閑話 "鬼謀"という男 其の三

「ぜ、全滅!? あの山賊どもを、ですか……!?」


 一党は村長の家に戻ると達成の報告を入れる。

 事の顛末を聞いた村長の顔が驚愕に染まった。


「拐われた方は、残念ですが……」

「……そう、ですか……山賊どもも、一人残らず……」

「では、報酬をいただきましたら、我々はこれでお暇させていただきます」

「お、お待ちを! ただ今、家内が宴の準備をしておりますので……! 御一行には是非とも疲れを癒していただければと思いまして……!」


 村長は慌てて"鬼謀"らを引き止める。


「……いえ、結構です」

「そんなことを仰らず……息子も、勇者様の武勇伝を楽しみにしておりまして……」

「申し訳ありませんが、先を急いでおりますので……」

「で、ではせめて一杯だけでも! 我が村の特産品でして……ささ、皆様もどうぞ!」


 村長は有無を言わさず一党に酒を注いだ杯を渡した。


「……では村長、せっかくですので貴方から飲んでいただけますか?」


 "鬼謀"の言葉に村長はビクッと跳ねあがる。

 最早ここまで露骨だと、流石に"鬼謀"以外の面々も察したようだ。誰も酒を飲もうとしていない。


「わ、私は内臓が弱くて……」

「なぁに、一杯程度なら平気でしょう。それとも、この酒が飲めない理由がおありですかな?」


 村長は言葉に詰まり目を白黒させた。

 続けて"鬼謀"は村長に詰め寄った。


「……この酒、毒入りですね? 言い掛かりだと仰るのなら、この酒を飲んでみせてください。毒が入ってないなら当然飲めますよねぇ……?」

「う、ぐぅ……っ、そ、れは……」

「ああ、そう言えば内臓が悪いんでしたね。これは失敬。では仕方ありません、代わりにご子息か奥方をお借りしましょう。薄めて飲めば子供でも……」

「や、やめろ! それだけはやめてくれ!!」

「では貴方が飲みますか!?」

「ぐ、ぅぅ~~っ……!」


 八方塞がりになった村長。最早自白も同然だった。


「し、仕方がなかったんだ……! 近年の不作に、重い税……そして山賊だ! 領主を頼ろうとしたが、まともに聞き入れちゃくれん……! だからお前たち冒険者のクズに頼んだんだ! 仕事があるだけありがたいと思え!」


 喚き散らす村長に一党は腸が煮えくり返る。

 私たちはこんなクズの為に戦ってたのか、と。


「……村の為に危険を省みず戦った冒険者に対する仕打ちが、この毒杯ですか」


「ワシは『こらしめてくれ』と言ったんだ!皆殺しにしろとは一言も言っとらん! 山賊の中には、村の不良どももいたはずだ……その中に、ワシの娘もいた! 山賊とつるむような出来の悪い馬鹿娘だったがな……だが、何も殺すことはなかっただろう……!?」


「そ、それは……貴方が言わなかったから……!」


 女僧侶が震える声で反論する。


「だからなんだ!? 言ってたら殺さなかったとでも言うのか!? お前たち冒険者は皆、人殺しのろくでなしだ! 何が勇者だ! 聞いて呆れるわ! お前たちの方が死ねば良かったんだ!!」




