閃鋼"と比べ直接的な戦闘力に乏しく、また屍体が確保出来ず能力が十全に生かせない状況では足手まといになってしまうことを気に病んでいた。

 そこで、屍体が現地調達出来なくとも戦えるよう、事前に幾つかの武器を用意しておくことを思い付いたのだ。


 先日使用した『魔弾ガンド』も、その先駆けの1つであった。

 前もって集めておいた無数の骨を圧縮した弾頭を、初級魔術である魔力弾ガンド』と同じ要領で射出。封入された呪いと霊魂で狙った敵を追尾させ、着弾と同時に敵の体内で解放することにより、呪い魔術骨の槍物理で内側から破砕せしめる凶悪な武器に仕上がった。


 非常に強力な武装ではあるものの、如何せん1発作り上げるのに相当量の骨を用意しなければならないのと、発動の際に消費する魔力が馬鹿にならないため容易に連発出来ないのが難点であり、改良の余地を多分に残していた。


 もう少し使い勝手の良いものが出来ないか模索は続けているものの、進捗は芳しくなく納得の行く品は出来ていなかった。

 一先ずのところは自身の魔力容量を増やすことで使用可能回数を増やす方向で手を打つことにした。


 "白骸"は、いつものように手近な木陰に座り込み樹木に背を預けると、意識を膝に乗せた骨鼠へと集中させる。一瞬の脱力感の後、視界が骨鼠の視点へと移り変わる。成功だ。

 "白骸"が視線を上げると、虚ろな目をした自分がそこにあった。今、"白骸"の人格はこの骨鼠の中へと移っており、肉体の方は呼吸も瞬きもするので生きてはいるものの、中身の無い脱け殻、さながら物言わぬ人形のような状態であった。


 後は、魔力の続く限りこの状態を維持しながら林中を駆け回るだけだ。

 鼠になりきり木々の隙間を縫って走る。以前にも増して素早く、正確に動かせるようになっている。

 この修行にも大分慣れたものであった。




 だが、この日はイレギュラーが生じた。




「(えっ……?)」



 突如、"白骸"の身体が宙に浮かび上がった。

 

 何事かと思い上を見上げれば、巨大な猛禽に捕まれてるではないか!


 否、『巨大な』と言うのは少々語弊があった。小さくなっているのは"白骸"の方であり、実際には鴉に捕まっただけなのであった。

 いや、暢気な事を言っている場合ではない。猛スピードで飛行する鴉は、どんどん林から離れ街へと向かっていた。



「(不味い、パスが途切れちゃ……っ! 離せ、このっ!)」



 慌てて踠く"白骸"。しかし、鴉の湾曲した爪が骨の身体に引っ掛かって脱け出せない。

 "白骸"は咄嗟に欠けてない指の骨に魔力を込めると、鴉目掛けて射出した。

 獲物からの突然の反撃に驚いた鴉は思わず拘束を弛めてしまった。爪の隙間から骨鼠が零れ落ちる。

 自由落下する"白骸"は屋根の上を転がり落ち、そのまま路地へと転落しバラバラになった……。





 ──暫く後、鼠の骨が独りでに集まり骨格を形成すると、漸く"白骸"の意識が目を覚ます。

 万が一に備えて用意しといた術式が無事働いてくれたようで"白骸"は胸を撫で下ろした。


 しかし、状況は一向に好転してはいなかった。

 大分距離が開いてしまったようで既に肉体からだとのパスは途切れ、今や骨に残された魔力だけで稼働しているような状態であった。

 一刻も早く肉体に辿り着き、パスを繋げ直して肉体に戻らなければ。"白骸"は路地を走り出した。


 走り出してすぐに気付く。小さな骨鼠の身体にとっては、住み慣れた街並すら広く危険極まりないダンジョンと化していた。

 物に溢れた路地は迷宮の通路めいて広くそれでいて複雑で、道行く人々の足はさながら踏まれたら即死のトラップであり、野良猫や鴉は恐ろしい魔獣にも等しかった。

 そして、仮に街の門まで辿り着けたとしても、林へ向う道中でまた鴉にでも捕まったら今度こそ詰みであった。


 ──最早、万事休すか。

 答えは断じて否である。"白骸"はここで諦めることを良しとはしなかった。


 "白骸"は物陰で暫し立ち止まり焦る心を落ち着けると、思考を纏めそして答えを導き出した。


「(そうだ、1人の力ではどうにも出来ない……こんな時こそ、仲間を頼らなくちゃ……!)」


 "白骸"は"鬼謀"が居るであろう同盟の拠点へと進路を変えた。幸い、ここからなら路地と建物を越えれば目と鼻の先であった。

 "白骸"は駆けた。途中、幾度となく踏まれそうになりながらも、何とか拠点の前へと辿り着けた。

 小さな身体では扉は開けられない。壁を登り、窓から室内へと侵入する。丁度、"鬼謀"が作業を終えた矢先だった。


「助けてください"鬼謀"さん!」

「うわぁ喋った!?」




「──という訳です。その、ご迷惑をおかけします……」

「……なるほど、事情はわかりました。とにかく、今は急いで林へ向かうとしましょう」


 骨鼠と化した"白骸"を肩に乗せ、"鬼謀"は林へと駆けた。



 ──林に着いた2人は我が目を疑った。

 そこにあるべきはずの"白骸"の身体が、跡形も無くなっていたのだから。

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