第8話 勇者たちのジレンマ

「おいテメェ……それがどういう意味か理解わかって言ってんのか……? あ゛ぁ!?」


 突如"暴勇"が"鬼謀"の胸ぐらに掴みかかる。余程怒髪天を突いたのかその目は血走り、背中から怒気が立ち上るような錯覚すら覚えた。

 さながら殺意と暴力の化身の現出を目の当たりにした少女勇者は椅子から転げ落ち、その場にへたり込んでしまった。それが自分に向けられたもので無いにしても、殺気だけで皮膚がピリピリすることなど本当にあり得るのだと少女は身をもって理解する事となった。


「いいか、俺は誰の下にも付かねぇぞ!」

「……ええ、そうでしょうとも。貴方はそういう人だ。私もよく存じておりますとも。ですが勘違いしないでいただきたい。何も私の一党に入れ軍門に下れと言っている訳ではありません……」

「だったら──」

「……一先ず、手を放してくれませんか。これでは落ち着いて話もできやしない─彼女も怖がってますし、ね?」

 

 諭すような口調で"鬼謀"が宥めると、"暴勇"は腰を抜かした少女勇者を一瞥し、渋々その手を解く。

 漸く解放された"鬼謀"は軽く咳き込みながら呼吸を整えると、少女へと向き直り手を差し伸べた。


「……で、どういうことだ? テメェも勇者の端くれだ。を知らねぇとは言わせねぇぞ?」

「ケホッ……ええ無論、存じてますとも。子供でもわかる冒険者の常識ですからね。」

「……『一党パーティーに勇者は一人のみ』……ですよね?」


 少女勇者は"鬼謀"の手を借りながら椅子に座り直すと僅かに震える声でそう答えた。

 曰く、勇者を二人以上擁する一党は早死にするとされ、冒険者の間では専ら『一党に勇者は一人のみ』というのが暗黙の了解であり、一種のジンクスでもあった。

 ならば勇者を辞めてしまえばいいと思うことだろう。──だが、事はそう単純な話ではないのだ。


「ならテメェが俺の下に付くってのか?」

「ご冗談を、私とて勇者ですよ。……そんな不名誉を被るくらいならば、死んだ方がマシだ」


 そう宣う"鬼謀"の声色と瞳には、底知れぬ覚悟と信念が込もっていた。

 仮に勇者が『誰かの下に付く』ということは『頭目リーダーを辞める=一党の指揮権を譲渡する=勇者を辞める』と同義であり、女神より賜った宿命を放棄するにも等しい行いとされる。『頭目にあらずんば勇者にあらず』という諺の如く、勇者にとっては非常に不名誉なことなのだ。


 両者とも『勇者』であることを手放すつもりは毛頭無いらしく、このままではどう足掻いても話し合いは平行線のままだ。


「……じゃあ、私たちどうやって一党を組めば良いんですか?」


 一党を組みたくとも組めないジレンマを前に思わず少女勇者の口から溢れた疑問に対し、"鬼謀"は答えるでもなく更に疑問を上乗せする。


「そもそもですね──何故、二人以上の勇者を要する一党がタブーとされるのか、考えたことはありますか?」

「あぁ? そりゃお前……何でだ?」

「……考えたこともありませんでした。不吉だから、としか……」


 唐突に疑問を増やされ首を傾げる二人を余所に"鬼謀"は話を続けた。

 曰く、過去勇者の天啓を授かった者の多くは特別な力を持ち、他者を惹き付け集団を率いる才に秀でた者が数多く存在したそうだ。

 しかし天啓の力も万能ではないのか、勇者同士が一党を組むと途端に結束が乱れ、不和を招いた結果一党そのものが崩壊してしまう事態が多発してしまったという。


「これが、タブーの真相……」

「船頭多くしてなんとやら、とでも言いましょうか。一党を率いるべき司令塔が複数人居ると、いざ意見が割れた際に誰の指示に従えば良いかわからなくなる。……戦場での不和は、まさしく命取りになりますからね」

「チッ……耳の痛ぇ話だな……それで? 結局どうすりゃいいんだ?」


 "鬼謀"の答えは二人の想像を絶するものであった。


「簡単ですよ。一党が組めないのであれば──


「は……ええ!?」

「テメェ気でも狂ってんのか? それが出来ねぇからこうやって──」


「ただし、我ら組むのはにあらず。を組むのです」

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