「 黙 れ 」




 開き直って聞くに耐えない言葉を喚き散らす村長の顔をテーブルに叩き付けて黙らせる"鬼謀"。

 その細長の目は憤怒に見開かれ、いつもの胡散臭さを湛えたような笑みは消えていた。


「ガッ、ぎィ……!?」

「お前は勘違いをしている。今立場が上なのは私だ、お前じゃあない」

「ゆ、勇者様……!?」


 女僧侶は豹変した勇者に恐怖を覚えた。

 "鬼謀"は村長の胸ぐらを掴み上げ問い詰める。


「村長殿、お前は嘘をついたな?」

「な、何を……」

「山賊の数だ。お前が言ってた数の倍以上は居た。もしお前の言葉を鵜呑みにして飛び込んでいたら、どうなってたことか……危うく殺されかけたんですよ、私たちはァ!!?」


 ……普段、このように激昂することがなかったからかもしれない。"鬼謀"のあまりの剣幕に仲間たちすらも気圧され震え上がった。


「……さて村長殿に続けて質問だ。お前、山賊とグルだったな……?」

「な、何で知って……っ!? い、いや今のは違っ……! な、何を馬鹿なことを……!」


 追い詰められた村長は自ら口を滑らした。


「まだ惚ける気か? 我々がここに来たのは、何も偶然じゃない。ギルドから受けた真の依頼は、この村が山賊と秘密裏に結託しているかどうかの調査だ。……お前は山賊に廃砦という隠れ家を提供すると共に、定期的に村を襲わせていた。山賊の被害に遇ったと申告すれば、年貢を軽減して貰えるからな。そしてギルドに依頼を出して、冒険者を送り込んでは山賊どもに狩らせて金品を奪っていたんだ。村長の言葉を鵜呑みにした、哀れな冒険者たちからな……!!」


 "鬼謀"が真の目的と村長の所業を開示すると村長は、そして一党の面々は驚愕した。


「ぐぅ……っ、し、証拠なんてどこにも無いではないか! 山賊どもは全て焼け死んだ! お前たちが殺したんだ! この薄汚い、人殺しめ……!」

「お前の言う通り、証拠は無いだろう。お前自らが掘った墓穴を除いてな。……我々を殺そうと毒入りの酒を用意したのが仇となったな」


 "鬼謀"はそう言うと毒入りの酒瓶をちらつかせた。

 これを証拠として提示し一部始終を報告すれば、山賊との結託疑惑は確信へと変わることだろう。


「このまま我々が帰ってギルドに報告したらどうなると思う? お前は間違いなく捕まり死刑に、家族はまとめて犯罪奴隷堕ちだ。そして、ギルドと領主はこの村を見捨てることだろう。……山賊と結託し、冒険者を殺そうとするような村を誰が信用する? お前には最早、破滅しか道は残されてないのだよ」


 自分のしでかしたことの重大さに気付いた村長は次第に真っ青な顔になる。


「そ、そんな……わ、ワシは、どうすれば……」

「……さぁて、知ったことではないな。懺悔なら犠牲になった冒険者にでもするが良いさ」


 "鬼謀"は無慈悲に突き放した。


「お、おおお許しください、勇者様! 報酬も倍支払います! 何卒、お慈悲を……!」

「5倍だ」

「え……?」

「報酬を5倍払え。そうすれば今日のことは不問にしてやる」

「ごばっ……!? そそ、そんな額、無理です! 払えません!」

「払えないなら、仕方ない。ギルドに報告してお前を領主に突き出すまでのこと」

「そ、そそそんなぁ!?」


 村長は涙ながらに"鬼謀"の足へとすがり付いた。


「おお、お願いします! 5倍なんてそんな額とてもじゃないが払えません! せめて3倍……!」

「5倍だ」

「よ、4倍……! 4倍が限度です!! これ以上は、生活が……!」

「帰りますよ皆さん」


 "鬼謀"は村長を振り払い踵を返す。


「……~~~~~っっっ!!! わ、わかりました! は、払います! 報酬の5倍支払います! これが全財産です!! だからもう許してください!! 何卒っ……何卒お慈悲を!! 勇者様ぁ……!!」


 遂に折れた村長は泣きながら全財産を差し出した。

 調度品などの値打ち物を加味しても約束した5倍の額には些か届いてなかったが、これ以上搾り取れるものが無いので妥協する。

 代わりに簡易的ではあるが、依頼内容の不備に関する示談の誓約書も書かせた。要約すると、内容はこうだ。


『我々"鬼謀"の一党は、今日あったことを不問とし他言無用とする。ただし、村長一家並びに村民が我々に危害を加えたりギルドや領主、反社会的勢力などに泣きつこうとすれば、一部始終を暴露する』


 簡易的とはいえ血を用いた契約書であり、誓約は絶対的だ。これで後顧の憂いは無くなったと言えるだろう。


「……帰りましょうか、皆さん」


 怒りも冷めた"鬼謀"はそう告げる。仲間に向けるその顔は、少し疲れたような、されど普段と同じ胡散臭げな笑みを張り付けていた。


 全財産を失い魂が抜けたようにへたりこむ村長を残し、"鬼謀"の一党は村を後にする。



「お前なんかっ……お前なんか、勇者じゃない!!」



 ──幼子の悲痛な叫びが、今も頭の中で木霊する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る