第2話 "暴勇"の勇者

 ──辺境の街。

 王都から遠く離れたこの街は、深き闇の底より湧き出でし"混沌の勢力"による影響が未だ色濃く残る辺境の地において、人類側の寄る辺として──数多の冒険者たちの前哨地として栄えていた。

 堅牢な石造りの外壁の内側には無数の家々が建ち並び、街の中心へと伸びる大通り沿いには冒険者を相手に商いを行う店舗や軽食の出店が方々に軒を連ねており、夜でも常に活気に満ち溢れていた。


「チクショウ……俺は悪くねぇ……俺は悪くねぇだろ……」


 そんな中、大通りにある酒場の片隅で、"暴勇"の勇者は酒を片手に独りごちていた。


 あの後、崩壊した一党パーティーを立て直す為に求人を募集したものの、既に広まった悪評のため面子は集まらず、また『勇者』というちっぽけなプライドから、他の一党に頭を下げて入れてもらうことなど考えもしなかった。


 酒場の喧騒に目をやると、見覚えのある顔がいくつかあった。

 かつて役目を果たせず真っ先に落ちていた無口で厳つい盾騎士は、今や不沈で名を馳せる一党のメイン盾となっていた。火力不足を理由にクビにした女弓士は、足りない火力を驚異的な手数で補う速射の名手に化けていた。

 他にも面接の時点で落とした連中の大成した姿が否応なしに目に入る。


 "暴勇"にはわからなかった。何故、落ちこぼれのあいつらが成功してて、自分がこんな目にあっているのか。


 ──何故か?

 一言でそれを説明するのは至極簡単なことで、全ては『彼の立ち回りが悪かった』のだ。

 わかり易く順を追って説明するとしよう。


 例えば、盾役である騎士は敵からの注目ヘイトを集め、攻撃を一身に引き受けるのが役目であった。

 しかし、"暴勇"の勇者が周りを省みず突っ込むため敵の攻撃が分散してしまい、やむを得ず他人の負傷を肩代わりする戦技スキルまで使用するも、勇者の無茶な吶喊により盾役としての役割を果たす前に限界に達し陥落おちていた、というのが真相である。


 "暴勇"の吶喊癖の弊害は弓士にも及んでいた。

 勇者が我先に敵陣に飛び込んでしまうため、しばしば誤射フレンドリーファイアを誘発してしまっていた。

 初めは盾騎士が負傷を肩代わりしてくれていたので何とかやっていけたものの、彼が抜けてからは余計に同士討ちを気にしてしまい、自慢の手数がまるで発揮できずにいた。


 失った火力と盾役の代わりに加わった闇魔術師の青年に至っては優秀そのもので、敵の殲滅から日々の雑務まで一人で何でもこなし、また人柄も良く、頭まで良かった。

 しかし"暴勇"にとってはそんな彼が気に入らず、頭目リーダーである自分の立場を脅かす外敵にしか見えていなかった。

 遂には『闇魔術師は勇者の一党に相応しくない』などという下らない理由で追い出してしまった。


 代わりに加入した調教師テイマーの少年に関しては、これまた先の黒魔術師に負けず劣らず非常に優秀ではあったが、"暴勇"からして見れば使い魔に全てを任せて自分は後方で楽をしている癖に生意気にも餌代やら何やらで人一倍金がかかるため、常に一党の財政を傾けている穀潰しに見えた。

 次第に"暴勇"は調教師への分け前を減らし、終いには追放してしまった。

 ──後で知ったことだが、巨大な獅子や100匹を超える使い魔を同時に使役する調教師など、およそ普通ではなかったらしい。


 僧侶に次いで古株の付与魔法使い。彼こそ一党の縁の下の力持ちであり、日々の雑務だけでなく豊富な人脈とコミュニケーション能力で有能な人材とのコネクションを形成してきた。

 そんな彼を切り捨てる判断をした時点で"暴勇"の勇者に未来はなかったのである。全ては後の祭りなのだ。


 "暴勇"は自分の非をすぐに認められるほど出来た人間ではなかった。仮に今、誰かからそれを指摘されたとて、プライドが邪魔して理解を拒むのである。

 今はただ、目の前の戦力外と見限った連中の成功した姿と、一党を追い出された惨めな自分の姿との対比が心底腹立たしかった。

 強い蒸留酒を一気に呷る。


「「……クソッ!」」


「……あ?」

「……ん?」


 ふと、隣のテーブルの男と目が合った。よく見るとそれは知らない顔ではなかった。


「お前……"鬼謀"の勇者か?」

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