閑話 "鬼謀"という男 其の二

 "鬼謀"の勇者と呼ばれるようになって暫く後、一党はある村を襲う山賊退治の依頼を受けた。


「勇者様! 山の廃砦に賊どもが住みつき、近隣の村や山を通る行商から金品を略奪して困っております! 何卒どうか、あのごろつきどもをこらしめてください!」

「ください!」


 中年の村長と幼い子供が頭を下げた。


「事情は承りました。それで賊の規模は? 冒険者崩れや賞金首の類いはいますか?」

「え、ええと……規模は20か30人くらいで……そういった人物は、よくわかりませんです……」

「ふむ……まぁいいでしょう。誰か拐われたりなどはしていませんか?」

「その……村娘が一人。可能であれば……」

「わかってますとも。『可能であれば』助け出しましょう」

「おお、ありがとうございます……!」

「では、報酬の件ですが……」


 報酬の話になった途端、村長の顔が曇った。

 しかし、冒険者は慈善事業でやっている訳ではない。命がかかってるのだ。当然、成功報酬の上乗せ交渉あるいは前金の請求くらいはしておく必要がある。

 それを『理解してもらう』のに、さほど時間はかからなかった


 山に分け入りながら廃砦に到着した"鬼謀"の一党は早速斥候に偵察を頼む。道中で倒した下っ端から剥いだ服を着込めば潜入は容易だった。

 暫くして戻ってきた斥候からの報告に"鬼謀"は我が耳を疑った。──山賊の規模は少なく見積もっても50人はいる。その上、率いているのは"黒蝮"と呼ばれる冒険者崩れの犯罪者だという。

 あの村長、倍以上も数を偽っていたのだ。その上、冒険者崩れまでいるではないか。

 一瞬にして一党の空気が重くなる。


 依頼内容の不備を理由にこのまま依頼を放棄して帰ることもできる。が、既に山賊を数人始末しており、このまま帰った場合山賊からの報復で近隣の村がどうなるかわからない。それに、村を見捨てて逃げたとあらば、一党の名声も地に落ちる。

 かといって、玉砕覚悟で突入しても勝てる未来がまるで見えない。

 はてさてどうしたものか、"鬼謀"は頭を悩ませる。


 ……ふと、彼は砦の立地に目を付けた。砦は山の岩肌を背にしており、入り口はこの正面だけであった。


「……閃きました。決行は今夜です」


 "鬼謀"はそう言うと、斥候に再び潜入を指示した。──様々な薬品の入った小瓶を持たせて。




 その日の夜、"鬼謀"らの一党が山中で息を潜めていると、砦の中が騒がしくなる。山賊たちが酒盛りを始めたのだ。


「……行きますよ。作戦開始です」


 頃合いを見計らい、"鬼謀"の合図で入口の見張りを手早く始末する。

 続けて魔法使いが術式を発動する。大岩がせり上り、砦唯一の出入口が塞がれた。

 それを確認した"鬼謀"は砦の中に火矢を次々と射かけると、砦のあちこちで火の手が上がった。


 いくら冒険者崩れが率いているとて所詮は烏合の衆。一度混乱を招けばたちまち全体へと伝播する。

 山賊の下っ端たちは慌てて逃げ出そうとするが、既に出入口は岩で塞がれている。高い塀を乗り越えようとすれば途端に弓矢や礫の餌食である。


 そして斥候に持たせた薬品は矢尻に塗って使う毒の原液であり、火に炙られ揮発し麻酔効果や幻覚作用を発揮している。──砦内は阿鼻叫喚と化していることだろう。


 戦に関して賢明な読者であれば、山賊の頭目リーダーが隠し通路か何かで逃げ出している可能性を考えることだろう。

 ──しかしそこは"鬼謀"の勇者、当然の如く対策済みである。昼間に捕らえた下っ端を尋問したところ『快く』話してくれたのだ。

 他にも隠し通路らしき場所を見付けた"鬼謀"は、念のためそれらもまとめて潰しておく。

 その念の入り様から『何がなんでも逃がさない』という執念じみたものを一党の面々に感じさせた。


 ──朝日が昇る頃、岩で塞がれた件の隠し通路を開けると、すっかり燻された屈強な男──"黒蝮"の死体がそこにあった。


「こんなの……勇者様の戦い方じゃない……」


 一党の女僧侶の口から、悲痛な言葉が溢れた。


 "鬼謀"は何も言わず、黒焦げの山賊の頭から黙々と戦利品を剥ぎ取っていった。


 ──人肉の焼ける嫌な臭いが、鼻腔に染み着いていた。







【Tips.】

 特定の香りを嗅ぐことで、それに結び付く過去の記憶が呼び覚まされることがある。

 これを、プルースト効果という。

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