第8話 妥協は許しませんよ

 落ち着いた獣人勇者に"鬼謀"は改めて同盟への加入と拠点での生活を提案したところ、彼女は二つ返事で了承した。

 この街に来るまでに路銀を殆ど使い果たしており、ここ最近は野宿しながら野の獣を狩って凌いでいたようだ。

 "鬼謀"の提案は、まさに渡りに船と言ったところか。


「それでは早速ですが我が家のルールその6、『常に清潔であれ』。先にお風呂で汗を流して来てください。野宿続きなのでしょう?」

「む……水浴びくらいはしているが……」


 "鬼謀"の言葉を受けて自身の臭いを嗅ぐ獣人勇者。若干のすえた臭いに反射的に口が開いてしまった。


「はいはい、早く行きますよ。あ、着替えは私のを貸してあげますね」

「お、おう……あ、ありがとう」


 獣人勇者は"白骸"に急かされながら風呂場へと向かった。



 ──既に一度確認していることとはいえ、自らの目で直接比較すると絶望感が増すものである。

 将来有望な片鱗を見せつけられた"白骸"は、獣人の少女を洗いながら己の将来を憂いた。



 獣人勇者が風呂から戻ると、"鬼謀"が新たな盟友を歓迎するべく手料理を振る舞った。

 獣人勇者は目の前に並ぶ美味そうな匂いがする料理の数々に涎が止まらないようだ。

 シンプルに塩と香草で味付けされた焼き肉を口に運び、噛み締める。口の中で弾ける肉汁の美味さに目を見開く。その後は、獣人勇者の腹が満たされるまで手が止まらなかった。

 あまりに良い食べっぷりに、"暴勇"が「これも食え! あれも食え! いっぱい食ってデカくなれ!」と次々と食事を差し出していた。


「少しは満たされたか? んじゃ、食べながらでかまわねぇから皆聞いてくれ」


 "暴勇"が珍しく話の舵を取った。普段こういう役割は"鬼謀"の担当なので実際珍しい。


「明日、こいつの装備を調えてやりてぇ。得物をブッ壊しちまったからな、その詫びだ」

「良いと思います。それと服も何着か買わないとですね」

「でしたら同盟共有の財産から予算を出しましょう。その代わり、武器だけでなく全身装備を調えて来ること。妥協は許しませんよ」


 "鬼謀"が強く念を押す。曰く、これは先行投資というものらしい。


「命を預けるものには妥協をしてはいけません。それが戦場で背中を預ける仲間であれば尚更ですよ」


 これは"白骸"も同盟結成して間もない頃に"鬼謀"から教わった鉄則であった。

 実際、自分たちが今を生きているのは少なくない投資の結果なのだろう。だからこそ、彼らは盟友の為になら出費は惜しまないのだ。


「装備が調ったら、明日か明後日にでも依頼を受けようと思ってる。新しい装備に慣れる為にもな」

「いきなり実戦ですか? 少々危険では……?」

「なぁに、危険ヤバいと思ったらすぐ逃げる。……ジジイが言ってた言葉だが実際役に立つんだ、これが」

「むぅ……群れの長がそんな弱気で良いのですか?」


 獣人勇者は些か不満げである。


「弱気なくらい慎重で良いのです。頭目リーダーの素質は、皆を危険に晒さないこと。臆病とは言い換えれば、敏感な危機察知能力を持ってると言えるでしょう。悪いことばかりではありません」


 なるほど、臆病者マンチキンの"鬼謀"が言うと説得力が増して聞こえるものだ。


「もちろん突っ込む時に突っ込む勇気は必要だがな。こればかりは体で覚えろ」


 突撃に関しては"暴勇"の右に出るものはいない。彼の吶喊は見ていて気持ちよく、共に戦う者の士気が高まる。これも"暴勇"の才能と言えるだろう。


「とにかく、学ぶことは多いぞ。しっかりついて来いよ!」

「はい"暴勇"様!」

「様はやめろ。師匠と呼べ!」

「はい師匠!」

 獣人勇者が元気よく返事する。


 宴が終わり、腹も満たされた獣人勇者は、さぞ疲れが溜まっていたのだろう、一足早く寝てしまった。


 獣人の少女はいつになく幸せそうに寝息を立てていた。

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