第9話 大人の特権
夜も更けた頃、"鬼謀"は一人ギルドから貰った依頼の資料の写しを眺めながら思案していた。
新人の特訓に適した依頼が無いかどうかの確認もそうだが、"鬼謀"の関心はそれだけではなかった。
「(ふむ……このところ動屍体の討伐依頼が増えているようですね……各地の教会の方でも積極的に対応はしてるそうですが、やはり手が回りきれていないのでしょうか……?)」
"鬼謀"の疑念は尤もであり、今月に入ってから4件もの依頼発注は少々多すぎる。
「(単なる管理不行き届きとは思えませんな……
未だ確証は無いものの"鬼謀"は何やら作為的なものを感じずにはいられなかった。
"鬼謀"が独り頭を悩ませていると"暴勇"が顔を出した。彼の手には蒸留酒の酒瓶と、2人分のグラス。
「よう、まだ起きてたか」
「ん? ……ああ、貴方でしたか。ええ、もう少しだけ明日の準備をしておこうかと」
「そうかい。……なあ"鬼謀"の、ちょっとだけ付き合えや」
わかりきった応えを聞くまでもなく"暴勇"は2つのグラスに酒を注いだ。
「ええ、勿論構いませんとも。肴はチーズでよろしいですな?」
「そりゃ最高だ」
2人はクツクツと静かに笑った。
「……ところで、随分とあの娘に入れ込んでますねぇ……本気で惚れでもしましたか?」
「ブフゥッ!?」
"鬼謀"が突拍子も無いことを
「ゴホッゴホッ……ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇ!」
「ははっ、冗談ですよ」
「ぶち殺すぞテメェ……!」
「いやぁ、失敬失敬……それで? 本当はどうなんです?」
「わかんねぇよ……ただ何故だか放っておけねぇ気持ちになった。……あれは、俺によく似てやがる」
顔は全然似てないがな、と"暴勇"は付け加える。"鬼謀"は黙って頷き、続きを促した。
「何だろうな、駆け出しの頃の俺を見ているような気分になってな……」
「駆け出しの頃、ですか……」
「あの頃から変わらず俺は馬鹿でよぉ……お前の知ってる通り、俺は自分の腕っ節だけで何でもできると思い込んでやがった。今思えば、自惚れてたんだよ。……腕っ節だけじゃ、通用する訳がねぇのにな」
"暴勇"が酒を呷り、"鬼謀"が注ぐ。
「確かに最初はそれでもやってこれた。だが、次第に勝てなくなって来やがった……それを俺は、仲間が悪いと決め付けて次々と追放しちまった」
「……そうでしたね」
「そんで最後は俺が一党に見放され解散。酒場で自棄酒だ。……その時俺が何て言ってたか覚えてるか?」
『俺は悪くない、ついて来ないあいつらが悪いんだ』
2人の声が重なってしまい、思わず笑みが溢れる。
「ああ、その通りさ。俺は悪くねぇ……結果としちゃあ、今でもそう思ってるがな?」
"暴勇"は自嘲気味におどけてみせた。
「はは、貴方らしくて大変結構ですよ。こちらとしても現状に満足していただいてるようで何よりですとも」
「ああ、最高だな! ……だけどよ、今日あいつと会った時、俺は自分を恥じたぜ。目の前にあの日の自分の写し見が立ってやがる……見ちゃいられなかった。だから、ガラにもなく説教垂れちまった訳よ。けどその説教も大概ブーメランでさ、俺自身もできてないでやんの! 全く、耳の痛い話しだぜ……」
空いたグラスが酒で満たされ、そしてまた空になる。
「要は自分の黒歴史が目の前に現れた訳ですな」
「黒歴史! 言い得て妙だがしっくり来るな! ははっ、まさにそうだ、見苦しいものを見せられたって訳よ!」
だからよぉ……と、"暴勇"は真面目な顔になる。
「これから学んで行くんだ。やり方を間違ったんなら、それを受け入れて正して行きゃあいい。……せめて少しくらいは勇者の先輩らしく、手本にならねぇとな?」
「ふふ、期待してますよ。……しかし、黒歴史ですか……」
"鬼謀"は目を臥せ暫し考える。彼もまた、墓地での一件で昔を思い出していた。
「……良い機会です。私の黒歴史も聞いて頂けますか?
尤も、面白みには些か欠けますが……」
「いいぜ、聞かせろよ」
今度は"暴勇"が"鬼謀"のグラスに酒を注いだ。
「では……」
一拍置いてから"鬼謀"は静かに語り始める。
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