閑話 "鬼謀"という男 其の一
駆け出しの頃の自分に目を向けるのは面映ゆくもあり、同時に己の未熟さに目を背けたくなるもの。──それでも、過ちに目を背けることはだけはしてはいけない。同じ過ちを二度と繰り返さないように。例えそれが、若気の至りだとしてもだ。
後に"鬼謀"と呼ばれる若き勇者は、どこにでも居るような他人より少しだけ頭の回る青年だった。
馴染みの仲間と共に冒険に出て、困難な状況を知恵を搾って乗り越え、ボロボロになりながらも笑って全員帰還する──そんなどこにでも居るような冒険者だった。
ある時、
勇者を含む一党の面々にとって知らない顔ではなかったため、二つ返事で了承した。
その日から彼らは、金を工面すべく実入りの良い依頼を率先して受けた。動屍体の討伐から街のドブさらいまで、やれることは何でもやった。多少の無茶はしたものの、そのお陰で何とか治療費を確保でき、戦士の妹は治療を受けることができた。
しかし、今度は一党の共有財産がすっからかんになってしまい、このままでは住んでた借家から追い出されるのも時間の問題であった。
そこで彼らは少しでも実入りが良く、当時の実力でなら何とかこなせそうな依頼を受けることにした。
それが遺跡の探索と掃討の依頼であり、彼らの運命を変えた仕事であった。
賢明な冒険者であれば、連日連夜依頼をこなし、疲労が抜けきれてない状態で長丁場が想定される遺跡探索など、すぐに『無茶である』と判断できたはずだ。
実際、現代の"鬼謀"の勇者であれば同様の判断を下すだろう。
しかし当時の勇者は、一つ大きなことを成し遂げた達成感と、一党の
「今思えば、良く生きて帰って来れたものです」と、"鬼謀"は苦い顔をした。
──そう、『生きて』は帰って来れたのだ。
結果で言えば、散々なものではあったが。
先頭を歩いていた斥候は普段なら見逃すはずのない罠にかかり負傷し、後衛にいた魔法使いが頭上から落ちてきた
それでも……それでも達成さえすれば、今より暮らしは楽になる。それだけが彼らを突き動かしていた。
紆余曲折はあったものの、漸く遺跡の最奥に到着した一党。
そこで待ち構えていたのは大柄な蛇女──ラミア、あるいはゴルゴーンなどとも呼ばれる蛇の身体を持つ女怪、その上位種であった。
実のところ勇者は蛇女の存在に薄々気付いていた。何せ、遺跡に挑んだ先達の亡骸が鏡のように磨かれた盾を持ってたり、恐怖の表情を貼り付けた石像が並んでいたのだから。
それでも、ここまで来ておいて撤退の判断をすることが若き勇者には出来なかった。
無謀とも思える蛇女討伐が幕を開けた。
勇者は先ず危険な目を射貫き潰してから、蛇女の首を討ち取ろうと考えた。しかし、この上位種は目を潰した程度で勝てるような生易しい相手ではなかった。
有名な石化の魔眼を使わなくとも、嗅覚と暴力を以て正確に仕留めに来る蛇女に、次第に追い詰められる勇者一党。射貫いたはずの目も遂に回復してしまった。
魔眼が輝き、万事休すかと思った……が、勇者は生きていた。勇者は顔を上げると、目の前の光景に驚き目を見開いた。
──石と化した蛇女と、鏡の盾を構え立ちはだかる勇敢な戦士の石像がそこにあった。
妹の幸せを願った心優しき戦士は、終ぞ故郷の土を踏むことは叶わなかった。
勇者は悔いた。
何故あの時判断を誤った?
何故あの時撤退しなかった?
何故他の手段を取らなかった?
何故もっと準備をして来なかった?
何故彼は犠牲になった?
何故私が生きて彼が死ななければならないのか?
何故……何故……何故……?
ひたすら考えた抜いた末に勇者は結論に至った。
『犠牲の無い戦いなど無いのだ』と。
どうあれ何かを成し遂げるには、大なり小なり何かを犠牲にしなければいけない。身の丈に合わない利益を得ようとした代償が彼だったのだ、と。
……こんなものはただの言い訳に過ぎないと、勇者にはわかっていた。
だがそれでも、勇敢な戦士の死は無駄ではなかったと、そう思うことで自分を保っていたのだった。
『犠牲無くして勝利無し』……その信条を掲げてからの勇者は、いつしか"鬼謀"の勇者と呼ばれるようになっていた。
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