閑話 "白骸"の小さな休日 前編
「……ふぅ、こんなところでしょうか」
装備の手入れと点検を終えた"鬼謀"が、凝り固まった身体を解すように伸びをした。
目の前に整然と並んだ商売道具たちを眺め満足げに頷く。──これぞ最高の余暇の過ごし方だ。
そう、これは余暇。休日なのだ。
いかに冒険者とて、毎日依頼を受けてダンジョンに入り浸っている訳ではない。時には休息に時間を割くことも必要なのだ。──尤も、明日も知れない程の素寒貧でもなければの話ではあるが。
幸い、先日受けた指名依頼の報酬で同盟の懐にはまだまだ余裕があった。
そんな訳で、勇者たちは各々休日を自由に過ごしていた。
"暴勇"は朝からふらっとどこかへ行ってしまったが、大方酒屋で酒を買い込んでるか、趣味の
"鬼謀"も一度蒸し風呂に付き合ってみたが、いつもの"暴勇"からは想像も付かないほど親切丁寧に蒸し風呂の楽しみ方をレクチャーされたのは記憶に新しい。
ゆくゆくは各地の地酒を飲みつつ蒸し風呂巡りをしてみたいと熱く語られ、"鬼謀"もそれに吝かではなかった。
一方、令嬢勇者こと"閃鋼"は今頃教会で祈りを捧げている頃だろう。
"鎧の魔剣"を持つ"閃鋼"は、その特性故に装備や衣類への支出はほとんど無い。そこで、贖罪も兼ねてか私財の一部を修道院に寄付しているようだ。
もう少し気負わずとも良いのにとも思うが、プライベートにまで口出しするほど"鬼謀"は野暮な男ではなかった。
それに、午後から"白骸"と買い物に行く約束をしていたことから、私用に使える分の資金はしっかり用意してあるのだろう。
その"白骸"は今頃何をしているかというと、同盟が訓練場として使ってる林で何やら魔術の研究をするのだとか。
先日のゴブリンテイマーを仕留めた魔術や、多数の魔獣の骨を使役できるようになるなど、目まぐるしい成長を見せる"白骸"。その強さの秘訣は、持ち前の努力と向上心の賜物に違いない。……違いはないのだが、余暇にも関わらず魔術の研鑽が半ば日課のようになっている"白骸"に対し、一体誰に似たのかと"鬼謀"は呆れて苦笑する。
とはいえ、今度はどんな悪辣さを見せてくれるのか、"鬼謀"は楽しみで仕方がなかった。
そんな"鬼謀"はと言えば、余暇があれば専ら資料を読み耽るか、装備の点検に時間を費やしていた。
自分には"暴勇"のような武力や、"白骸"のような特異な魔術も無ければ、"閃鋼"のような特別な武器も無い。故に、足りないものを補うべく道具に頼るのは道理であった。
いつもの主武装や防具だけでなく、各種矢尻に塗る毒や、登攀だけでなく即席の罠や捕縛にも使える鉤縄、小型の投げナイフが十数本に、使い捨ての
地道な努力で仲間を危険に晒さずに済むのであらば、"鬼謀"は労力を惜しまなかった。
それにしても我ながら仕事人間だな、と"鬼謀"は苦笑する。染み付いた習慣というものは、どうにも変え難いものであった。とはいえ、実際有意義な時間の使い方なので別段問題は無いだろう。
"鬼謀"は点検を済ませると装備を片付け、夕食の仕込みと自分用の昼食を作るべく立ち上がった。
ふと、足元をチョロチョロと駆け回る存在が目に止まる。魔法で組み上げられた鼠の骨格がそこに立っていた。
「おや? 君はもしや"白骸"が連れていた骨鼠では?」
よく見ると尻尾が中程から欠けて短くなっている。この特徴は"白骸"がいつも連れている骨鼠に相違なかった。
「それにしても、何故
"鬼謀"が骨鼠を手に乗せ首を傾げていると──
「助けてください"鬼謀"さん!」
「うわぁ喋った!?」
突如、骨鼠が"白骸"の声で喋ったではないか。
「その声……まさか"白骸"、貴女なのですか? いやはや、驚かせないでくださいよ……で、何があったんですか? その姿は一体……」
「実は……」
骨鼠となった"白骸"は事のあらましを語り始めた。
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