第23話 竜殺しと賢者

「ウ……ワァ……ッ!」

「ッ!!」


 "光輝"の勇者は怯んで動けない闇魔術師を咄嗟に庇うと、刹那に聖剣を引き抜いた!


 聖剣と竜の牙がぶつかり合う!



 次の瞬間!



 不死竜の牙がボキリと音を立ててへし折れた!



「……この牙をもって、竜殺しを成し得たとみなす。見事である、勇の者よ」


 突然の出来事に理解が追い付かない"光輝"。

 一拍置いて一党の面々から歓声が上がった。


「有り難く頂戴いたします!」


 折れた大牙を恭しく掲げる"光輝"の勇者。

 これで名実共に竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーと言えるだろう。

 不死竜も味な真似をする。


「そして、闇魔術師よ。そなたの道行きを呪って言祝いでくれよう。そなたは今より『"暗闇"の賢者』を名乗るがよい。艱難辛苦の道であろう。その名に恥じぬよう、努々励むがよい。……もしそなたが師同様、己が闇に屈するならば……その命、今度こそ喰らい尽くしてくれよう。忘れるでないぞ、賢き者よ」


「勿体無きお言葉にございます、古き偉大なる御方よ……!」


 闇魔術師改め"暗闇"の賢者は不死竜の前に跪いて感激に震えていた。



「さて、娘よ。そなたにも褒美をやらねばな」


 そう言うと不死竜は自らの歯を一本引き抜いて"白骸"へと渡してきた。


「我が毒牙を用いて剣を作るがよい。必ずやそなたの役に立とうぞ」

「え、あ……ありがとうございます!」


 不死竜は先程まで瘴気の沼だった泉の畔に横たわった。既に瘴気は抜かれ、清水が滾々と湧き出ていた。


「我は再び眠る。我に害をなさぬ限り、我から害をなすことは無いと誓おう。……ここは我のお気に入りの寝床故な、荒らすでないぞ?」


「ああっ、待って! まだ聞きたいことが……!」


 "白骸"が呼び止めようとするも、既に不死竜は休眠に入ってしまっていた。



「それにしても、何故あの死霊術師……"暗闇"の賢者殿の師匠は、ここに竜の死骸があると知ったのでしょうか?」


 "鬼謀"が疑問を口にすると"暗闇"が答えた。


「邪竜退治の後、私が事の次第を師に伝えました。飛び去った方角についても、その時に……今思えば身内相手とはいえ少々軽薄過ぎましたね。……"鬼謀"の勇者殿、並びに一党の皆様。今日の出来事は他言無用でお願いします」


 "暗闇"の賢者は何卒と頭を下げた。


「ふむ、そうですね……『我々は旧知である闇魔術師殿の要請を受けて"光輝"の一党と共同で動屍体の発生源を辿ったところ、森の奥に瘴気を吐き出す不死竜を見付けた。先行していた闇魔術師殿の師匠と協力して"光輝"の勇者到着まで耐え凌ぎ、最後は聖剣の力で不死竜を浄化し退けるも、師匠は命を落としてしまった』……筋書きはこんなところでどうでしょう?」


 なるほど、これならば竜殺しの称号も、師匠の名誉も守られる。同盟も報酬を得られる。誰も損をしないのである。


「やれやれ、貴方には敵いませんね"鬼謀"殿。貴方の方がよっぽど賢者ですよ。……本当に、ありがとうございました」


 "暗闇"が最後にそう言うと"光輝"の一党は引き上げ始めた。



「さて、私たちも帰りましょうか」

「おう、帰って飯にしようぜ」

「身体中が痛いです、師匠ぉ……」

「でもみんな無事で良かったです!」


 勇者たちは笑顔で帰路に着いた。

 そう、全員無事に生きて帰って来れたのだ。


 冒険者の仕事は楽しい出来事ばかりがある訳ではない。

 仲間との突然の別れや理不尽な経験の方が多いだろう。

 冒険の先に何が待ち受けているかは誰にもわからない。

 それでも、最後に生きて仲間と笑い合えるなら、冒険する価値は確かにあったのだ。

 やはり冒険者はこうでなくては。


 "白骸"は振り返り、静かに眠る不死竜に手を振った。

 いずれまた顔を見せに行こう、そう心に決めたのであった。

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